【無能力。だが最強】ロリ魔王に仕える世界最強の勇者。

カミトイチ@SSSランク〜書籍&漫画

第1話 魔王城突入



――ザァー......――


暗い森の中。俺たち勇者一行は、泥濘む道を行く。


体に纏わりつくような土砂降りの雨。


ふぅ、と吐き出した息は白く煙り、宙にとけて消える。


俺を含め、パーティーの四人全員が防寒製の特殊な黒い外套を着込んでいる。だがしかしそれでもこの雨は無情に体温を奪い去っていくほど冷たかった。


(......おそらく近くに相当なレベルの魔族か魔獣がいる。この冷気と雨はそいつの影響だろう.....)


ここは魔獣の蔓延る通称【迷いの森】この森には例え俺たち勇者パーティーであろうと戦えば全滅してしまうレベルの強敵がごろごろしている。

更に道も道とは言えず、険しい上に同じような景色が続いていて一度迷えば出ることは絶望的なルート。それなのになぜこの森を選んだのか......それには理由がある。


それは、他の道を行くより例え魔獣に発見されても障害物が多く逃げれる可能性が高いという事。

魔物との戦闘は生命の削り合い。体力と精神を大幅に削られるし、下手をすればここでパーティーメンバーを失う可能性もある。なので無駄な戦闘はなるべくなら避けたい。


まあ、だからこそ、こうして魔力と気配を抑え、凍てつく寒さに耐え......ビチャビチャな靴の中に耐えながらも、この森を突き進んでいるわけだ。めっちゃキモチワルイ。


(というか、もうそろそろのはずなんだが.......お)


【迷いの森】に入り約半日。順調に行けばそろそろつくはずだと思っていた頃、開けた場所へと出ることができた。そこは目的の場所で、広い湖の見渡せる断崖だった。俺たち四人はここを目指しひたすらに歩いてきたのだ。


その先は道が途絶えている。下は剣山のような鋭く尖った岩がいくつも突出していて飛び降りることは困難で、そもそも高さ的にその岩がなくとも降りれば死は免れない。


更にその先には巨大な湖。例え降りられたとしても長距離の水泳を強いられ、どの道まともに先へ進むのは不可能。


とはいえ、最終目標地点である城を発見できた。


崖上にある茂みに隠れ、俺たちはその城を眺める。


「――......あれか」


遥か向こうにある城を見つめ、俺はそう呟く。なんとも感慨深いものだ。


ここから見ればまだ手のひらに乗せられるくらいの大きさの距離。それだけ離れた場所にいるが、まだこうして慎重に気配を消し動かなければならない。


この遠く離れた場所からでも僅かな気配や魔力の揺らぎをあの城の魔族達は容易に勘付くだろう。それ程の力を持つ魔族があの場所には集結しているのだ。


――あれは、魔王城。


王の命を受け、約3年の月日と命をかけ辿り着いた魔王の座す城塞。


「......なんだか、一見普通の城にみえますね」


隣にいる僧侶が小さな声でそう言った。雨音がうるさく聞き逃してしまいそうな声量。しかし、不思議なことに彼女の声はそんな中でも耳に届くほど澄んでいる。


僧侶、ティア。彼女は光と癒しの神を崇拝するクゥレム教の信徒であり、聖女。手の甲にはその証である聖痕が刻まれている。

このパーティーの回復術師で、その力はかなりのもの。並の術者ではできない解毒や肉体の欠損、損傷した内臓の魔術治療も可能。更には今パーティーにかかっている【月影ノ布 《ブラインド》】という気配を消す補助魔法等も使える高位の魔術師である。


ちなみに外套で隠れているが、腰まである純白の白髪、とろんとした眠そうな目は碧く、宝石のよう。更にはふくよかな胸と......つまるところかなりの美女であり、旅の先々で必ず求愛される程の美しさだ。


昔はよく一緒に遊んでいて、妹のように可愛がっていた。本来はこんな危険なパーティーでの冒険には連れて来たくはなかったが。聖女である宿命なので仕方がない......が、まあ、それもこれで終わる。


