第28話 ミシェル ― 転生者


私はいわゆる転生者だ。


前世は生田 真須美という日本の女子高生だった。その頃クラスでは乙女ゲームが流行していて、異世界転生物のラノベも人気があった。


まさか、自分がその転生者になるとは想像もしていなかったけど。


うちのクラスでは『Destiny : 神龍の絆』という乙女ゲームが人気だった。


ゲームの中に出てくる神龍の神子の名前が『里中すず』と言って、それと同姓同名の女子がクラスにいたので、それも話の種となっていた。


ゲーム・キャラクターと同姓同名の里中すずといつも一緒にいる女子が山本美玖だった。


里中すずは格闘技をやっているとかでボーイッシュだけど可愛い顔立ちだったし、山本美玖は正統派美少女だったので、二人は男子からの人気が高かった。


そんな二人を面白くないと見ている女子は私だけではなかったと思う。


だから、私がずっと好きだった先輩と山本美玖が付き合いだして、私が彼女に嫌がらせを始めた時に多くの女子が一緒に乗っかったんだ。


皆で無視したり、私物を盗んだり、制服を破いたり、下着姿を盗撮して掲示板に貼ったり・・階段から突き落としたこともあったっけ。私だけじゃない。みんな笑いながら楽しそうにやってたわよ。


でも、いつも里中すずが颯爽と現れて彼女を助けてた。ムカつく。


しかも、里中すずは私達がしている行為はいじめだと糾弾し、先生や親にも言いつけた。


私はいじめの首謀者として厳重注意と停学処分を受けた。親からは叱られ、好きだった先輩からも「最低だな」と言われた。


悔しい・・・!なんで私ばっかり・・・。


私は山本美玖が憎くて仕方がなかった。なんであの子ばかり贔屓されるの?


ずるい。殺せるなら殺してやりたいと思うほどの殺意が湧いた。


あの日、狭い歩道で山本美玖と揉み合いになり、私は大型トラックが走ってきたタイミングで美玖を車道に突き落としてやろうとした。後で事故だったと言い訳できると思ったし。


それなのに後ろから誰かが「美玖!危ない!」と声を掛けて、美玖がそちらを見た瞬間彼女の体が私を避けるように動き、代わりに私が勢い余って車道に飛び出してしまった。


気が付くと私の目の前に大型トラックがあった。


最後に覚えているのは、山本美玖とその後ろに立つ里中すずが驚愕に目を見開いている光景だった。




私は事故で死んで、この世界に転生したんだ。


この世界に生まれてすぐに前世の記憶が戻ったわけではない。


前世の記憶が戻るきっかけになったのは、私が3歳くらいの時だったと思う。


確かどこかの公爵が私に会いたいとやって来たんだ。


うちはしがない子爵家で公爵家なんかと縁はない。両親が慌てて一張羅のドレスを私に着せて準備させられたのを覚えている。


その時に公爵と一緒に現れたのが里中すずだった。


彼女の顔を見た瞬間『私はこの顔を知っている』と感じた。


そして、前世の記憶が一気に甦ったんだ。自分がどうやって死んだのかも。


私は思わず彼女を指さして


「っ!里中すず!あんたのせいで・・・私は・・トラックに・・!」


と叫んでしまった。


里中すずは驚愕で顔を強張らせた。


「まさか!?あんた・・・生田・・なの?」


震える声で呟くと真っ青な顔を両手で覆う。


そのまま里中すずは急いで帰って行った。その後彼女の行方は知らない。聞いても誰も教えてくれないし。


私は自分の名前や国名など色々な情報を搔き集めて、この世界が『Destiny : 神龍の絆』のゲームであることを確信した。そして、私が唯一無二のヒロインであることも。


私が神龍の聖女となって王太子と結婚するんだわと有頂天になった。


私は王道のアランルートが一番好きだった。アランが一番イケメンだと思ったし、傲慢な悪役令嬢の婚約破棄や断罪シーンなんて堪らないじゃない?


私は前世でヒロインになれなかったから、この世界でヒロインに生まれ変わったんだ!


イケメン揃いの攻略対象にチヤホヤされるのが待ち遠しい。でも、魔法学院に入学するのが15歳の時。聖女になるのは学院の3年生の時か・・・。まだ先は遠いな・・・なんて考えていた。


両親は私の言動が突然変わったので、医者に連れて行ったり、魔物に憑りつかれたんじゃないかと呪術師に連れて行ったり大変な騒ぎだった。


あーメンドクサイ。


良く考えたらヒロインのミシェルはチャーム(魅了)が得意だったよなと思って、試しに両親にチャームを使ってみた。


強力な魔法だったみたいで、それ以来両親は私の言いなりだ。


便利だねぇ。それ以来チャームは色々な場面で活用させてもらってる。


でも、チャームの魔法にかからない人もいる。残念ながら効果100%じゃないのよねぇ。


誰でも私の意のままになるような強力な惚れ薬なんて売ってないかしら?と魔道具やポーションを売っている店をウロウロするようになった。


運よく私と相性の良いポーションを扱っている店主と親しくなり、私はそこに入り浸るようになった。他にも役立ちそうな薬や毒なんかもあって、どうやって使うか想像するだけで楽しい。


店の最強の媚薬に私のチャームの魔法を混ぜて更に強力にした。


うふふ。誰に使おうかな?


