ガラスの王冠

日出詩歌

ガラスの王冠

 秘密を持つって、なんかかっこいい。

 ランドセルにタブレットをしまい、ぱたんと閉めた。側面に付けたヒーローもののフィギュアが揺れる。

 実は謎の組織のエージェントだった。本当は人間じゃなかった。もし自分がそんな秘密を持っていたら。

 なんだかわくわくしないだろうか。

 放課後の教室で、空想の銃を構える。その照準に1人の少年が映る。

「すげぇなぁ。お前なんでそんなふうにつくれんだよ」

 一番壁際の後ろから二番目。机の周囲にはクラスの男子がわらわらと群がる。その真ん中に座っている机の主は澄ました顔で椅子に腰掛けている。今日は、情報の授業で作ったゲームが注目の的のようだった。

「ねぇ、ドッジボールがうまく当てられるコツとかない?」

「特にない」

「どうやったらあのボス倒せんだよ」

「適当」

「家ってどの辺?」

「内緒」

 スポーツ万能。成績優秀。かと言って全く遊びがない訳でもなく、クラスの男子で何回か一緒に格闘ゲームで遊んだことがある。スドウくんは一度も負けることがなかった。一度も彼から遊びに誘った事はなかったが。

「スドウくんってなんていうかすごく、秘密主義だよね」

 誰かがそう言う。すると彼は決まってさらっとこう返すのだった。

「人はみんな秘密で出来てるんだよ」

 秘密を秘密で隠したスドウくん。そんなに秘密を隠していたら、返って暴きたくなってくる。

 僕は彼が邪悪に輝いているように見えた。

 

 学校の正門から、ぱらぱらとランドセルが散っていく。

 普段僕は門から直進の道を進むのだが、この時だけは好奇心が勝ってしまった。

 スドウくんだ。

 彼は左の道をひとりで歩いている。

 スドウくんの秘密の一端を掴んだ気がした。

 僕はそのまま糸を手繰るように、少し離れたところから彼を追いかけ始める。心臓の音が少し強くなった。

 20分ほど歩いたのち、スドウくんは足を止める。到着したのは古びたアパートであった。

 築何年だろう。塗装は剥がれ、漆喰の壁は汚れに塗れ。おおよそ完全完璧なスドウくんに似つかわしくない家だ。

 彼は一階の一番端の扉を開ける。

 嘘だ。

 それを見た途端、口に出してしまいそうになってすんでのところで止める。

 鼓動が耳の隣でなっているかのようだ。息もしていただろうか。しばらく僕は息苦しさを感じながら立ち尽くしていた。

 スドウくんはそのまま部屋に入ったきり、もう出てくる事はなかった。

 

 翌朝、スドウくんはいつもと変わらずやってきた。

 授業中の彼を見て、僕は目を逸らす。彼に目を向けると、自分の内で渦巻いているものが外に溢れてしまいそうになる。

 このクラスの誰かに言いたい。このクラスで最もミステリアスな奴の秘密を僕は知ってる。もしこの場で大声で言ったら、どうなるだろう。

「なんで知ってるの?」

「それ、ホント?」

 なんて、クラスで注目を浴びるだろうか。

 想像しただけで、思いがけず高揚感が湧き上がってくる。僕はそれを抑えるのに必死だった。


 放課後、僕は忘れた体育着を取りに行こうと教室に戻る。

「スドウくん」

 中にはスドウくんが残っていた。今日は最後まで残って、窓の鍵閉めと黒板を消す係なのだ。

 僕は彼に話しかけた。

「スドウくんって、ゲームすごく強いじゃん。普段なんのゲームやってるの?」

「内緒」

「……好きなものって、何かある?」

「ない」

 スドウくんは会話自体無意味だと言うように、紡がれ始めた会話を悉く一瞬で断ち切る。そうしてただ時間を沈黙で満たす。それこそが無意味じゃないんだろうか。せっかく2人でいるのだから、何か話すべきなのだ。僕は耐えられず静寂をナイフで裂いた。

「ねぇ、スドウくんってさーー」

 堰を切ったようにするすると口から秘密が溢れ出る。水のごとく、止めどなく。知ってしまった、僕とスドウくんだけの秘密。

「……なんで知ってんだよ」

 初めて、スドウくんの余裕のない表情を知った。

 彼はぽつりとつぶやく。

「最悪」

 重たい鉛のハンマーで殴られた。

「ごめん……誰にも言わないから」

 ただ、スドウくんと話したかっただけなのだ。内緒で終わらない、その先を。

 声にならない透明な弁解も、彼の前では無力であった。

「一度出てしまったものは、秘密じゃなくなるんだよ。秘密が無くなった瞬間、僕は僕じゃなくなる」

 思考の中を後悔だけが忙しなく泳いでいる。その中に、重たい鉛がぼとりと落ちてくる。

「君とは二度と話さない」

 きっと僕を睨んで、踵を返し、教室を出て行く。

 誰も居なくなった教室で、僕はただ立ち尽くす。彼の言葉が臓腑の底に沈んでいた。

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