ふと横に来ていた黒魔術師が魔王城を指差しこちらを見る。


「......とにかく、あれを破壊すれば良いのよね?」


体内を巡る魔力が膨大であるため赤く染まる瞳。外套のフードでは収まらない大きな黒魔術師専用の帽子を直しながら彼女はそう言った。


十七という年齢の割に幼い顔立ちと、あどけない表情。彼女の名はシノシア。魔女との混血でその血を色濃く継いでいるため、魔力量は最早人の域をゆうに超えている。僅か六歳の頃にはギルドマスターすらも魔術で上回ってしまった程の、正真正銘の天才魔術師だ。


更にこの長い旅路で彼女は努力し実戦経験を多く積んだ。今のシノシアは全黒魔術師一の実力を有しているだろう。


(......)


「?、な、なに......どーしたの?」

「あ、いや」


成長をしみじみと感じ彼女を見ていると、シノシアが怪訝そうな顔で身じろぎをした。

思えばシノシアは当初このパーティーにはいなかったんだよな。それが、旅立ちの日に突然現れて俺相手に腕試しを始めたんだっけ。

高飛車でプライドの高かった彼女は俺にボコボコの完膚なきまでに打ちのめされてあまりのショックでおしっこ漏らしたんだよな。ああ、懐かしい。


「ふっ、ふふ」

「!?、おい!なんだよ!その意味深な笑いは!」

「いや、なんでもない......」


その腕試しの賭けで俺が勝てばパーティーに入れと、半ば無理矢理引き入れた。当初は不服そうに同行していた彼女だったが、今や心強いアタッカーとして成長し......どこに出しても恥ずかしくない最強の黒魔術師に成った。誇らしいよ、俺は。


「ふふっ、楽しそうに話しているところ悪いが......まだこれから魔王城侵入という難関が待っているんだ。気を引き締めていかないと、侵入どころか下手すれば城に近づく前に全滅だぞ」


俺の後ろで後方を警戒していた戦士が微笑みながら言う。こいつは公爵家の出で元々はただの騎士だ。しかしながら、この熾烈な旅を経て彼も聖女、天才魔術師と並ぶ程の強者と成った。


名をオルガニ。ブロンドの髪色の所謂イケメン。この国では珍しい灰色の瞳をしており、やはりモテる。武器は背負っている大斧と、腰に二本差している長剣。その三つの武器を巧みに使い前線で盾の役割をこなす。


パーティー結成当初は死人のような目をした覇気のない男だったが、今では二人と同じく何処へ出しても恥ずかしくない戦闘力を誇る。


「で、イルス。どうする?」

「ん、ああ......そうだな」


名を呼ばれ俺は頷く。勇者、イルス。それが俺の名前。七代目勇者の称号を貰い受け、魔王討伐の任を受けたのが俺だ。

しかしながら俺には魔術も回復術も使えない。一部では無能の勇者とも呼ばれているらしい。ただ魔力が多いだけの勇者、そう言われ続けてきた......無能の勇者だ。


しかし、無能であれど最弱ではない。だからこそここまでの旅路、誰一人と命を欠かさずにこられた。


(......その前に失ってしまった人たちはいるが)


『おにーちゃん!えへへ』


――閉じた瞼。


魔族の襲撃によって奪われた妹の命。今はなき彼女の姿は未だ鮮明に脳裏に焼き付いている。

太陽のような橙色の髪、三つ編みのおさげ。あどけない笑顔。

もう少し......あと少しで、終わる。お前の命を奪った奴を、俺が殺す。


――ゆっくりと、目を開ける。


「頃合い、だな」


俺は指をパチン、と鳴らす。すると三人の周囲を紫の魔力が囲むように出現した。


「......え?」「な、なに!?」「――!?」


まるで結界術のように、三人をそれぞれ包み込むように俺の魔力が覆う。突然の事に驚き唖然とする。


「ここで重大発表だ。今、この時を以て......この俺、勇者を勇者パーティーから追放する」


「「「は?」」」


目を丸くする三人。突然のパーティー追放(俺)宣言なので無理はない。しかし、理由はある。これは当初より予定していた事であり、俺は最初から魔王城にはソロで向かおうとしていた。


