第30話 オデット ― 神龍の聖女
私の学院生活は順調だった。
たまに学校の帰りに覆面を被った男達に襲われることはあったけど、アランがいつも居てくれるし私達の敵ではなかった。
捕まえた男達は学院に突き出して王宮にも通報するのだが、いつも首謀者が分からないままうやむやにされるとアランが怒り狂っていた。
「被害もないことだし、そんなに怒らなくてもいいんじゃない」
私が能天気に言うと、アランは呆れたように溜息をついた。
「お前なぁ・・・王太子と王太子の婚約者である公爵令嬢が襲われてんだぞ。王宮だって普通はもっと真剣に考えるはずだろう?王宮に影響力のある誰かが暗躍している気がして心配なんだ」
確かに・・・。でも、だからと言って何かできる訳でもないよね。護衛をつけてもらうとか、自衛手段としてトレーニング量を増やすくらいしか思いつかない。
アランが爪を噛みながら、護衛をつけてもらってもその護衛が味方でない可能性もあると悔しそうに言う。
アランは国王陛下に直接手紙を出して訴えてみると言っていた。
私もお父さまに手紙で知らせた方がいいと言われたので、そうすると約束した。
ただ、お父さまは私が学院に入学してからとても忙しそうで、帰省してもほとんど顔を合わせることが出来ない。
神子に関して訊ねた手紙にも『答えられない』という返事が来ただけだったし、これくらいのことで手を煩わせるのは申し訳ないな、という気持ちもある。
でも、アランの気持ちは有難いので約束通りちゃんと手紙は書くよ。
アランは本当に面倒見が良くて優しい。心配性だけど。
クリスチャンがたまに『お母さん』と言って揶揄う気持ちが良く分かる。
私もたまに『お母さん』って呼びたくなるのよね。
そんな不穏なこともあったけど、私は楽しい学院生活を満喫していた。
ソフィー達とは相変わらず仲が良くて、毎日一緒にお弁当を食べている。
彼女たちに頼まれて週末一緒に料理をしながら、徐々に料理の仕方を教えるようになった。
すると彼女たちも料理が趣味になり、皆凝ったお弁当を自分で作って来るようになった。どれも美味しそうだ。
アランとクリスチャンが頻繁に通りかかって羨ましそうに私達のお弁当を見つめる。
「今度作ってこようか?」
試しに言ってみたら二人の目がキラキラと輝いた。
「ホントか?」
「是非!」
まあ、一人分も三人分もそんなに変わんないしね。
そしたらソフィーがおずおずと提案してきた。
「ねえ、オデット。良かったら皆で多めに作って持って来てシェアしたらどうかしら?」
ナタリーも大きく頷く。
「そうね。例えば、一人一品を沢山作ってきてシェアすれば少なくとも4種類のおかずが出来るってことだものね」
それは良い考えかもしれない。
「一人だと一回おかずを作ると余っちゃって、何日も同じものを食べ続けて飽きちゃうことがあるのよね。だから、そうして貰えると助かるかも」
マリーも嬉しそうに賛同する。
「そうね。みんなでピクニックみたいで楽しそうだし」
私が言うと、アランとクリスチャンも顔をほころばせた。
「俺達も何か持ってくるよ。飲み物とか果物とか」
それ以来、みんなでピクニックのようなランチを楽しんでいる。
たまにダミアン先生が通りかかって盗み食いして行く時がある。
一度クルミのケーキを焼いてきたら、丸ごと持って行かれてしまった。
やっぱり好物なんだな。サットン先生は正しかったと内心得意になる。
サットン先生はどうしているんだろう?どこに行ったのかも聞いていないし、お父さまに訊ねても答えられないと言われてしまった。
手紙の一通くらいくれたっていいんじゃない?と正直思ってしまうけど、きっと何か事情があって私とは連絡が取れないのかな、とも思う。
殺される運命だって言われて怖かったけど、今のところ私の学院生活は平和だし、嫌がらせや悪い噂も少しずつ鎮まっていった。
ミシェルと顔を合わせることもほとんど無くなった。学院長が何らかの配慮をしてくれたのかもしれない。
このまま卒業まで行けたらいいのにな、と青い空の下でお弁当を食べながら願うのだった。
試験で私はトップの座をキープし続けた。
一位二位三位は不動と言われて、毎回クリスチャンが泣き崩れるというのもお約束の光景だ。
でも、クリスチャンはご両親と正面から向き合って話し合ったみたい。一位が取れなくても勘当されていないところを見ると良い話し合いが出来たんじゃないかなと思う。
