第29話 リュカ ― 訪問者
*少し時間が戻ります。アランとオデットが修道院を見学した日から始まります。
ジルベールによると今日アランとオデットは学院の中にある修道院を見学したらしい。
サットン先生の言う通りだな、と苦笑いする。
彼女はオデットなら絶対にあの修道院に興味を持つだろうと言っていた。
サットン先生は頻繁に俺に連絡してくる。
オデットの最新情報を教えてくれるので、俺にとっては生活の中で唯一の楽しみになっている。
たまに『ドアの修復はどうだ?』と聞かれるが、俺はいつも『まだだ。修復できるかどうか分からない』と答えるしかない。
連絡方法は昔父さんが作った魔道具のイヤーカフだ。
サットン先生が父さんに魔道具の依頼をしたことはよく覚えている。
耳につけて互いに連絡しあえる道具が欲しいという依頼だった。
俺も当時は父さんの手伝いをしていたので、二人で悪戦苦闘しながら出来上がった時は嬉しかったな。
あの頃は楽しかったな、と懐かしく思い出す。オデットが離れに来るようになった頃だ。
イヤーカフを付けていると互いにその場で話をすることが出来る。スイッチのオンとオフは魔法で簡単に操作できるし、誰かから連絡が来ると軽い振動を感じるのでそれで応答する造りになっている。
その発想は面白かったが、魔道具屋に話をしても、実際に会ったり手紙を使ったりすれば簡単に連絡できるのに、法外に高いお金を払ってまで話をしたい人間はいないと笑われた。
なので、結局父さんが作ったのはサットン先生から依頼されたイヤーカフだけだった。
サットン先生はオデットに危険が迫るとすぐに対策が取れるように、常にオデット周辺の情報を収集している。
公爵邸にいるフランソワ、学院3年生のエレーヌもサットン先生の情報源として動いているらしい。修道院でオデットたちを案内したジルベールもサットン先生の仲間だと聞いて驚いた。
だから、オデットが入学したばかりの学院で起こっていることも俺は細かく把握できている。
意地悪な令嬢を敵に回したり、魔法属性の検査で全属性を出したり、試験で一番になったり、大忙しだな。オデット。愛おしいその名前を心の中で呟く。
全属性についてはサットン先生も驚いていた。
「・・・何で!?・・・はっ・・・リュカ、もしかしてあなたのお母さまの形見の宝石って・・・?」
「オデットにあげた」
俺が説明すると、サットン先生は何故か胸を撫でおろした。
「・・・すっかり忘れていたわ。良かった。例のミシェルがその石を取りにくるかもしれないから、その時は偽物の石でも渡して頂戴」
「偽物・・・?」
「ガラス玉だってあの子には分からないわ。緑色の石なら何でもいいから」
サットン先生に言われた通り、一応緑色の石は準備してある。
***
ジルベールは修道院でオデットたちを案内したが、実は修道士ではない。たまに修道院で修道士のふりをしているらしい。もちろん、サットン先生の差し金である。
彼の本職はガルニエ伯爵家で働く隠密要員だ。元々王宮で働いていたそうだが、俺が結婚した時にはガルニエ伯爵家のイザベルの下で働いていた。
サットン先生からジルベールは優秀な密偵だから近くに置いておくようにと言われ、俺は混乱した。
俺にとってイザベルは敵だ。敵の元で働くジルベールを信用できるのか?と半信半疑だったが、サットン先生が大丈夫と太鼓判を押すので、イザベルに頼んでジルベールを俺付きにしてもらった。
サットン先生は今王宮に居るらしい。何をしているのか教えてくれないが、王宮で影響力がある存在だとジルベールが言っていた。
いつも思う。彼女は何者なんだろう?
ジルベールからもオデットの情報が入る。
俺は今更オデットに近づける人間ではない。二度と会うつもりもない。影から彼女を助けられればそれで良いと思っている。
しかし、オデットの様子を知りたいという欲求はある。しかもその欲求は強い。
だが、知るのが辛いという矛盾がある。知りたいけど知りたくない二律背反の状態だ。
彼女は毎日アランと寮の前で待ち合わせして学院に行っているそうだ。
仲が良さそうだという報告を受けて、俺は喜ぶべきなんだ。
だけど、休日にもアランがオデットと会って、一緒に修道院の見学をしている様子を想像すると嫉妬で息が詰まりそうになる。
アランはいい奴だ。無理矢理嫌がるオデットと結婚するようなことはしないだろう。だから、もしオデットとアランが結婚するなら、それはオデットが望んだことなんだ。
オデットが俺以外の男との結婚を望むと想像しただけで、嫉妬で凍りつきそうになり、自分の執着心が我ながら恐ろしくなる。
たとえ愛していなくても俺には妻がいる。オデットを望める立場にないのは分かっているんだ。
それでもどうしても忘れられない。オデットを愛するのを止められたらどんなに楽だろうかと毎日考える。
イザベルは比較的早い段階で俺への興味を失ってくれた、と思う。
最近は夜も筋肉ムキムキの男達と過ごすことが多いので、俺は安堵しながら夜を過ごすことが出来る。
たまに夜に呼び出されると死刑宣告のような気持ちで彼女の寝室に向かう。
イザベルは俺を愛している訳ではないが、自分至上主義なので俺が少しでもオデットのことを想っているとプライドが傷つけられたとオデットを傷つけようとするに違いない。
だから、俺はイザベルの前でオデットへの想いを隠すことに日々腐心していた。
そしてオデットが学院に入学してから数ヶ月後、思いがけない客が俺を訪ねてきた。
俺は通常、客が訪ねてきても会わないようにしている。しかし今回は執事から訪問客の名前を聞いて興味を持った。
『ミシェル・ルロワ』と名乗った少女は、サットン先生が言った通りピンク色の髪の小動物系だった。
入室した時の第一声が
「やっぱりいい男ね~。既婚者だから不倫になるのかな。余計に燃えるかも~」
というもので、私は呆気に取られた。
何の話をしているんだ?