「さて、三人共......全身に魔力を巡らせろ」


「あなた、まさか......」


俺が何をしようとしているかを察したティアが睨みつけてくる。怖い。美人が睨むと怖いよ。


「そのまさかだ。ほら、わかったら魔力で体を覆え」


「ま、待ちなさいよ!?なんで!?あんた一人で魔王城に行くってこと!?」


シノシアが吠えるように言った。ちょ、お前!大声だすなよ!魔族にバレちゃうじゃん!と思ったが、まあ彼女の気持ちを考えれば無理もないか。


「ああ。......あと十秒で飛ばすからな。そのまま飛んで体が吹きとんでも知らんぞ」


俺には転移術が使える。といっても厳密には術ではなく、魔力性質を利用した引き合う力を利用したもので、要するに俺の魔力でマーキングした場所へ同じく俺の魔力で覆った物を飛ばすことができる。


今からそれを三人に行う。ちなみにある程度の魔力防御ができないと、移動最中の負荷で体がバラバラになってしまう。だから実質こいつらと俺以外の人間には使えない。


「そうか。ここまで、というわけか......今までありがとう。イルス」


オルガニが全てを悟ったように呟く。そう言われるとちょっと寂しくなるな。さっさと転移させよう。

三人の顔を一巡する。ティアは俺に対し、再度【月影ノ布 《ブラインド》】を詠唱し、頷いた。

最期まで俺の心配か。ティアらしいな。まあ、此処から先はあまり意味の無い魔法だが、その心遣いは素直に嬉しい。


「......十秒だ」


ふたたび俺は指を鳴らす。すると三人は囲った魔力ごと霧散し消えた。いや、消えたように見えるが実際には空へ飛んでいったが正しい。地面には焦げた跡と僅かな煙りが残っている。


――俺は背負っている大剣の柄へ手をかけた。


ここから先の魔族はこれまで戦ってきた敵とは別格だ。城の周辺を巡回している一般兵ですらあの三人の手には余る。

しかしそれは決して三人が弱いというわけではなく、城の魔族が強過ぎるという話だ。


(あの三人は、紛れもなく最強......人類の中では)


だからこそ、万に一つもここで失う訳にはいかない。この先は俺が一人でやる。人ではなく、勇者である俺が。


――背にある剣、【破魔の剣】を鞘から抜き取る。ヒュンヒュン、と二度振り、身を屈めた。


終わりを感じ、ふと頭を過る想い。


......この戦いが終わったら、そうだな。暖かい南へ行こう。そこで農作物でも作ってひっそりと余生を過ごすのも悪くないな。もう、俺はこの血なまぐさい争いには疲れた......ゆっくりと、静かに。


終わらせよう。


「......さて、行くか」


脚に魔力を集中させる。そして――


――ボゴォッ!!


地面を蹴りつけ、遥か先にある魔王城へと俺は跳んだ。



◆◇◆◇



跳びたった後の断崖が吹き飛ぶ。魔力を込めた跳躍に耐えきれず丘は崩れさる。城までかなりの距離だった為、それなりの力を込めた跳躍が必要だった。

まるで砲撃を受けたかのような跡。飛び立ったニ秒後に丘の吹き飛んだ音と地鳴りが響く。


おそらくこれで魔族達に俺の存在が知れるだろう。しかし、三人が城へと帰った今、それを気にする必要は無い。


「!」


約半分の距離まで至った時、断崖からは見えなかった結界を発見した。薄く張られたそれは侵入者を攻撃する物ではなく、発見し弾く類の物だった。

しかしこの手の結界は機能性重視で、防御性能はたかが知れている。探知型だし。俺は直進し続け、体当たりで難なく突破。水泡が弾けるように霧散した。


その先にある本結界に向かい「よっ」と剣を振りかぶる。見えてきたそれは薄い赤い色をしていて城をまるごと包む半球体のような形をしている。これは高濃度魔力体で一定量の魔力を有する物を弾き飛ばす。


(ま、俺には関係ない)


