■15
話が一通り済むと、私と鏑木先生は大学を後にして電車に乗り込んでいた。
病院の最寄り駅までは数駅ほど。その間、隣り合って座りながら私はぽつりと呟く。
「……なんだか、とんでもないことになっちゃいましたね」
「全くだ。事実は小説より奇なりとは言うが、まるでホラー映画だぜ。こんな御札までもらっちまって」
そう言いながら、彼はポケットに入れた木札に視線を向ける。
「君の特注品はともかく、どこまで効果があるもんかね。……ま、鰯の頭も信心からって言うし、信じなきゃ――最悪死ぬだけだな」
「縁起でもないこと言わないで下さい、先生」
「すまんすまん」
からからと笑う鏑木先生の表情は、普段と変わらないように見えて。けれどやはり彼も不安を感じているのか少しだけ、覇気がないようにも思えた。
そんな彼の様子を少し案じていると、「ところで」と彼が言葉を続けた。
「俺たちはまあ、これで良いとして。病棟の患者さんたちをどうするか、考えねえとな」
そんな鏑木先生の言葉で、私は伝え忘れていたことをひとつ思い出す。
先ほどの話の中で、思いついたことがあったのだ。
「鏑木先生。病棟で起きている、患者さんたちの例の症状のことですけど」
「この流れだと、くとりぎさまと無関係とは思えねえな。……それが?」
「ひょっとしたら……犬山さんとの『距離』が例の症状の出方に関わっているのかもしれません」
私が告げたそんな内容に、鏑木先生は少し目を見開いて尋ね返す。
「距離? どういうことだ?」
そんな質問に、私は以前思いついた仮説を改めて披露することにした。
「その、前にちょっと調べていて気付いたんですけど……犬山さんの保護室に近い人から順に、例の症状が出始めていたんです。だけど、私の患者さんのムロノヤマさんはヤナカさんと同じ病室にいたのに症状が出なかった。戸草先生の話を考えると多分、お守りのおかげで」
そして、もう一人発症していないジョーさんも……恐らくは部屋が保護室から一番遠い位置にあるがゆえに、今のところは無事でいるのだ。
以前この仮説を考えた時にはムロノヤマさんが無事な理由が分からなかったが、今ならばこうして説明がつく。
そんな私の話に、鏑木先生もすぐに思い当たる部分があった様子で、顎に手を当てながら頷く。
「……なるほどな。だが、だとしてもどうする? 今の犬山さんをまさか退院させるわけにもいかんだろ。病棟だって――今は空床も少ない。保護室周りを空けようとしたら、病院として機能不全に陥りかねん」
北葦原精神保健病院は急性期病院である。仮に5床ある保護室のうち犬山さん以外の部屋を空け続けるとなると、他の患者さんに対応できなくなるし――何よりそんな状況が続くと、そもそも「稼働率が低い」と見なされ最悪病床を削らなければいけなくなってしまいかねない。
感染症の流行などが原因であればともかく、「呪い」なんて説明しようがないもののためにそんな病棟運営を申し立てるというのは……いささか無理があるだろう。
「ですよね……けど、このままじゃもっと具合が悪くなる患者さんが増えるかもしれない。それに――」
クトウさんのように、最悪の事態に至る人がまた出ないとも限らない。
そんな私の焦りを見て取ったのか、鏑木先生はしばらく考えた後で頷いた。
「……まあ、明日院長先生に言うだけ言ってみるか。原因かもしれないものにアタリがついてて、それでも動かねえとあっちゃ医者として失格だからな」
「先生……ありがとうございます」
頭を下げる私に、「よせよ」と苦笑する鏑木先生。ちょうど、電車のアナウンスが彼の最寄り駅への接近を告げていた。
席を立ちながら、彼は右手を軽く挙げて私に告げる。
「じゃ、また明日。……戸草が何か打開策を持ってきてくれるまで、俺たちで粘るぞ」
「はい」
そうして、電車を出ていく鏑木先生を私は見送って。
「……頑張らなきゃ」
誰にともなく呟きながら、私は気合を入れ直す。
――翌日。
出勤した私が聞いたのは、「鏑木先生が事故に遭った」という話だった。
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