「俺は忙しい。用件は?」
「あらぁ。つれないわねぇ。私はあなたのこと何でも知っているのに。好物はチョコレートブラウニーで、風魔法の属性。公爵令嬢だったお母さまを幼い頃に亡くして、孤独な幼少期を過ごす。オデットに虐待されて、最後は父親と一緒に公爵邸を追い出されるのよね。そのせいでヤンは肺炎に罹り亡くなるの。それで、あなたはオデットに復讐を誓うの」
この女は何者だ?
俺は恐怖を感じ始めた。
オデットに虐待されるなんてあり得ないことを言いつつ、俺の好物や魔法の属性を知っている。
こいつの目的はなんだ。俺は警戒心を高めた。
「亡くなったお母さまがあなたに宝石を遺したわよね。私はそれが必要なの。だから、私にそれをちょうだい」
その時、俺は彼女が魅了(チャーム)の魔法を掛けようとしたのが分かった。
サットン先生が警告してくれていて良かった。俺はわざと魔法に掛かった振りをする。
ミシェルの目は正常ではなく、母の宝石への異常な執着が感じられた。
オデットが持っているなんて言ったら、彼女に何をするか分からない。
だから、俺は魔法に掛かった振りをして、机の引き出しの中から緑色の石を取り出して彼女に渡した。
「・・やったわ!これで魔力が上げられる!」
喜びの声をあげるミシェルを冷めた目で見つめる。
ミシェルが不審そうに首を傾げた。
「チャームに掛かったら私に夢中になるはずなのに変ねぇ」
俺は慌てて彼女に近づき耳元で囁いた。
「俺は好きな女には冷たくしてしまうんだ」
「あぁ~ん。ゾクゾクするぅ。やっぱり色気は一番あるわね。ツンデレ設定?」
ミシェルが満足そうに呟く。
「また来るからぁ」
甘えた声でしなだれかかってくるミシェルを這う這うの体で部屋から追い出し、俺はホッと息を吐いた。
その時、ノックの音がしてミシェルが戻って来たのかと驚いたが、ドアを開けたのはイザベルだった。
「今、誰が訪ねてきた?」
「ミシェル・ルロワという子爵令嬢だよ」
「ふ~ん。何の用じゃ?」
「良く分からない。俺の母の形見の宝石が欲しいと言われた」
「何故じゃ?」
俺は肩をすくめた。
「変わった令嬢だったから・・。彼女の頭の中には理由があるんだろうけど、俺には分からないよ」
「それでどうしたのじゃ?」
「価値のない石を母の形見だと言って渡したよ」
「ふ~ん・・・・」
イザベルが何か考えている。
俺は嫌な予感がした。
「それだけだ。別に何も疚しいことなんて・・・」
俺が言いかけるとイザベルが笑い出した。
「・・そんなに必死にならなくても良い。執事に盗み聞きさせたから、お前が正直に話したのは分かっておる。ただ、あの娘がちょっと気になってな・・・ミシェル・ルロワと言ったな。オデットのことも話しておったと聞いたぞ」
妻の思案気な様子に俺は益々危機感を募らせた。
イザベルは馬鹿じゃない。特に奸計を巡らす時の狡猾さは恐ろしいものがある。
「オデットが心配か?」
突然の言葉に、一瞬全身が固まった。
「オデットの話をする度に、お前の眼に籠る熱に妾が気付かないと思うか?」
イザベルの言葉を俺は出来るだけ軽く笑い飛ばした。
「何の話だ?俺は昔の婚約者のことなどほとんど記憶にない。君のような妻がいて過去の女を想うなんてありえないだろう」
そう言いながら抱きしめて口付けした。
イザベルは俺を試すようにじっと見つめてくる。
「今宵の相手はお前じゃ。楽しみにしておるぞ」
という言葉を残して彼女が部屋から出ていった後、俺は言い知れない不安に駆られて、部屋の中を歩き回った。
イザベルが何を考えているのか分からない。
どうかオデットには手を出さないでくれと願うしかなかった。
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