■27

 先ほどの骨捨て場ともまた違う、今度は吹き抜けのような構造になった天井の高い空間だ。

 周囲をぐるりと囲む円形の壁には螺旋状に階段が削り出され、さらにその途中にいくつもの横穴が開いている。これまでの洞窟内部とは異なり、人の手が加わったものなのは明らかだった。

 さらに内部を照らしながら見ていくと――私たちはその広場中央に、あるものを見つけた。

 それは……木で組み上げられた、祭壇のようなもの。さらに観察すると、そこには何かが載せられている。

「あれは……」

 やや驚いた声で近づいていく教授。彼がそれに懐中電灯の光を当てたその時……影が後ろに投影されて、そのシルエットが映し出される。

 丸みのある、人の頭のような形。だが決定的に違うのは、その側頭部から生えた――

「……角?」

「いや、これは……ヤドリギの枝だ」

 そんな教授の言葉を受けて改めて、祭壇に乗ったものを直視する。

 するとそれは茶色く変色した、相当古いものと思しき頭蓋骨――そして確かにその側頭部には、干からびた枝のようなものが埋められていた。

 祭壇までずいずいと近づくと、教授はその物体をしげしげと眺めて唸る。

「この置かれ方を見るに、何らかの儀式のための品か? だとすれば、この場所は祭祀場のような場所――この意匠にはどういう意味がある? ヤドリギを植えた頭蓋骨。いや、だがそれを見立てと考えるならもっと他にも……」

 それはこちらに聞かせるというよりは、自らの思考を整理するための独り言だろう。

完全に私たちのことなど意識から外した様子で、教授はその頭蓋骨の観察を続け……そんな時のことだった。

ふと天井を見上げていた犬山さんが、短い悲鳴を上げたのは。

「先生、あれ……」

 ライターを掲げながら彼女が指差す先。高く吹き抜けになった天井の暗がりの中に目を凝らすと――私もまた、目を疑う。

 闇の中、無数の木の「根」が、つららのごとく天井から垂れ下がっていたのだ。

 大本の木は恐らく相当の太さだろう。根自体も非常にがっしりとしていて、一本一本が大人の足ほどの太さがある。

 そして、暗いがゆえに判別は難しいが、根のところどころには枝分かれとも違って何かが付着……あるいは刺さっているように見えた。

 教授もまたこの巨大な木の根を仰ぎ見ながら、顎に手を当てて呟く。

「どうやら当たりを引いたようだな。こいつが『くとりぎ』の、恐らく御神体だ」

「これが……?」

 言われてまじまじと根を観察する私に、教授は続ける。

「地上では見つからんわけだな。なるほど、恐らく地表部分にあった『木』はすでに枯れたか倒れたか……いや、ともすれば元々、軽能子が信仰の対象としていた頃にはすでに『根』だけだったのかもしれん」

「というと?」

「彼らが信仰していたのは、正確にはこの木ではなく――根に付着した、あれだ」

 そう言って教授が光を当てたのは、「根」に付着していた何か。

 それは……祭壇の頭蓋骨に刺さっていたものと同じ、ヤドリギの枝であった。

「この場所は軽能子たちがかつて使っていた、彼らの信仰のための祭祀場と見える。この場所で当時、彼らは生贄に選ばれた人々を殺し、そしてさっき君たちがいたあの場所へ棄てたわけだな」

 そう前置きをした後で、教授は再び祭壇の頭蓋骨へと向き直る。

「そんな彼らが信仰と対象としたのが、ヤドリギだった。ヤドリギ信仰というのは、世界で見れば他にも例を見るものでな――有名なのが古代ケルトにおけるドルイドたちの信仰だ。彼らは大樹に寄生するヤドリギを生命力、あるいは死の象徴と捉え、それを崇めた。……ちょうど、かつての軽能子たちのように。いや、むしろ流れで言えば軽能子がその信仰を引き継いでいたと言うべきか」

