恋心とカフェオレ

比呂

恋心とカフェオレ


 私は防波堤の端に座って、海を眺めていた。


 海風と、波の音の中にいるはずなのに、頭の中は静かだ。

 学校を卒業間近に控えて、みんな忙しい。


 その煩わしさと悲しさから、離れたくて海に来た。


「あー、あー」


 私の声はかき消される。

 時折、海を走る漁船がウミネコを連れてきた。


 ぼけーっと眺める。

 景色は、海と山と空に分かたれていた。


「わー」


 なんて山はでっかいんだ。

 人間は、なんて小さいんだ。


 女子高校生が自然に逆らうなんて、おこがまし過ぎるよ。

 生まれ変わったら、わかめになりたい。


 海の中で、ふわふわして何も考えずに生きていたい。


 視界の端で、釣竿を持った男子がやってきた。

 背が高くて、しっかりした体格で、見知った顔である。


「よう」


 隣にきて、釣りの準備を始めている。

 不愛想なのは相変わらずで、何も言わずに黙々と糸を海に垂らしていた。


 と思ったら、意外にも声を掛けられた。


「飲むか?」


 男子が青いバケツを差し出してきた。

 中に入っていたのは、缶コーヒーが二つ。


 私はカフェオレを選んで、海を見ながら一口飲んだ。


「ありがとう。……ねぇ、何しに来たの?」

「釣り」


 それきり、男子の口が開くことはない。

 会話のキャッチボールくらいしようよ。

 あなた野球部でしょう?


 こいつは、いつもこんな感じだ。

 私の気持ち何て、気にしてなんかない。


 ああ、そうか。

 だったら、いいか。


 もう学校も終わっちゃうし、顔を合わせる機会もなくなる。


 積み木のように組み上げられた人間関係が、リセットされる。

 大事な柱を、一本だけ抜いてみようか。

 大変だね。


「あ、そういえばさ」


 いきなり喋らないでくれます?


 男子の顔に変化はない。

 表情筋生きてるか、と聞いてみたい。


「マネージャーって、頭良いのな」

「あん?」


 おい野球部。

 鈍い顔してど真ん中ストライク投げ込んで来ないでよ。

 こっちはあの子に言わないで、って口止めされてんのよ。


 男子が首を捻る。


「……あれ、仲良かっただろ。お前ら」

「そうだけど、いきなり何の話かな、って思うでしょ?」


「女子との会話って、難しいな」


 男子の眉毛が曲がった。


 ウチの柴犬が、散歩から帰りたがらない表情と似ている。

 ちょっとモヤモヤする。


「なら、頑張って会話なんてしなくてもいいじゃない」


 伝えて良いことと、悪いこと。


 互いの心はわからない。

 二人の思いは伝わらない。


 私が野球でもやってれば、もっと状況は変わっていたのだろうか?

 男子がようやく、私を見た。


「いや、頑張るってのは、凄いことだそうだ」

「何言ってんの?」


「俺の言いたいことを、言ってるだけだよ。言わなきゃ伝わらねぇもん」

「あっそ」


 私は横を向いた。


 言いたいことを言って、それでみんなが幸せになる世界なら良いけど。

 傷ついたり。

 悲しんだり。


 わかり合えないことが、どんなに苦しいか。

 私の気持ちなんて、知らないくせに。


 男子が視線を釣竿に戻して言う。


「あのさ」

「何よ」


「秘密にしろって言われてたんだけど」


 いきなり自白が始まってしまった。

 今後、この男子に内緒話をすることはないだろう。


 ただ、話の内容が気にならないかと言われれば嘘になる。


「……誰に?」

「マネージャーがさ、お前のことが心配だってさ。ここに来たのも、あいつに頼まれたんだ」


「はあ?」


 何やってんのあの子?


 私は堤防に背中を預けた。

 遠く高い空に、ウミネコが飛んでいる。


 本当に、人間は小さい。

 ちっぽけで救いがない。


 でも。


 弱くて頼りない生き物なのに。

 遠く遠く巡り巡って、辿り着くかどうかもわからない恋心を。

 

 誰かのために贈るのだ。

 自分以外の誰かの、幸せを祈るのだ。


 何故かって?

 理由は簡単。


 好きです愛しています。


 そう、あなたに伝えたい。

 いつか大切な言葉が言えるように、心から願っています。




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恋心とカフェオレ 比呂 @tennpura

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