陶犬瓦鶏

三鹿ショート

陶犬瓦鶏

 また一人、女性が私から離れていった。

 それは予測していたことであり、たとえ現実のものと化したとしても、喜ぶようなことではない。

 去って行く女性の背中を見つめていると、別の女性が声をかけてきた。

 顔を赤らめながら食事に誘ってくるその人間もまた、やがて私から離れるのだろう。

 だが、私は相手を受け入れた。

 予測に反して、私のような人間でも受け入れてくれるかもしれないと期待したからである。

 しかし、それは夢で終了した。


***


 一週間で五人もの女性が私から離れたことに対して、眼前の彼女は驚くような様子を見せることもなく、

「この調子だと、全世界の女性があなたと関係を持つのではないでしょうか」

 その言葉を、私は否定することができなかった。

 駅前で石を投げ、それが当たった女性が私と関係を持ったことがあるという可能性が高いほどに、私は多くの異性と同じ夜を過ごしていたのである。

 手前味噌だが、私は誰よりも外貌が優れている。

 私が微笑みかけるだけで、その場で笑みを浮かべながら気を失った女性が存在したという話を聞いたとしても、誰もが納得することだろう。

 それでも、私と交際をしようとする女性は、皆無だった。

 それは、私という人間が、外見以外の全てが駄目であることが理由だった。

 家事は何も出来ず、時間を守ることができず、道を歩けば必ず転び、飲食店に財布を忘れることは当然であることなど、悪い点を列挙すれば分厚い本が完成するほどなのである。

 どれほど見目が素晴らしいものであったとしても、外見以外の全てが人並み以下であるということを知ると、人々は受け入れることができないらしい。

 だからこそ、一夜だけの関係で終わるのである。

 そんな中で、彼女だけは、唯一とも言うことができる大事な存在だった。

 幼少の時分からの知り合いであるために、私が昔から駄目な人間だということを、彼女は知っている。

 すっかり慣れているからこそ、彼女は私に落胆することなく、私と共に過ごしてくれているのだろう。

 もしも私が結婚することがあるとするのならば、彼女以外には相手が存在しないのではないか。

 私の言葉を耳にすると、彼女は首を左右に振った。

 私が理由を訊ねたとしても、彼女がそのことを明かすことはなかった。


***


 その日もまた、新たに知り合った女性と身体を重ねた。

 心地よい疲労を味わっていると、女性は彼女のことについて問うてきた。

 彼女と食事を終えた後で声をかけてきたために、女性は彼女の姿を見ていたのだろう。

 眼前の女性もまた私から離れるのだろうと考え、彼女は私にとって大事な人間だと正直に伝えた。

 その言葉を聞くと、女性は笑みを浮かべた。

「あのような不細工など、大事にする必要はないでしょう。彼女が並ぶことで、あなたの価値が下がってしまうことを、理解していないのですか」

 女性に言葉を返すよりも先に、私は相手を殴っていた。

 私にとってかけがえの無い存在である彼女を馬鹿にされたということを、許すことができなかったのである。

 荒い呼吸を繰り返す私を、女性は驚いたような表情で見つめていたが、やがて怒りを露わにしながら、部屋を後にした。

 寝台に座り、先ほどの女性の言葉を反芻しているうちに、私はあることに気が付いた。

 もしかすると、彼女が私の結婚相手と化すことを避けているのは、醜い自分が隣に立つことで私の価値を下げることになってしまい、同時に、私と釣り合っていないと否定されることを恐れているからではないか。

 気にする必要は無いと伝えたところで、否定されるのは私ではなく彼女であることを思えば、私と一線を越えることに対して抵抗を覚えたとしても、無理からぬ話だろう。

 それでも、私には彼女という人間が必要だった。

 誰よりも私のことを理解してくれる彼女が存在していなければ、私はこの世界で生き続けようとは考えなかったはずである。

 私は想いを伝えるべく、彼女のところへと向かった。


***


 結果を言えば、彼女が私のことを結婚相手としなかった理由は、私が考えたようなものではなく、単純に、別の異性と交際しているからだった。

 その人間は、彼女と似たような外貌であるために、傷を舐め合っているうちに親しくなり、交際に至ったという話である。

 彼女が私の恋人と化すことは無いと分かり、落胆したものの、彼女が幸福そうな様子を見せたために、その関係を壊そうとは考えなかった。

 その代わりとして、今後も私の良き友人として存在し続けてほしいと頭を下げた。

 彼女は、迷うことなく、受け入れるような言葉を発した。


***


「彼は、きみのことを理解していたではないか。何故、そのような虚言を吐いたのか。きみもまた、彼に対して好意を抱いているだろう」

「彼の隣に立つことで、他者から私に向けられる視線がどのようなものであるのかなど、容易に想像することができます。私は、それを耐えることができないのです。彼がどれだけ私を庇ってくれたとしても、結局、心に傷を負うのは、私ですから」

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陶犬瓦鶏 三鹿ショート @mijikashort

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