――振りかぶっていた剣で斬りつける。俺の剣は特別製で、魔力を分解し消し去る。ビシッという大きな音と共にまるで硝子が割れる様にその赤い半球体は消え去った。


その瞬間に場内のから迸る魔力。侵入者が現れた事で、魔族達が戦闘態勢に入ったのだろう。


しかし、そこでふと気がついた。先程までは結界により内部があまりよく視えなかったが、それが無くなった今はっきり視える。


俺の目は【神眼】と呼ばれる物で、建物等の遮断物があっても魔力を見通せる。更には魔力の動きやその色を見ることができ、それがどう機能するかも知ることが可能だ。

つまりは、見ただけで能力を看破できる。


と、まあ俺の目の情報によれば、城に集まっている魔族が少ないことがわかる。現存する魔族の一人一人の力は凄まじいが、本来の配置されている人数の半数以下。

魔族側に何かがあったことは明白である。何故なら魔王というのは魔族が命を賭して守らなければならない存在。


俺たち勇者が進行していることは彼らも知っているはず......それなのに戦力を集結させていないのはおかしい。


(ま、こちらとしては都合がいいが)


俺の目的は魔王の命のみ。それが達成しやすい感じのトラブルなら大歓迎だ。


城まであと2kmに迫った時、左右から巨大な魔力が接近しているのを感じた。と、同時に高密度の魔力を放ってくる。魔力を火属性へと変えた火球弾。


火炎袋を持つ竜のみが放つ事のできる【ファイヤブレス】

接近してきたのは魔獣の一種、ドラゴンだ。


俺は体を捻り、それを躱す。


(――Aランクドラゴン、【揺蕩う魔竜 《ドラゴダッド》】か)


魔獣や魔族、人には戦闘能力によりF〜Sのおおよそのランクがつけられる。勿論、個体差はあるが、このドラゴンはかなりの力を持つ化物ということだ。

ちなみにAランクというのは、その力を持つモノが三体集まれば、人間界の城塞都市を落とせるレベルである。


――俺は再び脚に魔力を集中。宙を蹴りつけた。


パァン!という破裂音と共に俺の突進速度があがる。魔王城まであと僅かなところまで迫る。

その時、遠くで大きな音が鳴った。バシャーン、という巨大な何かが湖へと叩きつけられた音。


いやまあ、何かっていうかさっき襲ってきた【揺蕩う魔竜 《ドラゴダッド》】なんだけど。火球を躱した際にカウンターで大剣に乗せた魔力を放ち撃ち落としておいた。

おそらく放った魔力刃は腹部に撃ち込まれたはずだ。限りなく見えにくくして撃ったので、奴らには何が起こったのか理解も出来てないだろう......まあ、落ちた事を考えると、その前に失神してそうだが。


そんな事を考えているとやがて城の壁が見えてきた。侵入するはあの硝子窓から。

剣を突き立て、魔力結界の施された窓をぶち破る。


カシャーン!と吹き飛んだ硝子が飛び散る。窓枠を掴み、勢いを殺し着地を成功させた。侵入した部屋は暗く、魔族の気配もない。まあ、【神眼】により誰も居ないことは侵入する前にわかってはいたが。


あたりを見回すといくつもの本棚が目に入った。ここはおそらく城の図書室、それか魔王の書斎だろう。部屋の中は少し埃っぽい匂いと魔族特有の匂いがする。


(さて、と)


俺は片膝をついた。そして手を床に当て、魔力を城内へ巡らせる。

【神眼】で敵の位置は割り出せた。あとは魔王を逃さないよう迅速に追い詰めていかなければならない。だから雑魚との戦闘はなるべく控えたいので、こうして俺の魔力を当てることで気絶させておく。


俺の魔力は攻撃性を高めれば、触れただけである程度の魔族は気絶する。

さて、これで大体の魔族は削れた。王の間はさっき【神眼】で見たから位置はわかる。ただ、扉に結界が施されていたので中は視えなかったが......そこ以外に魔王らしき魔力はなかったのでおそらく王の間だろう。


(どの道、行って確かめるしか無い)


魔王の魔力は他の魔族とは違い、【神眼】が無くとも一目でわかる。それは歴代の魔王が継承してきた呪印による魔力性質変化によるものだが......まあそんな話今はいい。とにかく、速く魔王を発見して討伐せねば。


俺は書斎の扉に手をかけ――ずに蹴り飛ばす。その向こうに待ち構えていた大きな体格の魔族が扉ごと壁に叩きつけられ白目を剥く。


【神眼】で敵の位置と動きは見えている。俺が蹴り飛ばした魔族は武器に大槌を持っていたところを見るにおそらく戦士なのだろう。と、一瞬の確認を終えた瞬間。右左の通路に待機していた大量の魔術師達が一斉に魔法を放ってきた。


――ドドドッッ!!!