 教授の言葉に、私は疑問を感じて首を傾げる。

「……古代ケルトの話ですよね。それをどうして室町時代の日本人が? 偶然じゃあないんですか」

「専門家に意見しようというわけか。恐れ知らずだな、天川先生」

 皮肉げにそう言う教授に私は思わず謝りそうになったが、顔を見ると気を悪くした様子はなかった。

「だが、よい指摘だ。……ケルト人による独特の文化は紀元前を中心にヨーロッパで見られたもので、その後はローマによる征服でほとんどが吸収されたと伝えられている。地理的、時間的に見ても室町時代の日本と関連性を見出すことは難しい。だが……少し前に軽能子の出自について話したことを、覚えているかね」

「出自……確か修験者で、天狗と呼ばれていたんでしたよね」

「その通り。天狗なのだ、彼は」

 大きく頷く教授だったが、しかし言われた方の私としてはいまいち納得した感はない。

 天狗であるということと軽能子が古代ケルトの信仰を持っていたこと、そこにどういう関係があるというのか。

 そんな私の疑問に答えるように、教授は先を続けた。

「これは一説ではあるがな、いわゆる『天狗』と呼ばれるものたちは、海の外から渡来してきた外国人たちなのではないかと言われている。高い鼻に赤ら顔――まあ、いささか古典的な白人観と言えばそうかもしれんがね、とはいえ何らかの事情で海を渡ってきた彼らを当時の日本人が見れば、およそ自分たちとは違うなにかに見えたとしても不思議はあるまい」

 そういえば、そんな話を何かの本で読んだことがあった。

 海を渡ってきた外国人がそのまま山に隠れ住み、日本にはなかった独自の治金技術などを用いて「山の民」として定着した。それが天狗と呼ばれていたのだ――などと。

 だとしたら。

「軽能子は、ヨーロッパからの渡来人だった……」

「本格的な学説として提唱するには、まだまだ証拠は乏しいがな。だが……可能性は大いにある」

 大きく頷いて、教授は例の頭蓋骨へと再び視線を向けた。

「推測でしかないが……軽能子は古代ケルトの呪術師の末裔だったのかもしれん。そして彼らがローマの侵略から隠し育み続けた独特の樹木信仰を受け継ぎ、渡来した先のこの地で独自のものとして花開かせた。こうなってくると、奴が信仰した『死の神』の正体も見えてくる」

 かつん、とステッキを打ち鳴らしながら、教授は私と犬山さんに向かって続ける。

「鹿の角を頂きしケルトの狩猟神、ケルヌンノス。冥府の神とも言われるそれが、軽能子たちの信仰の御本尊であろう。……このヤドリギは恐らく鹿の角の見立て、そして軽能子という当人の名自体も――ケルヌンノスの訛ったものと考えられはしないかね」

