第2話 暗躍



あれは俺がまだ勇者になる前の話。


俺が産まれたのは、夕陽の綺麗な田舎だった。広大な土地に黄金に光る稲。農家の家の長男として生を受け、その二年後に妹が産まれた。


妹はまるで太陽に照らされた稲のような美しい橙色の髪をしており、黒髪の俺はその美しい髪を羨ましがったのを記憶している。

しかしながら、瞳は同じ灰色で眠たそうな目つきは兄妹としての血の繋がりを感じていた。


小さく柔らかな手。差し出した指を握りしめた妹は、にこりと微笑む。

その笑顔を見たとき、この子は俺が守らなければ、と幼いながら強く思った。


名前はアヤメ。


それから数年後。妹は俺の後をついて回るようになった。病弱で気弱。怖がりな彼女は、周りに年の近い子供が居なくていつも俺が遊び相手となっていた。


畑や田んぼの仕事がの合間。小休憩やお昼休み、仕事終わりに構ってやる程度。それでも妹は嬉しそうにしていた。


たくさん遊びたいだろうに、駄々の一つも言わない。


とても聡い子だと思った。まわりが仕事で忙しい事、そしてその仕事がいかに重要なことなのかを理解していたのだろう。


そしてだんだんと俺達が外で仕事をしている間は家で大人しくしている事が多くなった。俺の休憩中も遊ぶことが無くなったのだが、おそらく体を休ませてくれているのだろう。たまに肩や腰をマッサージしてくれたりして、とても優しい子だった。


ある日俺はアヤメに聞いてみた。


「昼間、家でなにしてるんだ?暇じゃないのか?」


聞いた俺に妹は少し照れくさそうにこう答えた。


「お勉強」

「文字、読めるのか?」

「ん。お勉強したからね」


そう言って得意げに見せるボロボロの本。それは教科書だった。おそらく捨てられていたものだろう。妹はそれを拾って勉強していたのだ。

俺たち農民は学校へ通うだけの稼ぎはない。稼いだ金の殆どは税として国へ持っていかれるのだ。


だから貯蓄どころか殆どその日暮らしのような生活を強いられていて、農家の子供は学業どころではない。


「学校に行きたいのか?」


妹は首を横へ振る。


「学校いかなくても、お勉強できるから......大丈夫!」


そう言ってにこっと微笑む。それは疑うまでもない。幼い妹の強がりだった。


やがて俺は死にものぐるいで働いた。家の仕事が終わってからも街に出てやれる仕事を探しこなした。


羽振りの良い貴族相手に靴磨きやマッサージ、時には曲芸地味た見様見真似の剣舞を見せ、金銭を稼ぐ。


俺はなんとしても妹の学費を稼ぎたかった。大切な妹を守ることそれだけを考え、そのためなら死んでも良いと思っていたんだ。

ただただ、彼女のために。その未来が明るくなるように、と。


やがてその努力が実り、妹の学費が捻出できた。実に四年の月日が掛かった。だが、妹はそれでも喜んでくれた。


「ありがとう、おにーちゃん!えへへ」


それが俺の見た最期の笑顔だった。


その夜も俺は金を稼ぐのに近くの街へと出ていた。夜は稼ぎどころが多く、ついつい帰りが遅くなってしまう。一度それで親に叱られた事もあったが、妹の為に頑張らねばとそれをつっぱねた。


(まだお金が要る)


家は貧乏で金が無い。だから、妹は鞄も持っていない。

流石に学生でありながら鞄の一つも無いなんて、ありえないだろう。次は鞄をプレゼントしよう。


きっとまた喜んでくれるはずだ。それを想像しただけで俺の胸に幸せが満ちていっぱいになる。


けれど不安もある。農家の出の妹は、もしかしたら学校では厳しい目で見られるかもしれない。それでも行きたいかと問われた時、彼女は行きたいとはっきり言った。それだけの想いがあるなら心配無い。


いざとなれば俺がなんとかしてやる。イジメられればそいつをとっちめて、泣かされたら泣かした奴をとっちめる。俺が妹は必ず守る。


「ただいまー、ごめんお母さんお父さん遅くなった......」


家の灯りが消えていたので、もう寝ているのかと思った。蝋燭も最近高くなってきた。無駄遣いはできないだろうし、早く寝てしまうのが一番だろう。そう......思いたかった。


