秘め言

舟渡あさひ

秘め言

「わっははははははっ!!」


「笑い事じゃねえよ!」


 笑い転げる俺と山本の下へ河嶋はぷりぷりと怒った様子で戻ってくるが、どう考えても笑い事だ。


 男三人でプールへ来て、ナンパでもしようぜ! と可愛い女の子に突撃しに行ったかと思えば。


「『えー! かわいー! 中学生?』だもんな。早生まれとは言え春には二十歳になるってのに」


「しかも相手高校生だっただろ? 高校生ナンパして中学生に間違えられる大学生……ぶふっ!」


「うがー!」


 なおも腹を抱え笑い続ける山本と大袈裟に吹き出す俺に、ついには実力行使とばかりに掴みかかってくる河嶋。


「まあ届かないんだけどな」


「リーチの差がなぁ」


「卑怯だぞ!」


 河嶋の頭を抑え距離を確保する俺。その俺の腕を引き剥がそうとしながら喚く河嶋。


 卑怯だと言うが、こちらの台詞でもある。


「女子高生にチヤホヤされたんだからいいだろ。俺等なんか加勢しに行ったら『あたし達高校生ですけどいーんですかぁ? 事案になりますよぉ?』だぞ」


「子供扱いのチヤホヤなんか嬉しいわけねえだろ! 『キャー河嶋くんかっこいー!』じゃなきゃ嫌だ!」


「わはははは!」


「何がおかしいんだよ!!」


 何がも何も、これまで「河嶋くんかわいーw」はあれど「かっこいー!」なんて無かったのを中学の頃から見てきたのだ。未だに淡い夢を抱き続ける哀れな友人を笑わずにどうする。