 かるのうし。けいのうし。けいのうす――ケルヌンノス。

 遠いヨーロッパの神が、この日本の山奥で信仰され……それを祀った狂信者によって、大勢の命が奪われた。

さらにはその末に、「くとりぎ」という新たなる怪異を生み出すに至ったという。

 あまりにも荒唐無稽な話にも思える一方で、門外漢である私にはそれを否定する材料はない。そもそも、否定しようとも思えなかった。

 黙り込む私と犬山さんに構わず、先生は視線を上げ、垂れ下がる「根」を睨む。

「さて、どうしたものかな。こうなってくると、これらも貴重な学術資料だが」

「教授、それは……」

 急に学者としての欲に駆られたのかと思って思わず声を上げる私だったが、教授は小さく鼻を鳴らし、「分かっておるわ」と吐き捨てた。

「かつて軽能子が信仰の対象としておったこれらが、今は軽能子自身の怨念を取り込み、『くとりぎ』に成り果てた。なればこそ、これはすべて消し去らねば――」

 そう、彼が言い掛けた時のことだった。

 辺りの空気が――私ですら分かるくらいに一変したのは。

 先ほどまでは感じなかった無数の気配が、壁に開いたいくつかの横穴から溢れ出している。

 暗闇の中で、まるで大勢の人々が蠢いているような……そんな圧迫感。

 這いずる音。ぞる、ぞる、と、何かが土を引っ掻くような音もそこに混じって。

 私が思わず犬山さんの手を握って引き寄せると――その時教授が叫んだ。

「来るぞ!」

 彼の怒号と同時。

 横穴から一斉に、闇が這い出してくる。

 人の形をした闇。いや、違う。

 それらは――あの死体捨て場に転がっていた大量の人骨たちだった。

 ただ特筆すべきは、それが単なる人骨の集合というだけではなく、くろぐろとした何かが失われた筋肉組織に代わってその全体を繋ぎ合わせていること。

 そして……その頭に、祭壇の頭蓋骨と同じく一対のヤドリギが根付いていることだ。

 有角の屍たち。それらは湿った足音とともに広間になだれ込んでくると――そのまま一斉に、私たちへと殺到した。

「ひっ……!」

 真っ青になる私と犬山さんの前で、ひときわ甲高い音とともに教授がステッキを床面に打ち付ける。

 瞬間、押し寄せつつあった死体たちが動きを止めて……さらにはその場で膝を折り、崩れ落ちる。

 だがそれもあくまで先頭にいたものたちだけ。後続の死体たちは倒れたものの残骸を踏み越えて、ゆっくりと、しかし確実に迫っていた。

「な、なんなんですか、これ……!」

「さてな、『くとりぎ』が死体を操っているのか――学術的興味はそそられるが、今はそれどころでもないな」

 言いながら教授はケープの裏から何かを取り出し、それを前方に振りまく。

 懐中電灯の光を反射してきらきらと煌めくそれは、何かの粉末のようだった。

 だが驚いたことに、それに触れた死体たちは一瞬のうちに青白い炎で全身を燃え上がらせ、倒れていく。

 その炎はそれだけでは終わらず、さらに後続のものにも燃え移り、どんどん延焼を広げていった。

「教授、それは……」

「塩だ。少々特別製ゆえ、調味料として使うには値が張るがな」

 冗談なのか本当なのか分からないことを言うと、教授は炎に包まれながらもこちらに向かってきた死体をステッキで叩き伏せる。いつ取り出したのか、ステッキの握りには数珠が巻き付けられていた。