その店では魔道具も扱っていて、契約している魔道具士の腕が良いから、質が良い魔道具を揃えていると評判らしい。


魔道具って言ったって、前世では当然の家電レベルだし、どうせならどら〇もんの秘密道具くらい作れよって密かに思っていた。


でも、ある時店の魔道具を作っているのがヤン・マルタンだと聞いて、興味が湧いた。確か攻略対象のリュカ・マルタンの父親だ。


オデットのせいでヤンが死んでリュカがオデットを恨む原因になるんだけど、そうか、まだヤンは生きているのね。


確かヤンの妻が遺した宝石が魔力を上げるラッキーアイテムだった。その石を貰った時にリュカの好感度が最高レベルだと魔法を全属性にすることが出来たはず。


私は店主に頼み込んでヤンが次に店に来る日程を教えてもらい、ヤンを待ち伏せることにした。


その日現れたヤンはやつれたおじさんだった。リュカはあんなにイケメンなのに父親は顔立ちも平凡でがっかりだ。


しかも、私の話を碌に聞かない。リュカのことを聞いても大したことを答えないし、妻の遺した宝石のことなんて存在すら知らないらしい。


なんだこの役立たずと腹が立って仕方がなかった。


魔道具のことになると熱心に話を始めるので思わず


「どうせ魔道具作るんなら『ど〇でもドア』くらい作れよ!」


と怒鳴ってしまった。


「『どこでも〇ア』って何だい?」


食いついたヤンに秘密道具の説明をすると、目を輝かせながら帰って行った。変なおやじ。




ラッキーアイテムについてはリュカに聞くしかないなと思ったけど、彼は何故か学院に通っていて警備のしっかりした学院に忍び込むことが出来ない。


リュカはヤンと一緒に公爵邸から追い出されたはずなのになんで学院に通っているんだろう?


ゲームとは筋書きが違っているようで不安を感じるが、悪役令嬢のオデット・モローはちゃんと実在している。


しかし、彼女の評判が思っていたより良いのがムカつく。


悪役令嬢の評判が良かったら問題でしょ?と彼女のネガティブキャンペーンを頑張った。


チャームの力を使いつつ悪い噂をバラまいた。だって、本当のことでしょ?彼女は悪役なんだから。


それなのに、次々とゲームになかった展開が広がる。


まず、学院の剣術トーナメントの天覧試合。


しかも、リュカが優勝って・・・どういうこと?ゲームにはそんな設定無かった。


リュカは色気のある超イイ男だったわ。いずれ彼に言い寄られる自分を想像して胸が高鳴る。さすが攻略対象。楽しみね。


ただ、試合前に来賓席にオデットを見つけてイラっとした。王太子と親しそうに手を振り合っている。


思いっきり睨みつけてやったわ。


学院に入学した後もオデットにはイライラさせられるばかりだ。


全属性の魔法なんてどこで身に付けたのかしら?何か卑怯な手を使ったのに違いない。やっぱり悪役令嬢ね。


あの取り澄ましたような笑顔もムカつくし、それにざわつく男どもにも腹が立つ。


あんな女のどこがいいの?


生まれ変わった私は容姿がいい。鏡を見る度にウットリと可愛い自分に見惚れてしまう。


それなのに、思っていたよりモテないのはどうしてなの?


学院の男どもがオデットを憧れの視線で見るのも腹立たしいが、それよりも学院にいる攻略対象が私に全く関心を寄せず、悪役令嬢ばかり熱っぽく見ているのが我慢できない。


チャームを使っても効果がないし、私が渡す食べ物も口にしようとしない。


彼らの視界にはオデットしか映っていないようだ。


ヒロインは私よ!私なのよ!


悪役令嬢は悪役令嬢らしく皆から嫌われて殺されればいいのに。


いっそのこと私が・・・と考えて、首を振る。私はヒロインよ。私が手を汚す必要はないの。代わりに誰かにやらせればいいわ。


あの女を憎んでいるのはきっと私だけじゃないはずだもの・・・。


意地悪な令嬢たちをけしかけたり、悪い輩に襲わせたり・・・。私にはチャームがあるから色々やり方はあるわ。学院生活は始まったばかりだし。


絶対にあの女の学院生活を惨めなものにしてやる。うふふ。楽しそう。


まあいいわ。


今はそれよりもどうやったらリュカに会えるか考えなくちゃ♪

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