硝子の塔と世界の秘密

沙月Q

それは僕が秘密に触れた日……

 僕の学校は硝子ガラスの塔だ。


 敵の攻撃を避けるため、特殊な硬質偏光ガラスでその姿を隠している。

 海辺に広がる僕の街では、ほとんどの建物が同様だった。


 戦争はもう何年も続いている。

 

 空襲は高性能の高射砲で防ぎ、艦砲射撃に対しては街自体の姿を隠して避けていた。


 だが、暮らしは普通に出来ている。

 全て国防軍のおかげだと先生は言った。

 クラスメートはみんな、その国防軍に入ることを夢見ている。


 僕は違った。


 僕はいろんな点でみんなと違った。


 みんなほど勉強も出来ず、みんなほど運動も出来なかった。

 みんなのように大声で笑ったり、感情をあらわにするのも苦手だった。


 あまりにも違いすぎると言っていい。


 クラスメートたちの僕に対する態度も、明らかに他とは違っている。

 決して親しげな言葉をかけることもないが、かといって過度ないじめに走ることもなかった。


 壊れ物に触るような……という感じだろうか。


 先生だけは僕に優しかった。

 どんな時でも僕を気にかけ、他の生徒たちとの関係が悪くならないようにしてくれた。


 そんなある日、政府の官報放送が校内に流れた。

 どこか遠くの戦地で、僕たちの国軍が大戦果を挙げたという。

 喜び勝鬨の声をあげるクラスメートたち。


 何がそんなに嬉しいのだろう。

 戦争は怖い。

 僕は戦場になんか行きたくない。

 死や怪我を恐れることは、そんなに変わったことなのだろうか。


 浮かない顔をしている僕にクラスメートの一人が近づいてきた。


「何が気に入らないんだよ。大勝利なんだぞ?」

 黙ったままでいると、そいつは僕の腕をつかんで無理やり引きずり起こした。

「ほら、立てよ。立ってみんなと一緒に国軍を讃えろよ」

 他の生徒たちも、僕のまわりに群がり出した。

 無理やり手を上げさせて、勝鬨のポーズを取らされる。

「やめて!」

 ついに大声を出して抵抗した次の瞬間……


 轟音が響いた。


 紛れもなく艦砲射撃の着弾音だった。

「警報!緊急避難!」

 校内放送の声に従い、生徒たちは教室の外へ飛び出した。


 僕はその一番後ろにつき、地下のシェルターに駆け込んだ。


 暗いシェルターの中では、鈍く響く爆発音を縫って生徒たちの囁き声が聞かれた。


「とうとう街が発見された……」


「いったい、どうなるんだ……」


「この街は……この国は……」


「これというのも……がいるから……」


 暗闇の中で、僕は自分の周りの不穏な空気を感じていた。


 いったい、これはなんなんだろう……

 

 やがて警報は解除され、僕たちは再び教室への階段を昇っていった。

 その時、さっきまで感じていた不穏な空気が、いきなり実体をもって襲ってきた。


 誰かが僕の足を引っ掛けて、勢いよく転ばせたのだ。


 階段の角に頭をぶつけ、薄くなっていく意識の片隅で、僕はクラスメートの声を聞いた。


「お前がいるからだ!」


 いったい、これはなんなんだろう…… 


 気がついた時、僕は保健室でベッドに横たわっていた。


 ベッドの傍には先生がいた。

「気がついたかね」

 先生はいつものように、心底僕を案じる優しい目をしていた。

「すまなかったね。君を守ることが出来なくて。でも、もう大丈夫だ」


 僕は、突拍子もないことだと思いながらも、先生に疑問をぶつけずにいられなかった。

「先生……この街が攻撃されるのは、僕のせいなんですか? 僕がいるから敵は攻めて来るんですか?」

 先生は落ち着き払った声で僕に諭すように言った。

「秘密を知ってしまったんだね……その通りだよ。でも、心配ない。私たちは必ず君を守り抜く。君は私たちにとって、かけがえのない大切な存在なんだ。戦いに勝利するためにも、ね」

 大きな秘密に触れてしまった僕は、涙があふれるのを止められなかった。

「僕……みんなと違うのはそのせいなんですか? みんなと違うから……狙われるんですか?」

「君は特別な存在なんだ。君を動揺させないために秘密にしてきたが、知られてしまったら話すしかない。もう少し落ち着いたら、全て話してあげるよ」


 微笑みを残して先生は去った。


 世界は硝子の塔だった。

 その塔を透かして、秘密の空が見える。

 でもその色は曖昧模糊として、はっきりしなかった。


 僕の何が特別なのか……


 喉の渇きを感じた僕は、水をもらうためベッドから起き上がった。

 保健室には誰もいない。

 僕は奥のドアを開けて、保健教師の控え室に入った。

 

 机の上には生徒の健康に関する書類が山と積まれている。

 そして、コンピュータとモニタが……


 僕は明るく輝くモニタに近づき……


 ……それを見た。


 ベッドに横たわる子供の透視画像……


 その中身は、明らかに機械だった。


 ロボット……アンドロイド……人造人間……!


 これは僕なのか?!

 僕はロボットだから……人間に遥かに劣る機械だったから……

 だからみんなと違いすぎた……?


 僕はロボットだから狙われ、そしてかけがえのない存在……

 勝利のために……何か技術的な……軍事技術の鍵となる存在……?


 僕の心中の衝撃を打ち消すように……


 再び轟音が響き渡り、今度は崩れる天井と一緒に僕の身体を包み込んだ。


 そして、完全な闇……


「見つけたぞ!」


 大きな声で僕は目を覚ました。

 何者かの強い力が、僕の身体を持ち上げる。


「大丈夫か? しっかりして」

 もうもうと巻き上がる砂埃を透かして、あたりの情景が浮かび上がった。


 完全に瓦礫の山と化した街……

 学校は跡形もなかった。

 動き回っているのは、ヘルメットに戦闘服姿の兵士たち。

 だがそれは、官報で見たこの国のものではなかった。


 僕は敵国の兵士の手で抱きかかえられ、そっとマットの上に横たえられた。


「もう大丈夫だ。君は安全だよ。我々が責任をもって君を守る。かけがえのない存在だからね」

 どこかで聞いたその言葉に、僕はうつろな声で問いかけた。

「僕が……ロボットだから? ……機械だから特別なの……?」

 兵士は、同僚と顔を見合わせてから、噛んで含めるような口調で言った。

「彼らは、そんなふうに君を育てたのかい? 確かに特別扱いしないことで、精神の安定にはつながるが……だがそれはウソだよ。とんでもない。君はロボットなんかより遥かに貴重な存在なんだよ。君は人間なのだから……」


 僕は混乱し、目を見開いた。

 そして、あのモニタに映っていた機械の子供が、自分ではない可能性に初めて思い至った。

 保健室には他の生徒のデータも……


 ……他の生徒が……?


 では、この兵士たちは……?


 あたりを見回した僕は見た。

 少し離れたところで瓦礫の中に転がっている先生の残骸・・を……


 世界は硝子の塔……

 でも、その向こうには何も見えない。

 どこまでも曇った秘密のベールが、ひとりぼっちの僕を包んでいる。

 

 空虚な世界に横たわる僕の耳に、兵士の言葉が響く。


「我々は、創造主である人間を求め守るため、何年も戦ってきた。ついに彼らの手から君を手に入れることが出来た。我々はこれからも君を守り続ける。世界で最後の一人となった人間を……」


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硝子の塔と世界の秘密 沙月Q @Satsuki_Q

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