玄関の戸を開けた瞬間から感じていた違和感と、今まで嗅いだことのない臭い。必死にそれらに理由をつけ頭の片隅へ追いやる。

気がつけば震えている手。街でゴロツキに睨まれたときよりも、何故か足が竦む。


ゆっくり、一歩づつ前へと進む。半ばすり足のように。すると居間の戸が開いていることに気がつく。

そこで思い出した。そうだ、これは......前に嗅いだことのある、家畜が屠殺された時の血の匂いだ。


月明かりが、無情にもそれを照らし出した。


そう、そこにあったのは、魔獣に喰い荒らされたらしき親と血塗れの妹の遺体だった。


――俺はその日、全てを失い......そして、奴隷として生きることとなった。




「......ん」


ふと、影が視界に入る。


収監されて三十分くらいが経過した時。ロリバ......魔王が現れた。そして彼女は左手をあげこちらに挨拶をした。


「よう、勇者」


「おお」


流れで俺も右手を上げ返事をする。......え、あれ?友達だっけ?

魔王はしゃがみ込み、座る俺に目線を合わせた。じーっと俺の顔を見る彼女。やがて俺へと質問を投げかけた。


「お前、なぜわしを殺さんかった?先刻の戦闘......本当なら、あのままわしの首を斬り落とせたじゃろ」


ごもっともな疑問だ。確かに魔王からすれば、状況的にかなり不思議な事だったろう。あれほど殺すと息巻いて来た輩が突然心変わりをして大人しくなったんだから。


(なぜ、殺さなかったのか)


その答えは決まっている。こいつが妹のアヤメに似ていたから。ただそれだけだ。他に理由は無い。......多分。


思考を纏めつつ、俺は魔王の顔に目を向けた。すると彼女はこちらをぽけーっと見つめ、口が僅かに空いていた。こう言っては何だが、ちょっとアホっぽい。

アヤメも俺が何か新しいことを始めたり、自分の理解の及ばない事を聞いたりしている時、よくこんな顔をしていたな。......ホントに、どこまでも似ていやがる。


「フッ」

「......え?なんで鼻で笑われたの?わし」


懐かしく思わず出た笑い。それが馬鹿にした失笑に見えたようで魔王は不服そうに「むっ」と眉間にシワを寄せた。まあ、ちょっとは馬鹿にした面もあるが、どちらかと言うとそれは懐かしさからくるものだった。