【雷の矢 《ライジングアロー》】【氷の槍 《アイシクルランス》】【爆炎撃 《ボマー》】【焔の剣 《フレイムブレード》】


数多の高威力の魔法。それらが全て俺へと集中する。が、しかし。


「......な、なんなんだこいつは」


一人の魔族が震える声でそう呟いた。直撃したはずの魔法の数々。おそらくは今の攻撃で決着がついたと思ったのだろう。


それは決して間違いではなく、無理もない。何故なら今の攻撃は高レベルの魔術師による全魔力を注ぎ込んだ一撃。

本来ならばそのどれか一つの魔法でも人間の一人を吹き飛ばすには十分過ぎる威力。いや、それどころかオーバーキルといっても過言では無いものだった。


しかし、煙りが晴れ彼らは理解する。その全てが俺が魔力のみでガードされてしまった事を。


「な、なぜ、生きている......」「無傷だと」「あ、ありえん、こんな化物」「魔力、のみで......!?」「どれだけの魔力を持っているんだ......!!」


追撃は無い。あまりのショックに腰を抜かす魔術師もいた。戦意喪失している奴も散見される。

攻撃魔法を魔力のみで防ぐにはおおよそ受けた攻撃の三〜四倍の魔力が必要になる。


(ざっとみて、上級が三十人と極界級が三人くらいか......このクラスの魔術師達なら都市の一つや二つ簡単に壊滅させられるな)


魔術師には実力に応じた等級が決められている。

上から、神伝級≫天壊級≫極界級≫上級≫下級。その中で更にA〜Cの階級付けがなされている。


人間の魔術師では上級になれれば自分の魔術師ギルドを持つことができる。大抵の魔術師はどれだけ長い年月研鑽を積んでも下級の中のA止まりで、上級のAともなれば王の護衛を任される宮廷魔術師となるレベルである。

ちなみに極界級は世界に十四人しかいない伝説級の化物で、ウチのパーティーの黒魔術師シノシアはその一人。極界級Bの魔術師である。......って、もう俺はパーティーから追放されたんだった。


(......でもおかしいな。眼で確認した時にも思った事だが、魔王軍の戦力が薄い。天界級が一人はいるかと思ったんだが......いや、もしかして王の間に戦力を集中させているのか?)


「ひとつ、いいか」


びくっ、とその場の魔術師達が俺の言葉で体を震わせる。彼らの緊張が高まり明らかに空気が張り詰めた。未だ魔力を練り戦闘態勢をとっているのは極界級の魔術師だけ。


「俺の目的は魔王のみだ。お前らの命は取らない......大人しく通してくれないか?」


俺は統率しているであろう極界級の魔術師一人にそう問いかける。立ち振舞、体外内の魔力の練られ方と先程の魔法威力。こいつが一番強く、魔族は強いものに従う。だからこいつが統率者だと思った。


俺が言葉をなげかけてから約十秒。迷いで僅かに揺らいでいた彼の魔力は覚悟を決めたかのように静かになる。


「......それはできぬ相談だ。人よ、我々には魔王様がなくてはならない。唯一無二の存在なのだ......ここは通せぬ」


唯一無二、か。魔王の存在は自分の命よりも大切なんだよな。魔族のこういう所ってコロニーを形成する蜂や蟻と似ているな。まあ、個体によるが。


「そっか。わかった......なら寝てもらうか」


――トトン、と爪先で床を叩く。意味は無い。これは俺の癖。


纏う魔力をより強め、身体能力を上げる。出力は一割......いらないな。あまり大きく魔力を引き出すと辺りが吹き飛ぶ。


(――!)


