路傍に咲く花の名は

みなもと十華@書籍化決定

路傍に咲く花の名は

 惨めだ、恥ずかしい、情けない――――

 そんな言葉は聞き飽きた。


 あの有名作品ではないが、私も恥の多い人生を送ってきた。


 思い返してみると、私は人に合わせたり空気を読むのは苦手な子供だった。良かれと思って言った言葉が、場を白けさせてしまったり。


 それは大人になった今でも同じだ。言いたいことは違うのに。口下手な私は誤解されてしまう。

 いつしか人の顔色ばかりうかがって八方美人に。


 でも、人に嫌われないようにと気を遣ってばかりいると、逆に人から嫌われてしまう気がする。


 世の中は不思議だ。無神経でキツい言葉を投げかける人が人気者になり、嫌われないように遠慮すればするほど孤立してゆくものだから。


「伝えたい言葉は違うのに――――」


 真面目で優しく一所懸命。そうしなければならないと思っていた。しかし世の中は逆だ。真面目で優しい人はなめられ雑に扱われる。

 人は善意を受けると善意で返してくれるわけではない。『コイツはお人好しだから利用してやろう』と思うのが人間だ。


 実際にそんな発言をする人は居ないだろうが、深層心理ではそうなのだろう。


 善意に善意をお返しするのが理想だが、現実はそんなに甘くない。そんなものは現実には存在しない。いや、存在するのだろうが、そんな善人は一部だろう。


 優しい人は騙され搾取される。そして人は笑う。騙される方が悪いのだと。まるでオレオレ詐欺のように。

 騙された人は打ちのめされ絶望し、計算高くなってゆく。誰かを利用したり騙そうと。

 そうして悪循環は続くのだ。


「伝えたい言葉は違うのに――――」


 大人に成ると、誰もがステータスを自慢しマウントの取り合いとなる。この世は競争社会だから。

 それは卒業した大学でも入った会社でも仕事でも給料でも。はたまた睡眠時間の短さから昔やったワルなエピソードまで。


 当然私は弱者だ。誰もが言う。あいつは馬鹿なヤツだと。

 誰もが上か下かで判別されるのだから、下の者は負けていると決めつけられるのだろう。


「伝えたい言葉は違うのに――――」


 ある日、私は小説を書き始めた。会話で伝えられないのなら文章にすれば良い。


「この社会の不条理を! この胸の内の情熱を! この理想の主人公やヒロインを! 全て物語にしてやる!」


 でも私は下手糞だった。良い学歴もなければ文系でもない。小説の書き方なんて知らなかった。

 それでも一心不乱に書き続けた。


 人に小説を書いているのを伝えると、厳しい言葉が返ってくる。


「まだそんなオタクやってるのか。歳を考えろよ」

「中二か? お前変わらないな」


 まあ、そうだろう。いくら小説や漫画が好きだからと言って、全く書いたことがないのに、いきなり書き始めましたと言われてもそうなるだろう。


 それでも勇気を出して小説投稿サイトで公開してみた。すぐに色々な意見を貰った。

『誤字脱字が多い』

『文章がおかしい』

『行頭は一文字開けろ』

『三点リーダーは二つセットで』


 それでも読んでくれた人がいた。嬉しかった。

 名も知らぬ私の小説を登録して評価やコメントをくれる人がいたのだ。


 それからは何かに取り憑かれたように書き続けた。初めて書いた小説は九十万文字を超えていた。


 書いた小説が何作品も増えてきた頃、私はそれをコンテストに出してみた。


 全て落選だった。

 次の年も落選だった。


「何がダメだったのだろう。私はダメなのか?」


 ショックで辞めようかと思った。でも辞めなかった。物語が好きだから。


 小説の世界は厳しい。多くの人が書き始め、多くの人が辞めて行く。同じ時期に書き始めてSNSで交流した人が、いつの間にか消えてしまう。

 それはPVだったり星の数だったりフォローやブクマの多さだったり。人と比べて落ち込み、静かに筆を折るのだろう。


 それでも私は書き続けた。


「負けてない。自分で負けを認めなければ負けではないからだ。人は敗北を認めて、初めて負けるのだから。勝っていなくても負けを認めなければ負けてない」


 路傍に咲く花が有る。


 誰も名を知らず、誰の目にも留まらず通り過ぎ、忘れられる花だ。その花の名を誰も知らない。存在さえも。

 だが、確かにそこに存在している。まだ誰も知らないだけで、確かに存在しているのだ。


 だって、最初は誰だって無名なのだから。


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