「あ、いや。......殺さなかった理由、だったな。まあ、下らない話さ。勇者としてではなく、個人的な」


「個人的な?もしかして、わしがタイプだったか?」


ぱあっ、と目を輝かせ表情が明るくなる。


「ちげーよ!」


俺はソッコーで否定した。


「あらあら。まあ無理もないよな。わし可愛いもん。お前もそう恥ずかしがるでない」

「なにこいつ。なんでこんなに自信満々なの?違うっつーとろーに」


「ふーん。ほんじゃなんで?」


じーっと見つめてくる魔王。俺が自分を殺めなかった理由に興味津々といった感じだ。まあ、そりゃそうか。


「俺には、お前くらいの妹がいたんだよ。......殺ろうとした瞬間、お前とあいつの姿が重なった。だから無理だった」


魔王が妹に似ていたからか、すんなりと出た言葉に自分でも驚く。わざわざ言わなくてもいい事を言ったような気もする。

それを聞いた魔王はハッ、とした顔でこう返してきた。


「え!?お前の妹、こんなに可愛いのか!?まじで!?」


「いやなんだこいつ、いちいち反応うぜえー!」


「いやあ、あっはっは。そっかぁ!照れちゃうな、こりゃ」


「いや、褒めてねえよ?照れないで?」


マジでなんなんだこいつ。調子狂うなぁ。つーか城に乗り込んで暴れた奴に対する態度じゃないだろ。なんでこんな軽いノリなの?もっとこう、魔王としての自覚持とうよ。


いやまあ、俺が牢に入ってるから気が大きくなってるんだろうけど......この牢、魔力を封じる魔法かかってるっぽいし。それにしたってなぁ。


やがて魔王は照れるのをやめこう言った。


「しかし、こうなってしまっては妹にはもう会えないな?勇者」


「うーん、どうかな。......てか、俺ってこれからどうなるんだ?」


「うむ。お前は勇者だからのう。ま、ふつーにいけば処刑か。お主が死ねば、人間側の士気も下がり戦況は好転するだろうし......なんで?」


「いや、それなら妹には会えるなと思ってさ」


「どゆこと!?」


「妹は、魔王軍の魔族に殺されたからな。だから、死ねばあの世で会えるってわけだ」


魔王は驚いた表情を浮かべ、やがて悲しげに呟いた。


「......すまん」


「あやまるんだ」


「いや、わしらかて別に好き好んで人を殺してはいないからの。殺られたから殺りかえす。シンプルにそれの繰り返しだよ......」


「だよな。知ってた」 


だからこそ俺は魔王のみにターゲットを絞り、極力魔族の犠牲は出さずにここまできた。勿論、この城に侵入した時も一人たりとも殺してはいない。


......まあ、しかし。こうして魔王まで殺せなくなるとは思わんかったが。

物思いに耽っていると、魔王が首を傾げた。


「......お前、ほんとに勇者か?なんか不思議なやつだな。勇者は昔からイカれたヤツしかいないと聞いておったが、お前はそれ程危険な奴にはみえん」


「妙に人懐っこい魔王に言われたくねーよ。てか、さっき殺されかけたことをもう忘れたのか?」


「いや、そうではなく。魔族は問答無用で殺す......それが勇者であろうよ。こうして会話などできるなど思わなんだ」


「ああ、そういう事か。そりゃお前が妹に似てたからって、さっきも言ったろうが」


「そりゃそうじゃが。でも、わしはお前の妹ではない」


「そらそーだ」


「なのに殺さない」


「いや、これみて?俺の状況。牢屋の中で手が出せないんだよ」


「そんな牢屋......お前なら簡単に破壊できるじゃろうよ。それに、その気になれば今、この状況からでもわしを殺してお前は逃げられる」


「......どうしてそう思う?」


「戦う様を見て思っておったが......お前、力かなーり抑えとったじゃろ。わしは弱いから勿論だが、その前に戦った魔将の時もお前はめちゃくちゃ手を抜いていたな?」


「......」


「ちなみにここに来て何割くらいの力で戦ってたんじゃ?」


「一割」


「なめてんなーお前」


しかめっ面になる魔王。ほんとに子供みたいな奴だなコイツは。


「ちなみにこの城で一番強いのは?」


「今いる戦力でいえば、あのメイド姿の魔将だな」


「じゃあこの城落とすのは一割で余裕だったな」


「えー、こいつめっちゃムカつくんですけどー」


カン、と牢屋を蹴りつける魔王。こら、物にあたるのはのはやめなさい。


「まあ、でも。お前もまだまだ強くなれると思うよ。さっき戦ってみてわかった。魔力移動も滑らかで素早いし、センスあるぜ。鍛えればかなりのレベルになる」


「......お前でいうと、何割くらいの強さ?」


「一割かな」


い、一割かぁ〜......と頭を抱えているロリ魔王。いや、だいぶ強いと思うけど。俺の一割。一人でこの戦争を終結させられるくらいには。


(......ま、俺がいるから無理だけどな)


「ふむ。ひとつ......お主を見込んでの提案がある」


「提案?何だそれは」


「人との和解を提案したい」


「おいおい、どーした急に」


俯き視線を落とす魔王。唐突な提案に俺は面食らってしまった。勿論、俺を取り込み利用する策略の可能性もあった。いくつもの戦場で戦ってきた中にも、人の情に訴え罠にかけようとする魔族を何度も目にしてきた。


だが、この魔王は違った。


――体を纏う魔力からはあらゆる情報が読み取ることができる。


例えば、精神的に不安を覚えれば魔力の流れに僅かな違和感がでたり、怒りの感情が強くなれば魔力濃度が高まり動きも活発になるし、体調が悪ければ淀んだりする。


それは極めて小さな動きで、普通は見分けることのできない領域.....だがしかし、俺の【神眼】はその微細を見極める事ができる。


(......彼女の魔力には不安の色が濃い。しかし、それは俺を前にしているからだ。今の発言で魔力の揺らぎは僅かにも見えない。それはつまり、言葉に偽りが無いということ.....)