魔術師の向こうから騒ぎを嗅ぎつけ、兵士がどんどん集まってきたのが見える。だが、もう遅い。ここからは俺の動きを捉えることすら難しいだろう。


――ヒュッ


壁、天井を蹴り縦横無尽に跳躍。すれ違いざまに攻撃を加えていく。

魔族達は俺が一瞬で消えたように見えただろう。死角からの神速の連撃を浴びせ続ける。


――約五秒。駆けつけた者も含め二百余りの魔族達を無力化。


彼らは攻撃された事にすら気が付いていないだろう。一方的で圧倒的な力による攻撃。それは最早戦闘とは呼べないモノだった。


攻撃を受けた全ての魔族が一斉に膝から崩れ落ち、平伏す。


「......さて、王の間はあっちか」


――トン、ビュオッッ!!


大剣を肩に担ぎ、駆ける。目指すは王の間。身体強化により移動速度が上がっている為、秒で王の間まで辿り着く事が出来た。


「ここだな。ふむ、強力な結界だ......」


施された結界。それは魔法陣を用いてかけられた呪術のような物で、おそらくはギミック型。

術者が決めたルールにより定められた答えを導き出すことで解除が可能になっている種の結界術で、破壊魔法などを用いた力づくでは決して開かない。


見たところ、この扉にはいくつかの窪みがある。おそらくはパズルのようにピースを嵌め込む事で解除されるようだな。そしてそのピースは城の何処かにあるはず......まあ、そんな遊びに付き合う気は毛頭ないが。


俺は片手で剣を振りかぶる。......そうだな、この結界なら一割か。


――体に魔力が溢れ出す。迸る魔力により城の床が耐えきれず亀裂が走った。

そして、その大剣を垂直に振り下ろした。


ビシッ、と結界が破れる音。浮かび上がっていた呪文がバラバラになり消えていく。俺は結界を解除ではなく破壊した。こっちのが手っ取り早い。


「これでよし」


巨大な扉が顕になる。どうやら押して開けるタイプのようだ。俺は扉に手を当てる。


(......そういえば、魔将が居なかったな)


ふと、頭に過る疑問。道中に魔将の姿が無かったのが少しだけ気掛かりだった。


魔将と言うのは魔王の側近であり、四天王とも呼ばれる力のある魔族。

まさか王の間に四人ともいるのか?......いや、この部屋以外に大きな魔力は確認できなかった。なら必然的に四天王はこの中に居ることになる。


(......力のある魔族四人が一つの部屋で戦うとか、かなりの悪手だと思うけど。乱戦になれば魔王が殺られるリスクが高くなる......まあ、幹部である魔将も殺るつもりだったから纏めて殺れてオトクな感はあるか)


いずれにせよ、どうにでもなる。そう思いながら俺は扉に当てた手に力を入れ、押し開けた。



◆◇◆◇



――扉を開く前。部屋の中を【神眼】で確認した時に分かったことがある。それは、魔将がたったの一人しかいない事。そして――


広々とした部屋の中央に一人の女性。そしてその奥に王の座る椅子があった。


(......外套?)


椅子に座る王は外套を着用しており、さらにフードを深く被っているため素性がわからない。しかし、それに対して眼前の女性は魔力量からしても魔将だとわかった。

金色の長髪、赤い瞳、美しい顔立ちだがかなりの強さなのが空気で伝わってくる。まあ、なぜかメイドのような姿と帽子を被っていて、一見するとそうは見えないが。え、魔将ってメイドの事なの?


魔王を守る剣と言われる四天王の一人。それが魔将であり、最強の直属護衛。

それがなぜ一人で王の護衛をしているのかも気になるが......それよりも、魔王の椅子に座る魔族の方が気になる。眼前の美人魔将は魔力を見るにSランクといったところだろう。

だがしかし、魔王の座についている魔族はCランク程度の魔力量だ。あれは魔王ではないのか?......いや、魔王だ。何故なら魔王の呪印を持っているし、魔力性質も魔王特有のモノ。


何がどうなっている?あれは影武者?いや、魔王の呪印を持っているということは少なくともその魔王一族の血筋だということだが。聞いてみるか。


「......お前は、魔王なのか?」


そう俺が問いかけた瞬間。


――ズッ、ドゴオオオオーーーンンン!!!


