第9話
三人の男たちは、こわごわと屋敷に入り、階段を上がっていった。
なにせ不可解な魔法を使う得体のしれない者の屋敷だ。しかも、滅んだ国の中でぽつんと一つだけ佇む屋敷。歴戦の戦士であっても
軋む階段を登りきり、二階の回廊を進むと、わずかに戸の開いた部屋がある。その隙間から、目が覗いていた。
(((怖っ)))
三人はなんとか声に出さずに進み、隊服を着崩した男が扉の前に立ち、声をかけた。
「エンリケ卿。お屋敷の中にまで上がる許可をいただき、誠にありがたく存じます。この場所で構いません。我が主カリム殿下と少しばかり話し合いをしていただけないでしょうか」
「……別にいいよ、中でも」
そう言って扉を開けたのは、まだ小さな子供。そして招かれた部屋はとても広く、小さなホールのようだった。
子供――サシャはすぐ物陰に隠れてしまった。しかし、三人は気にも留めていなかった。目の前に広がる光景に圧倒されていたのだ。
そこは、屋敷の外の光景を遥かに上回る摩訶不思議な世界に仕上がっていた。サシャご自慢のドールタウンである。
外と同じ、様々な種族の妖精と、魔法人形達が思い思いの村を作っていた。遊園地もあり、ロープウエイもある。そこここで小さな花火が上がり、プールではしゃぐ者たちもいる。小さな妖精たちの自転車練習場もある。
上を見上げると、雲のような不思議な物体が空中に止まっていた。
「……あれはゲル魔法。運動用においたの。ジャンプするの。」
どこかの物陰からサシャが解説する。
「あれは香り魔法。あっちはマッサージ魔法」
隠れていたいけれど、自慢の部屋を自慢したいサシャは、あっけにとられる三人を気にもせず、しばらくぶつくさと解説を続けていた。
妖精たちがなおもはしゃぐ場違いな雰囲気の中、ようやく四人は話し始めた。
見た目は優しいセシルが代表して話をすすめる。
「こちらの主題の前にまずお聞かせください。この屋敷に、何が起こったのですか?」
「……ある日気がついたら、屋敷の周りには誰もいなかったの、です。」
カリム達三人は目を見合わせた。話が噛み合っていない。
「屋敷の周りに誰もいないということは、誰もが知っていることです。そうではなく、なぜこの屋敷だけ残っているのか、ということをお聞きしたいのです。どのようにして生き残ったのでしょうか? 」
それを聞いたサシャは、ソファの後ろからのぞかせた目を瞬かせた。ちなみにカリム達三人は向かい合うソファにちゃんと座っている。
「誰もいない。外に誰もいなかったけど、どこまでいないの? 屋敷の周りに誰もいない理由を、あなた達は知ってるの?」
その返答に、カリム達が逆に驚く。
「エンリケ卿。もしかしてスタンピードが起こったことを知らないのでしょうか?」
「スタンピード? なにそれ?」
「スタンピード。魔物たちの暴走です。この国だけではない。隣国である我々の国も、その周辺国を含めた、それこそ世界中を叫喚させた……現在もさせている。この大災害を知らない?」
「…知りません」
カリムたちは、エンリケ卿――サシャが何らかの方法でスタンピードから免れたのだと思っていた。しかし、サシャはスタンピードそのものを知らなかった。想定外だ。
「みんな、巻き込まれて、死んじゃったの?」
「エンリケ卿……」
「エンリケは慣れない。サシャって呼んで」
「わかりました。サシャ殿。ここは、暴走の始まりの地より遠方にあります。おそらく、皆逃げ延びたことでしょう。サシャ殿のご家族も避難民として我が国に流れ着いた者のリストに載っていました」
家族が無事であったことに安堵しつつも、サシャの瞳は悲しそうだった。
「わたしは、おいていかれたのですね……」
「あの状況では仕方なかったと思われます。突然のことでした。身分も老若男女も関係なく、何も持たずに逃げた者のほうが多かったのです」
「そもそもあの状況でなぜ気が付かなかったのですか?」
セシルが慰める一方でピリカが問う。
「スタンピードは魔物たちが駆け抜ける蹄の音、全てを薙ぎ払う破壊音、魔物の咆哮で耳を覆いたくなるほどの騒音を生み出します。とても気づかずにはいられないと思います」
「あ、防音の魔法……」
当時を思い出して身震いするピリカに対して、サシャの返答は間の抜けたものであった。
「ああ。緊急事態を告げに来ても、伝わらなかったのでしょうね」
セシルも少し呆れる。
世界中を震撼させた自体に気が付かないこの子供は、果たして大者なのか小者なのか。しかし、生き残った事実と摩訶不思議なこの部屋が、常人ではないことをつげている。
「今日はたまたま窓を開けていたから、声に気がついた」
「それは、運が良かった」
もし窓が開いていなかったら、どのような方法でもこの屋敷に入る方法は無かっただろう。魔物たちの大暴走も防いだ屋敷だ。サシャか無自覚に何かしらの防御魔法でもかけているのだろう。
「ところで、何のようでしょうか?」
カリム達は驚くことが多すぎて、本題に入っていなかったことを思い出した。居ずまいを正してカリムが話を切りだす。
「サシャ殿。我々と共に来て世界を救ってほしいのです」
「スタンピードが終わらないんです」
「遠視の鳥を使ってほしいのです」
カリムに続いてピリカとセシルもそう告げる。
スタンピードを終わらせることは、三人の、そして世界の悲願であった。
三人と、彼らと行動をともにする部隊は、まさに世界の救世主としてみなされていたのだ。
そして、サシャは世界を救う鍵となる道具を持つ人物。
まさに勇者が偏屈な魔法使いにキーアイテムをもらいに来る構図。
それに対してサシャは答えた。
「え、無理」
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