■24
『あのお社には、とてもよくないものが封印されているんだ。私がいなくなっても、俊夫。どうかあのお社を守り続けておくれ』
病で伏せたお父さんが今際の際、最期に遺したのはそんな言葉だった。
お父さんの具合が悪くなったのは、去年の冬頃からだったと思う。最初は手や足に変なできものができて……だけどお父さんは絶対に病院には行かないと頑なに拒否していた。
『これはね、外に持ち出してはダメなんだ』
よくわからないけど、そんなふうにお父さんは怖い顔をして言っていたと思う。
どちらにせよ、僕は車の免許も持っていなかったし、病院だっていつもお父さんに連れて行ってもらっていたから、そもそもどうやって診てもらえばいいのかも分からなかった。
病気になるとお父さんは山から出なくなった。だから買い物とかは、僕が全部やらなければいけなかった。
お母さんはもっと昔に死んでしまったし、兄貴は僕が高校生だった頃に東京に行って、今は生きてるのか死んでるのかも分からない。
動けるのはもう、僕だけだった。
お父さんは日に日に弱っていって、変なことを言うようになった。このままにしておいてはいけないと思ったけど……僕にはどうすることもできなかった。
お父さんが死んだのは、冬の特に寒い日のことだった。
お父さんが死んで、僕は家に一人きりになってしまった。
お父さんはだんだん乾いた木みたいになっていって、春頃には臭い匂いがしていて大変だったけど……またしばらくすると粉になって、汚れた布団だけが残った。
それはとてもさみしいことで、僕はしばらく悲しくて毎朝泣いていたけれど――そうしているうちにお父さんの遺言を思い出した。
お社を、守り続けてくれ。お父さんは僕に、そう託したのだ。
お社を見に行くと、たった数ヶ月見ていなかっただけなのに、ぼろぼろになってしまっていた。
正面に置いてあった狛犬は片方が崩れてしまっていて、本殿も何十年も放置されていたみたいにツタのようなものがあちこちに巻き付いている。
すごく、嫌な感じだった。
お父さんは言っていた。このお社にいるもののことを。
それは、大きな「木」なんだと言っていた。大きくて、とても恐ろしい木。そしてそいつはまだこのお社に棲み着いていて、地上にその「根」を出そうとしているのだと。
だからお父さんは、ひと月に一回は必ず神社を見回って「根切り」をしていた。
お社のどこかに出てきている「根」を切り取って、処分する仕事だった。
村にまだ人が住んでいた頃には皆も手伝ってくれていたけど、誰もいなくなってからはお父さんが一人でずっとやっていたから――「根切り」の日は一日がかりで、汗だくになって作業をしていた。
そんなことをして何になるんだろう、と、ずっと不思議に思っていた。
だけど――こうして見てみると、すぐに分かった。
これは、悪いものだと。
そしてきっと……お父さんが死んでしまったのは、これが原因だったんだと。
『なんとかしなきゃ』
お父さんもお母さんも、兄貴もいない。今ここにいるのは僕一人だ。
僕は考えた。この恐ろしいものを、僕一人でなんとかする方法を。
考えて、考えて、思いついたのはたったひとつだった。
……時間はもう、あまり残されてはいなかった。僕の手にも、お父さんにできたのと同じものができていたから。
お父さんが遺してくれた「おくさまひも」は肌見離さず着けていたけど、それでもあの「木」は僕に根付いてしまった。
「根切り」をしないと、いけない。だけどお父さんはそのやり方を教える前に死んでしまった。
なら――こうするしかない。
そう決心して、僕はお父さんが大切にしていたライターと「お狗様紐」を握りしめた。
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