「ま、まあまたチャレンジすればいいじゃないか」


 ほら、山本なんかフォローは入れつつももうずっとぷるぷる震えてしまっているぞ。笑いすぎて。


「今度はちゃんと同年代を狙えよ。ほら、あそこに中学生らしき集団が」


「いかねえよ! いい加減にしろ!」


「ふ……っ…………!」


「山本ぉ! 笑うなら笑えよ! ぷるぷるしやがって!」


 はっ! いいこと思いついた。


「ぼく悪いヤマモトじゃないよ」


「ふははははっ!」


「ふ……っ、おい鳴海ヤメロ」


 俺が山本の後ろから裏声で呟けば、堪えていた山本の笑いは決壊し、怒っていたはずの河嶋まで笑い出す。


 ひとしきり笑った頃には河嶋の怒りも引っ込んだようだ。チョロい奴め。


「はー、笑い疲れた」


「女子も捕まえられなかったし、もう俺等だけで飯にしようぜ。何食う?」


「ストロベリーソフト」


「女子かよ」


 俺の注文に笑ってツッコミを入れる河嶋は、本当にストロベリーソフトだけを食う俺を見て、山本と共になおも爆笑するのだった。



 🍦🍦🍦



「おい! 何から食う!?」


「落ち着けよ河嶋。屋台は逃げねえから」


 駆け出す河嶋。宥める山本。後をついて行く俺。


 つい先日プールで馬鹿騒ぎしたばかりだというのに、懲りもせず、今度は夏祭りに来ていた。


 毎日のようにこいつらと遊んでるな。まあ、夏休み中で他にやることなんかないのだが。


「にしても鳴海、お前もうちょっとまともな服あんだろ」


「Tシャツ&ジーパンになんの文句があるんだよ」


 イチャモンをつけてきた河嶋のように甚兵衛なんか来てくる浮かれ野郎の方が少ないだろう。子供じゃあるまいし。


「それはまだいいとして、何その柄?」


「人魂の氷漬け」


「いやわからん」


 山本は引いているが、このくらいはまだ尖ってない方だ。こいつのセンスが無難すぎるだけだろう。


 下がベージュのチノパンで白Tの上に紺の半袖シャツ羽織ってるやつ、駅前に十分いれば五人は見るぞ。


「もうお前のネタTの話はいいからさ、早く飯買いに行こうぜ」


「河嶋お前腹減ってんの?」


「当たり前だろ! 昼飯抜いてきてんだよこっちは! まず何から行く?」


「ベビーカステラ」


「飯だっつってんだろ!」


「鳴海お前、食生活大丈夫?」


 本気で心配の声を出す山本は、後に花火そっちのけでカステラを貪り食う俺を見てもう一度引きながら心配の言葉を寄越してきた。


 河嶋は花火に夢中で気づいても居なかったが。


 大学の夏休みは長い。明日からもまだまだ遊びたおそう。



 🧊🧊🧊



「とりまビールでいい?」


「俺パインサワー」


「鳴海お前こないだから飲み食いするもん女子っぽいの何なんだよ」


「パインサワーは普通だろ」


 お前が女子なら萌えるのに……! とか本気で残念そうにするなよ河嶋。たとえ俺が女子でもお前はナシだよ。


 こっちでワイワイしてる隙に山本が注文を済ませる。ビールにパインサワーにコーラ。たった三人でこんなにバラエティに富んだドリンクが来る飲み会が他にあるだろうか。


「いーなーお前らもう酒飲めて」


「ハタチまで待ちまちょうね河嶋ちゃん」


「コーラかけるぞ」


 河嶋はバカなのでやると決めたら本当にやる。実際に今も目が笑っていない。


 河嶋いじりはこの辺にしておこう。


「河嶋が飲めるようになったらまた来るからさ、今は我慢しろよ」


 山本も察しているのだろう。上手いこと宥めてくれる。


 山本は空気の読めるやつだ。こういう時にとても便利。


 しかし、空気が読めてノリもいいが故に、俺をいじる流れの時はしっかり敵に回るやつでもある。


 百歩譲ってそれはいいとしよう。それよりも、空気を読んで自分が不利になる流れを上手いこと避けてしまうのがずるい。


 この夏の間に山本の弱みも見つけてやらないとな。俺等三人のパワーバランスを保つためにも。


「そういや、もうお盆になるけどどうする? メジャーどころはどこも混み始める頃だろ」


「だからわざわざ早めの祭りを探したりしたもんな。別に大差なかっただろうけど」


 あったよ! と怒る河嶋は遊び好きだが、いや、だからこそだろう。少しでも楽しみが他人に削がれるのが嫌らしく、ピークは避けようとする。


 遊園地も好きではないらしい。貸し切りなら喜んで行く、などと馬鹿なことをよく言っていた。


「普通に誰かの家でゲームでもしてようぜ。ピーク過ぎたらまたあちこち行けばいいんだからさ」


「悪い、盆は俺、用事あるわ」


 山本が提案を断られたからか、意外そうな顔をする。


「一番暇人の鳴海に用事だと……!?」


 違った。つーか失礼だな河嶋。俺にも用事くらいある。


「悪いな。俺にも付き合いってモンがあるからさ」


「まさか、もう次の彼女が……っ!?」


「もうって、前の娘と別れてから一年くらいじゃないっけ?」


「いや、別にそういうのじゃねーけどな」


 バカな河嶋はなおも疑わしげな目で見てくる。もう抜け駆けはするな、とでも言いたげな顔だが、二回目でも抜け駆けと言うのか……?


 山本はといえば。


「大変な用事か?」


 本当に、空気が読めすぎる奴だ。俺にだけそのセンサー切ってくれないかな。


「別に、雑事だよ」


 パインサワーを一気に空けておかわりを頼む。それ以降、掘り下げられることはもうなかった。


 夏はまだ長い。変な空気にする必要もないだろ。


 ああ、酒が美味い。



 🍍🍍🍍



「よう、久しぶり」


「聞いてくれよ。今年は過去一のペースで遊び回っててさ、もう笑いっぱなしだよ」


「プールでは河嶋が中学生に間違えられてさ、ナンパした女子高生に頭撫でられてやんの」


「夏祭りでも再チャレンジしてたんだけどさ、今度はナンパ相手のお姉さんにたこ焼き奢られてた。あいつは不服そうだったけど、普通に凄えよな。生きやすそうで羨ましいくらいだわ」


「山本のやつはさぁ、いつも飄々としてるけど、相変わらず運だけは悪いんだよな」


「プールじゃ子供にぶつかられて落ちただけなのに、飛び込むなって監視員に怒られるし。祭りじゃ空からかき氷が降ってくるし」


「射的の弾が反射して自分にぶつかるやつなんか初めて見たよ。どういう力学が働いたらそうなるんだか」


「もう腹抱えて笑ったよ。ついこないだの飲み会でも笑いすぎてさ、店員からうるさいって注意されたもんな」


「まあそんなこんなでさ、今もバカみたいに騒いで笑い転げてるよ」



「君が、いない世界を」



「平気な顔で笑って生きてる自分が、気持ち悪くて仕方がない」


 今回こそは、と意気込んだものの。


 弱音も、涙も。わずかな引っ掛かりを覚えることすらなく、ボロボロとこぼれだす。


「情けねぇなぁ……」


 こんなところ、あいつらには見せられない。ただでさえ別れたとしか言っていないし、彼女とあいつらに面識もない。


 特に意味もなく、ただ恥ずかしくて会わせなかった。今になって、それで良かったと思えるなんて。


 こんなの、誰にも聞かせるつもりはない。


 あいつらにも。彼女にも。


 俺が塞ぎ込んでしまったら彼女も悲しむ。俺が楽しく笑って過ごすことが出来れば、彼女も天国で笑ってくれる。


 そんなのは、残された側にだけ都合のいい言い分だ。


 彼女はもう悲しまない。


 彼女はもう喜ばない。


 笑うことすら出来ない。


 溢れる涙を拭ってくれる人はいない。


 項垂れた頭を支えてくれる人もいない。


 それを、目の前の冷たい石が、何よりも証明している。


 この石の先に、彼女はいない。


 どこにもいない。


 だから言えるんだ、こんなこと。誰にも聞かれないから。誰にも届かないから。


 明日からもまた平気で笑って過ごす俺の。


 今だけの。


 ここだけの。


 俺だけの。


 秘め言。

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秘め言 舟渡あさひ @funado_sunshine

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