剣術はアランがどんどん強くなって、私はもう敵わない。スピードでは勝るけどやっぱり力が追い付かない。
悔しい・・・とアランの得意満面の笑顔に向かって舌を出す。
トレーニング量を増やしたけど、運が良い時に互角に戦えるくらいだね。
アランの強さは本物だ。
魔法の授業もとても楽しい。
他の生徒と一緒に受ける魔法の授業もあるけど、やっぱりダミアン先生との個人レッスンは得るものが多い。
知識も豊富で説明も明解な素晴らしい先生だと思う。
魔王や魔獣と闘うためには光の魔法が効果的なので、光属性の魔法の特訓も受けている。
基本的に光の魔法はあらゆる魔を退けるという。魔王や魔獣も光の魔法には弱いそうだ。
それ以外にも、魔法の解除が可能で、邪な魔法に侵されている人たちを救うことも出来るし、多くの用途がある属性だという。
しかし、毒や薬の解毒には使えない。専用の解毒剤が必要となるので、それはポーションの分野らしい。
そういえば、フランソワはポーションマスターに弟子入りしたけど、どうしているかな?なんて考え事をしているとダミアン先生のゲンコツが落ちる。
スパルタだ。その度にサットン先生を思い出した。
*****
そんな風に平和な毎日が続き、私達は気が付いたら魔法学院の三年生になっていた。
今年からフランソワも学院の一年生に入学した。
フランソワの姉のエレーヌは卒業後も学院の事務員として住み込みで働いている。エレーヌと一緒に居られることもフランソワが嬉しそうな理由なのだと思う。
フランソワもすっかり背が伸びてカッコよく成長した。蒼い瞳はちょっと冷めているように見えるが、実はその奥に優しい光があることを知っている。
早速ミシェルの洗礼を受けたようで恐怖に震えながら「恐ろしい女がいた」とアランに訴えていた。
アランは生徒会長になり、クリスチャンは副会長になった。クリスチャンはすっかり一番にはこだわらなくなった。
サットン先生はクリスチャンが生徒会長だと言っていた。だから、やっぱり預言書とは運命が変わってきてるんじゃないかなと思う。
良いことなのか悪いことなのか分からないけれど・・・。
*****
そして、サットン先生が言っていた通り、ある日突然私の手首には紋章の形をした痣が浮かび上がった。
王宮に神龍のお告げがあったと『神龍の聖女』を探すための布告もなされた。
痣が浮かび上がった女性は全部で五名。全員が魔法学院に在学中の令嬢だった。
一室に集められた聖女候補者達は一人を除いて皆不安そうな表情をしている。
ミシェルだけは意気揚々と部屋に入って来るなり私を指さして叫んだ。
「ようやくあんたを堂々と退治できる時が来たわ。いい加減攻略対象から手を引きなさい!」
その後、他の候補者に対しても威嚇を止めない。
「どうせ聖女になるのは私なんだから、今すぐ手を引いた方がいいわよ」
相変わらずのミシェルの様子に溜息が出る。
他の候補者たちはミシェルのせいで益々怯えたような表情になった。
そこへ学院長や教師らがゾロゾロと入って来た。
私達五人は聖女の選出方法について説明を受ける。
試練は三つあり一番成績が良かった令嬢が聖女になるらしい。
第一の試練は魔獣退治だ。
ガルニエ領で魔王復活が近くなっているという。そのために魔獣が大量発生しており、そこで魔獣と闘い、一番多くの魔獣を討伐できた者が勝者となる。
私とミシェル以外の令嬢達は試練の説明を受けて、真っ青な顔になった。。
そりゃそうだよね・・・。普通の令嬢は魔獣と闘えないよ。
学院長が候補を降りることも可能だと説明すると、三人の令嬢は次々と聖女候補辞退を申し入れた。
これで聖女は私とミシェルの一騎打ちになった。バチバチと視線を交わす。
ミシェルは何が可笑しいのかニヤニヤしながら私を見ている。
何故か嫌な予感がしたけど、それが何なのか分からない。
その場にいたダミアン先生も怖い目つきでミシェルを睨んでいた。
学院長の話だと魔獣退治の最中は教師や護衛も近くにいて、聖女候補の安全が確保できないと判断したら救出に入ることになっているそうだ。
「だから二人とも何も心配することないですよ」という学院長の笑顔を見ながら、絶対に信用できない、と私は内心考えていた。
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