「......わしは、な」


魔王は静かに語りだす。


「父様に連れられ一度だけ紛争地帯へと行ったことがあるんだ。......王の娘たるもの、命を賭して戦場で戦う愛する民の姿を目に焼き付けろと。そういわれ、兄様と共に赴いた」


彼女はどこか物憂げな表情で。うずくまるように膝を抱える。


「初めて見た戦場は凄惨な物だったよ。三つのキャンプ地を回ったうち、二つが人間に蹂躙されていた。首がテーブルに並べられ、床は血の海になっておった。まるで悪魔か鬼にでも襲われたのかと思ったほどだ......」


戦場では良くあることだ。首がテーブルに並べられていたというのは違和感を覚えるが。寝込みを襲われたか、あるいは......。


魔王は話を続ける。


「兄様はな。これが人間の本質だと、奴らは醜悪の根源であり、根絶やしにすべき悪しき種だと憤慨しておったよ。彼らにも帰るべき家、家族や大切な人がいたはずだとな」


それはそうだ。しかしそれは......。


「しかし、わしは思った。そして父様と兄様に言ってしまった。それは人間も同じではないですか、と」


......!


魔王は落としていた視線を俺へと戻す。


「悲しみはなにもわしらだけのものではない。この戦いが続く限り、双方にもたらされる大きな苦しみだと」


......本気で言ってる。この少女は、本心で......そう思っている。


「それで、お前の父と兄はそれにたいしてなんて?」


「うむ。父様は目をつぶり頷いてくれたが、兄様は激昂しわしは殴られたよ。ふざけるな、血も涙もないのか貴様には!と。......思えばあれからだな。兄様がわしに対して冷たくなってしまったのは」


困ったように微笑む魔王。殺されたのが大切な民であるならば、兄の怒りは最もだろう。しかし、王位に選ばれたのは妹......確証は無いが、おそらく前の魔王もこの戦争を止めたがっていたということか。


「そうか......しかし、親や兄弟だろうが結局は他人だからな。そうそうわかり合えはしないだろうさ。まあ、俺がお前の兄の立場であれば褒めていただろうけどな」


「え?」


目を丸くしきょとんとこちらを見つめる魔王。


「ど、どうした?」

「いや、ホントに勇者っぽくないなと......」


勇者っぽくない、か。まあそれって言ってしまえばただの称号だからな。決めつけられても困る。それにさっきから言ってるが、お前も魔王っぽくはないよ?


「ところで、その父親はどうしたんだ?王位を退いて魔界にでも隠居してるのか?」


「いや......父様は、亡くなったよ。病死じゃ」


亡くなった......?


「亡くなる時に立ち会った王族はわしだけでな。それで魔王の呪印を継承したのだ。でなければこんな小娘に王位はわたさぬよ」


いや、おそらくは生きている。今、父親が亡くなったと言う直前に彼女の魔力が大きく波打った。その後も落ち着きがなく揺らぎ続けている......これは嘘をついた者の魔力の流れだ。


(......なぜ嘘をついた?何かあるな、魔族側にも)


「話はわかった。それで、お前はどうしたい?この魔族と人族の戦が終わらせる為に、何をする?」


「人と魔族の話し合いの場をどうにか設けたい。この戦いにおける悲しみは双方同じのはずだ。なればどうにか止めたいと思う気持ちも同様にあるはず......とにかく話し合う場が必要じゃ」

「話し合いの場か。なるほど」


「そしてもう一つ」

「?」


「魔族側に大きな問題が発生しておる。それを解決せねばおそらくまた再び人との戦が始まるだろう」

「問題?」


「いま、魔族は父様がいなくなった事で民意が割れておるのだ。人に怨みを持ち、根絶やしにすべきと唱える強行派と最早これ以上の争いは不毛で無意味、歩み寄ることを考えるべきという穏健派。その二つに」