足元から稲妻が噴き上げてきた。陰術と呼ばれる限りなく見えにくくされた魔法陣。しかし、俺は【神眼】によりトラップがあるのは知っていた。難なく体外魔力でその魔法を受け流す。

城の天井に直撃した稲妻。それにより、王の間自体が崩れ始める。


(!、これが狙いか)


揺れる城。落ちる瓦礫と、破れる床。それに乗じて魔将が俺に攻撃を始めた。長い槍を横薙ぎに振り抜く。が、俺はそれを片手で掴み取った。


「えっ、うそ!!?」

「いや、シンプルに遅いぞ。鍛錬不足だな」


掴んだ槍をこちらに引き寄せ、大剣の腹を魔将の体にぶち当たる。部屋の壁へと激突し、俺はトドメを刺すべく走る。


が、しかし。俺の進路を妨害する奴が現れた。魔王だ.......って、あれ?この魔王小さくね?


「......だ、だめ、です......まお、さ」


「ええい!うるさいわ!目の前でむざむざ配下が殺されるなど、到底受け入れられるものではない!わしが戦う!!」


そう言い、魔王は外套を脱ぎ捨てた。


「......は?」


そこに居たのは、太陽のような橙色の髪。耳横に下がる三つ編み。両耳の上辺りには魔王の血を引くものにある巻き角。

しかし、そのあどけない顔立ちは、到底魔王には見えない......若い、体格だけ見れば子供にすら見える少女だった。


そう、その姿はまるで――


ビュン、と凄まじい勢いで突進してくる魔王。魔王、魔王で良いのか?いや、魔王だろ。だって魔王の証である呪印があるし、魔力性質もそうだ。そうだと俺の【神眼】が言っている。


(いや、でも......こいつは)


小さなナイフを振り回し、「おらああああっ!!」と叫びながら俺に攻撃を仕掛ける。しかし戦闘経験が無いのだろう、その太刀筋は未熟そのもの。いなすどころか余裕で躱せる。


「どうした!?こんのか!?わしはただじゃ死なぬ!勇者がなんぼのもんじゃい!!ブチ殺してやらァ!!」


まるで獰猛な犬。ガルルルと唸り声が聞こえてきそうな形相。可愛いお顔が台無しだぞ......って、残念だが俺の妹も怒ったらこんな顔してたなぁ。くそ。


「おい!ダメだろ!なんて言葉遣いしてんだ!」


「お前に関係ないじゃろ!こら、避けんな!!」


いやたしかに!俺には関係ないわ!


「まてまて!魔王はどこだ!?」


「目の前におるじゃろーが!」


「え、お前が!?魔王の娘じゃなくて!?」


「あ!?なめんな!!わしが魔王じゃい!!」


何かの間違いかもしれんと聞いてみたが、やはりこいつが魔王か。マジでなんでこんな若い子に継承してんだ......若い子?そういやこいつ何歳だ?


「え、まって、お前......何歳?」


俺の目の前を魔王の振り抜いたナイフが通る。


「む、歳じゃと!?わしは十六歳じゃ!!」


律儀に答えてくれる魔王。


「ああ、ロリババアか」


「は!?今何つった!?十六歳はババアじゃねえじゃろー!!」


口をついて出た一言に激おこの魔王様。こいつは失礼。だがしかし、そう。子供じゃないのなら......殺れる。こいつは魔王だ。殺らければ俺たちの計画が崩れる。取り返しのつかない事になってしまう。だから、今ここで殺る。


魔王は俺の喉元めがけナイフを突く。しかし、やはり未熟のそれ。ナイフの腹に指をあて軌道をずらす。すると魔王はバランスを崩した。


そして、丁度よく首裏が俺の目の前に。


俺は剣を振り上げ、そして下ろす。首めがけて。



死角からの斬撃。首に直撃――



(......終わりだ、魔王)



――ブンッ



『おにーちゃん!えへへ』



――ズガンッ!!



したはずだった。......が、その一撃は逸れ魔王の横を過ぎる。結果、剣は石畳に深々と突き刺さっていた。いや、違う......逸れたのでは無く、逸らしたというのが正確か。


「へ......え、なんでぇ.....?」


「......」


ぽかーん、とする魔王。おそらく死んだと思ったのだろう。唖然とした表情でこちらを見つめる。


「駄目だ、殺れねえ」


――俺は回復した魔将メイドにより城の地下牢へと入れられた。





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