「ここは私が引き受ける。君らは階段を上がってあの『根』を焼き払え」

「焼き払えって、ライターしかないですけど……!」

「元は私が神主に贈った特別製だ、効き目自体は申し分ないだろう――さあ急げ、早くせんとどんどん湧いて出てくるぞ!」

 そんなことを言われても……と思ったが、もはや問答をしている猶予はなかった。

 わけも分からず頷きながら、私は犬山さんと一緒に階段のもとまで走る。

 屍たちも私たちの狙いにすぐに気付いたのか、頭を一斉にこちらへと向けるが――

「こっちだ、死に損ないどもが。うちの弟子に手を出してくれた礼……たっぷりと刻み込んでやるぞ」

 教授が力強くステッキを床に打ち付けた瞬間、澄み渡ったその音を受けて一斉に動きを止める。

 今のうちだ。犬山さんもライターをぎゅっと握りしめ、私と一緒に不揃いな階段を駆け上がる。

 ライターオイルを無駄遣いしないよう、私がスマートフォンの明かりで上を照らしながら先導。上の方は異様なまでに暗く、数メートル上の様子すら判然としない。

 だが……壁面に開いた横穴を通り過ぎるたび、そこに何かが潜んでいることだけは濃い気配と鼻をつく腐臭で理解できた。

 びちゃり、びちゃり、と何かが後方に飛び出してくるのが音で分かる。

 振り向けばきっと、その瞬間に足がすくんでしまうだろう。それが分かっていたから、私も犬山さんも後ろを顧みずにただ足だけを動かしていた。

 びちゃり、びちゃり。音は着実に、迫ってくる。上はいまだ見えず、横手に見える「根」にもまだ遠い。

 教授は無事だろうか。本当にこの階段を登れば、「根」に近づけるのだろうか。確証に足るものは何もなく、ただ足を動かす以外にできることはない。

 だが……そんな極度のストレスは、人の注意や行動にも影響を及ぼす。

「あっ!」

 犬山さんと繋いだ手に不意に引力を感じて、私はたまらずその場で姿勢を崩す。犬山さんが、階段を踏み外して転んだのだ。

 彼女の様子を確認しようと後ろを振り返って――そこで私は、直視してしまう。

 手を伸ばせば届くほどの距離にいたそれは、「木」だった。

 下では分からなかったが、この距離ならば分かる。朽ち欠けた生贄たちの人骨を樹皮のようなものが覆い、あるいは繋ぎ合わせて、いびつな人の形たらしめているのだ。

 ぴちゃり。

 何かが滴り落ちる音がして、私はそれの頭部を見る。

 そこには……顔があった。

 幾重もの微細な木の根が組み合わさって作られた、まがい物の顔面筋。それがみるみるうちに歪んで、口角を持ち上げる。

 歯を剝いて、それが浮かべていた表情は笑みだった。

 口の中から泥のような液体を滴らせ、腐臭に満ちた息を吐き出しながら。それは私たちを前にして、笑っていた。

『ね、ぎり』

『ね、ぎり』

『ね、ぎり』

 反響するように、そいつらが不明瞭な言葉を発する。ねぎり。根切り。それはきっと、「ねきり」とは違う――「本来の意味」に違いない。

 本能が、全身に危険を伝えようとする。心拍数が上がって、全身の毛穴がきゅっと引き締まる。生物が生まれながらにして知っている、捕食者を前にした時の防衛本能。

 殺される。そんな絶望的な想像が、頭に焼き付いて。

 立ち上がることもできないまま、私は無我夢中で階段を這って上がろうとして――その時、手に何かが触れるのを感じた。

 転んだ拍子に飛び出したらしいそれは、ムロノヤマさんから退院祝いにともらったあの木彫りの犬のキーホルダーだった。

 そして、それが視界に入ったのとほぼ同時のことである。

 不意に……すぐそばまで迫っていた屍の、動きが止まっていた。

 止まった、というのはやや正確ではないかもしれない。よりありのままに言うならば、まるで何かに怯えているかのように……何もない眼窩で私の方を見ながら、後ずさりし始めたのだ。

 何が起こっているのか分からず、私は犬山さんと顔を見合わせた後、彼らが注視している方向を辿る。

 屍が「見ている」のは、私……より正確に言うならば、私のそばに転がっていた犬のキーホルダーだった。

 なぜこんなものを屍たちが恐れているのか。思い浮かんだのは、いつか戸草先生に見せてもらったあの絵巻。

 呪術師、軽能子は――犬に全身を貪られて処刑された。

 ならば、その呪術師の怨念が祟り神となった存在である「くとりぎさま」もまた、犬を恐れているのではないか。

 ――その理由付けが当たっているかどうかは、確かめようもない。だがともあれ、この好機を利用しない手はなかった。

「犬山さん、早く!」

 私はキーホルダーを掲げて向けながら、犬山さんを助け起こす。すると犬山さんもすぐに体を起こして階段を駆け上がり始めた。

 響く足音。下の方からは再び動き出した屍たちが階段を這い上がろうとしてくる。

 だが――幸運は、私たちの方に転がり込んできた。

 階段の終着点が、ようやく見えてきたのだ。

 壁伝いの螺旋階段が途切れ、手を伸ばせば届くところにあの巨大な「根」が垂れ下がっている。

『ねぎり』

『ねぎり』

 後ろから迫ってくる屍たち。その手があと少しで私の背中まで届こうかというところで……かち、とライターが点火する音がして。

「この……っ!」

 犬山さんがそれを乾いた「根」の表面へと勢いよく押し当てたその瞬間――小さなライターの火によるものとは思えないくらいの盛大な炎が、「根」の表面をみるみるうちに覆っていった。