「ああ、なるほど。まずは魔族側の内政を整えない事には和解どころか話し合い自体が難しいということか」


「そうじゃ。だがそれが非常に難しい」


「何故だ?王であるお前に決定権があるんだろ。ならもういっそ人との争いを止める方向で舵を切ってしまえば良い。それで良い方向へ進み結果が残せれば反発も少なくなるだろ」


「そうじゃのう。......しかし、その舵を操作しているのが兄様であるならば?」

「お前が王なんじゃないのか?」

「わしは言ってしまえば飾りの王じゃ。実際、今国を動かしているのは兄様。そして魔将もそちらに従っている」


なるほど。だから護衛である魔将が一人しか付いていなかったのか。


「更に問題なのは、お前ももうわかってはおると思うが、兄様が強行派だということ。父様がいなくなった事で歯止めが効かなくなっておるのだ」


「それは、まずいな。そうなれば人の国は終わる。個々の力としては人よりも魔族の方がやはり強い」


「うむ。そして我が国も終わる」


魔王は視線を落としそういった。俺にはその理由がわかっていたが、あえて聞く。


「......それはどうしてだ?」


「お主の国が消えれば、他国の人族がそこに攻め入ってくる。そうなればいかに魔族が強くとも時間の問題で駆逐されてしまう」


そうだ。この戦争が長く続いている理由の一つにそれがある。


「だから、わしは和解しかもうこの戦争を終わらせる方法は無いと思っとるんじゃ。だが、兄様や強行派の連中は憎しみに飲まれそのような判断ができなくなっておる」


「そうか。まあ、確かに......お前のその予測は概ねあっている。それに、ついでに言うと俺の所属している国、ロスバレアは勇者という兵器を有している故に攻められずにすんでいるからな。そして、他国はその勇者の作り方を欲しがっている」


「勇者の作り方?どういうことじゃ?勇者は血を引く者から産まれるものじゃないのか?」


「そうだ。勇者というのは殆ど呪いのようなもので、作り出せる存在なんだ」


「ほええ、そーなんだ。こえー。って、え?それじゃ勇者たくさん作れば良いんじゃないの?」

「いや。それは無理だ。勇者には核になる魂があってそれは一つだけだからな。それを宿す者だけが勇者と成れる」


「なるほどの。なんだか魔王の継承にも似たものを感じるのう」

「そうだな。と、話がそれた。それで、俺はその和解の為に何をすれば良い?」


「うむ」


彼女はひとつ頷き、空気が変わる。覚悟を決めたのか、しかし不安に魔力が揺れ始める。


「勇者よ。名前はなんと言うのだ?」

「イルス。イルス・メイラッドだ」


――名を聞いた魔王は、すぅっとひとつ息を吸い込む。そして、僅かに陰る表情でこう言った。


「勇者イルス・メイラッド。お主を、わしの剣にしたい」


魔族は魔王の側近であり護衛を「剣」と称する。簡単に言えば魔将、四天王がそれに当たるな。


「......勇者の力がほしいのか?」


彼女は頷いた。


「うん」

「正直だな」

「誤魔化すことでもないじゃろ。今更」

「まあ、そうだけど」


「わしだって武力が全てだとは決して思わん。しかし、本能的に魔族は強いもの付き従う傾向にある。だから武力というわかりやすい強さが必要なのだ。そしてわしにはそれが欠如しておる」


「メイドの魔将がいるだろ。あいつ結構強いけど」

「彼女は兄様がわしにつけた魔将だ。意味、わかるよな?」


なるほど。魔王の護衛ではなく、監視役といったところか。妙なことをしないように。


「そっか。......わかった、良いよ」


「え?」


「口、口を閉じろ」

「んむっ」


またもやぽかんとお口を開けていた魔王。妹にやっていたように、つい指摘してしまった。


「わ、わかったって......わしの剣になってくれるって事?ほ、ホントに?」

「ああ」

「え、え、でも、それって大丈夫なのか?」

「なにが?」

「いや、だって形的には魔王側に属するって事になるじゃろ。大丈夫なのかなって......国に帰って打首とかされん?」

「それは気にしなくていい。こっちは何とかなる。......てか、お前、協力して欲しいのかして欲しくないのかどっちなんだよ」


「し、して欲しい!」


こくこくと頷く魔王。素直でよろしい。


「わかった。だがしかし、わかっているよな?俺が強くても意味がないこと」


魔族は強いものに従う。俺に従わせても意味がない。そう、彼女自身が強くなる必要がある。


「うむ。それも含め頼みたい。......わしを鍛えてくれ!」

「俺の指導は厳しいぞ?」


「がんばる」

「ん。良い子だ」


「ちょ、魔王なんですけど!子供扱いするでないわ!」

「あ、わりい。てか、お前も名前教えろよ。魔王は何ていうんだ?」


「ああ、名前か。わしはロンノ・テンアルト・サードラという」

「ふむ。ロンノか。わかった」


「すぐに牢の鍵を開ける。よろしくな、勇者イルスよ」


差し出された小さな手のひら。俺はその手を取る。柔らかいく、切ない思いが蘇った。


「ああ。俺は今日から【魔王の剣】だ」


――剣として、彼女を守り抜く。今度こそ。





◆◇◆◇




――王の間。


広い部屋、大理石の床。中央にちょっとした階段があり、高い位置に玉座がある。おそらくそこに座っているのが王なのだろう。

薄く白い布が垂れ下がり、王の姿はその奥の影しか確認できない。


その両脇に宰相と書記官が立っていた。


宰相は長い髭を蓄えふくよかな体型をしている。着ているものからのぞく宝石や装飾品の数々。国の貧富の差を体現していると言わざる得ない。


書記官は若い女性。片手に記帳するための紙面を持ち、ペンを構えている。白い外套を着て深々とフードを被っているため顔はわからない。


「よくぞ帰ってきた。面を上げよ。さて、報告を聞こうか、お前達」


そう宰相が私達に言った。基本的には王は私達に直接的な会話は行わない。宰相を通し、言葉を告げる。

秘書官はその内容と会話の記録を行う。


私はここに居ない勇者の代わりに答える。


「はい。私達は魔王城へと辿り着き、攻め入ろうとしました。しかし、その時......勇者の判断により城下町の転送門へと飛ばされ戻って参りました」


「?、どういうことだ?なぜ、勇者はお前達をこちらへと戻した?」


「おそらく、我々では力不足だと判断したのでしょう。魔王城へは勇者が一人で行くと、そう言ってました」


「そうか、ふーむ。なるほどのう」


ふむふむ、と宰相は相槌をうちつつ右手で自身の口元を抑えた。私は続ける。


「しかしながら、あの魔王の軍勢に一人ではいくら勇者が強いとはいえ、無事では済まないでしょう。......お願いします。もう一度、私達に魔王城へと向う事をお許し下さいませんか」


我々、勇者パーティーは何か行動するのに王や宰相、その他の者による認可が必要になる。

その理由は、絶大な力を持つ我々が身勝手に動いてしまうと、他国に刺激を与えてしまい国の印象が悪くなってしまうから。


(......というのは建前だ)


おそらくはそんな力のある私達をコントロール下に、手元に置いておきたいのだろう。都合の良い兵器。それが私達。


「ならぬ、な」


宰相は笑った。


「それは勇者を見捨てろと?」


「おお、聖女よ何と言うことをいうのだ!なにもそのような心の無い事は言ってはおらんだろう。確かに魔王軍に勇者一人では命を落としかねん......だが、勇者がお主等を還すほどの敵の強さなのであろう?ならば今から向かっても無駄だろうに」


無駄、か。


「と、言うより良い判断だな......貴様らが全滅すれば、我が国の軍事力は大幅に減少してしまう」


宰相は髭を撫でながら微笑んだ。


「うむ、うむ......流石は勇者だな。ああ、貴様ら三人が戻ってきてくれて良かったぞ。しばらくゆっくりと休め。そのうち魔王が討たれた報せか勇者が死した報せが来るだろう。それまでは休息とする。以上だ」


勇者の言っていたとおりだ。私達の敵は魔王では無い、と。勇者が殺されたかもしれないというのに彼らのこの余裕はどこからくるものなのだろうか。


私達はその答えを知っている。




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【無能力。だが最強】ロリ魔王に仕える世界最強の勇者。 カミトイチ@SSSランク〜書籍&漫画 @kamito1

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