 後ろを振り返る。すると私に向かって手を伸ばしていた屍が、その姿勢のまま硬直していて――やがてその全身もまた炎に包まれる。

 その一体だけではない。階段を上がってこようとしていた他の屍たちもまた、同じように炎上しつつあった。

『おぉ、ぉ、おぉぉおぉぉぉぉぉぉおぉぉぉぉ』

 ごうごうと燃え盛る炎の中から、声がする。

 地の底から響くようなおぞましい、呻き声とも怨嗟ともつかぬもの。

 その声のうねりは振動となって、鼓膜を、肌をびりびりと震わせて――さらには足元の階段も、奇妙な揺れを生じ始めた。

 ふらついているだけかと思ったが、違う。これは……洞窟自体が崩れ始めているのだ。

 まずい。そう直感的に判断し、私は犬山さんの手を引いて階段を降りようとして――けれどその瞬間。

 踏みしめた足元が不意に空を切って、そのまま私と犬山さんは、宙に投げ出された。

 階段が、崩れたのだ。

 悲鳴をあげることすら忘れて、私は無我夢中で彼女の手を掴む。

 そうしていたとしてもどうにもならないことは分かっているけれど、ここで離してしまったら……きっと私は後悔してもしきれないから。


 二人で落ちて、落ち続けて。登ってきた高さよりもなお深く、長いようにも思える時間の後。

 私たちを包んでいた浮遊感が不意に消えて、私は恐る恐る目を開ける。

 そこにあったのは、朝だった。


「……え?」

 状況がつかめずに目を瞬かせながら上を見る。

四角く切り取られた天井から、明るい朝日が差し込んでいた。

 久方ぶりにすら思えるその爽やかな光に瞼をくすぐられながら、私は上半身を起こして何が起こったのかわからず周りを見回す。

そこはあの洞窟ではなく……ざっくりと整えられた石壁で四方を囲まれた、こじんまりとした地下室だった。

 四メートル四方くらいの、それほど広くはない空間だ。全体的に煤がこびりついていて、火事でもあった後のようになっている。

 ここは、どこだろうか。そんな疑問が浮かぶとともに、私は犬山さんのことを思い出す。

 そうだ、彼女は。繋いでいた手を握ると、しかし感触はない。

――犬山さんは、どこに? そんな不安をよぎらせていると、不意に後ろから声が降ってきた。

「気がついたか」

 低く重い声。教授の声だ。

 慌てて振り返ると、私のすぐ後ろで彼は腕を組んであぐらをかいていた。

 そして……彼のすぐ隣で、犬山さんが気を失って倒れている。

 彼女の姿を認めてひとまず安堵しつつ、私は教授をまじまじと見つめる。

「教授……ご無事、だったんですね」

「まあ、何とかな。少々肝が冷えたが」

 不機嫌そうに鼻を鳴らす教授。よくよく見ると顔には浅い切り傷などが見えるし、着ているコートもところどころがほつれていたり、浅く切れたりしている。あの屍たちを相手に大立ち回りを繰り広げたのだから、むしろよくそれだけで済んだと言うべきかもしれないが。

 教授と犬山さんの無事を確認できたことで少し落ち着きを取り戻しながら、私は彼に訊ねた。

「あの、ここは……? 確か私たち、洞窟が崩れてそのまま……」

 そんな私の質問に、教授は小さく息を吐いた後でこう答える。

「言ったろう。あの場所は、この世でもあの世でもない狭間の場所だと。先生たちが『くとりぎ』を焼き払ったおかげで、『くとりぎ』の領域であったあの空間が閉じ――本来の姿を取り戻したのだ」

「本来の、姿……それが、この場所?」

「そういうことになる。見てみろ」

 そう言って教授が指さしたのは、地下室の奥の方。視線をそちらに向けてみると――そこにはあの洞窟にあったものと同じ、木組みの祭壇があった。

 そしてその上にはやはり、あのヤドリギの生えた頭蓋骨が鎮座していて。

 だがそれは、私が見ている前で乾いた音を立ててふたつに割れてしまった。

「この場所は、恐らくは狗見神社の――正確にはその焼け跡の地下だろう。あの神社はかつての祭祀場を封じるために、その上に建てられていたのだな」

 つまりはこの空間こそが、「くとりぎ」がが封じられ続けていた場所。

 そう考えるとぞっとしない気分だったが、とはいえ教授の言うように、薄暗くはあるが嫌な感覚はない。

 ふと思い出して腕を見てみると、そこにあったはずの「根」の痕もきれいに消えていた。それを見てようやく私は実感する。……すべてが、終わったのだと。

「う……」

 犬山さんが、目を覚ます。ぼんやりとした顔で、差し込む朝日に眩しそうに目を細めながら。

 そんな彼女を一瞥し、教授がステッキを支えに「よっこらせ」と立ち上がった。

「さて、帰るとしようか。……まずは山を降りねばならん。電波の届くところまで着いたら、先生も病院に休みの連絡くらいは入れておくといい」

「……あとで教授からも、言い訳を伝えて頂けるとありがたいです」

「はっ。善処するとしよう」

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