第31話 オデット ― 第一の試練

第一の試練の日。


私たちはガルニエ領の大きな森に集合していた。


動きやすいようにサットン先生から貰った黒装束を着て、入念に準備運動をする。


闘うにはこれが一番だ。


ミシェルはそれを見て「やば。ダサ。忍者っていつの時代?」とバカにしたが、私は気にならない。


そういうミシェルはドレスを着ている。戦いにくくないのかしら?


今日は学院長や教師陣だけでなく、アラン、クリスチャン、フランソワも来てくれた。ダミアン先生と並んで四人とも心配そうに私を見つめている。


大丈夫よ、と伝えたくて笑顔で手を振ると、四人とも何故か顔を紅潮させて手を振り返してくれた。


私とミシェルの手首には魔道具のカウンターが装着された。このカウンターは自動的に何頭の魔獣を倒したかを数えてくれるらしい。


警護のため王宮から近衛騎士団も派遣されているので、安全管理はバッチリだと学院長は誇らしげにスピーチをした。


確かにあちらこちらに強そうな騎士が配備されている。


不測の事態があった時にバックアップしてくれる騎士がいるのは心強い。




そして、学院長の合図と共に試練が始まった。


私とミシェルは同時に森の内部に走って行く。


アラン達も追いかけて来ているようだ。


森が深くなり木の影で日の光も入りにくい。


薄暗い森の奥で低い唸り声が聞こえた気がした。


・・・っ、来た!


背後から襲ってきた魔獣に光の魔法を掛ける。動きが弱まったところをナイフで突き刺した。


ミシェルは光属性の利点をフルに活かして魔獣達と闘っている。さすが魔力が強い。


良く見ると屈強な男達がミシェルを取り囲むように彼女を助けている。


かすかに見覚えがある気がして突然思い出す。


筋肉ムキムキのイケメンたち。ガルニエ伯爵夫人に付き添っていた人たちじゃないかしら?


ガルニエ領の魔獣退治だから手伝ってくれているのかな?でも、ミシェルだけを手伝うの?


脳内で忙しく考えながら背後から襲ってきた魔獣を魔法で吹き飛ばした。


男たちは魔獣を弱らせてミシェルが殺しやすいようにしているようだ。ミシェルのカウンターが急激に上がっていく。


でも、私は負けない!


私は一気に光の魔力を放出すると同時に、風の魔法で小さな旋風を鋭利なナイフのように使い魔獣の喉笛を切った。


何十匹もの魔獣が一気に倒れて、私のカウンターもカシャカシャと忙しい音を立てる。


それでも現れる魔獣の数はきりがなくて、次第に疲労が積み重なる。


私に飛び掛かって来た三匹の魔獣を倒した後、辺りを見回すと古い教会が建っていた。


アラン達も同じ森に居るはずなんだけどはぐれてしまったらしい。


ミシェルの姿も見えなくなったな、と思ったら、彼女が転がるようにその教会から走り出てきた。


「・・・あ、あの教会の中に子供が閉じ込められていて・・魔獣に襲われているの」


話を聞き終わらない内に私は教会に向かって走り出していた。


教会の扉を開けた瞬間、強い薬の匂いがする布を口に当てられて「しまった!」と思う間もなく私の意識は遠のいた。


*****


気が付いた時、私は固い石台に寝かされていた。薬のせいで体が思うように動かない。魔法も使えないみたいだ・・・。


地下室らしき場所で蝋燭の明かりだけが煌々と部屋を照らす。


さっきミシェルと一緒に戦っていた屈強な筋肉ムキムキの男たちが卑しい嗤いを浮かべながら私を取り囲んでいる。


「ひょー、目を覚ましたぜ。極上のいい女だな。処女だろ?やべー興奮する」


「思う存分辱めた後に殺せって命令だよな。最高じゃね?」


「さすがイザベル様、命令も鬼畜だねぇ」


口々に猥雑なことを喚く男たちに私の顔は青ざめた。


イザベル・・・?リュカの奥さんがこれを企んだの?!どうして?


私が呆然としている間にも、男たちの無遠慮で下卑た視線が私の体を舐めるように見つめる。


体が動けばこんな奴らなんかぶちのめしてやるのに・・。悔しくて涙が出そうだ。


「ほら、可愛がってやるよ!」


一人の男が私の黒装束の下に手を突っ込もうとしたその時。


黒い影が一瞬でその男を蹴り飛ばした。


・・サットン先生?


私が勘違いしたのも無理はない。いつも先生が着ていた黒い忍者装束だ。


でも、この人は違う。頭までスッポリ黒い布で覆っているから誰か分からないけど、先生よりもずっと背が高くてがっしりした体形の男性だ。


それにものすごく強い。


10人以上の男たちがあっという間にのされてしまった。


一人の男が焦って私の髪の毛を掴み、ナイフを私の首に当てる。


「おい!この女の命が惜しく・・」


台詞を言い終わらない内に黒装束が風の魔法を繰り出し、ナイフごと男を吹き飛ばす。


私もバランスを崩して寝かされていた石の台から転がり落ちてしまった。


体が上手く動かないので近くにあった聖櫃の上にぶつかって床に落ちる。


勢いで聖櫃が壊れてしまった。・・・貴重品だったらどうしよう?と考えている間にも戦闘は続く。


黒装束の動きを見ていると、私は不思議な既視感に襲われた。


・・・リュカ?


まさか・・・?でも、リュカも風属性だった。


あっという間に残りの男たちも片付けた黒装束は私の方を見た。


黒い布と布の隙間から覗く蒼い瞳。その瞳に一瞬懐かしさと甘さがよぎった・・ような気がする。


やっぱりリュカだと私は確信した。


「・・りゅ・・・か・・・?」


まだ声がちゃんと出ないので弱々しく問いかけると黒装束はビクッとして私に背を向ける。


建物の外から人の足音と話声がしたので一瞬視線を動かした。


視線を戻すともう黒装束の男はいなくなっていた。


バタバタと足音が聞こえて、地下室の扉が開く。


「・・・オデット!オデット!」


アランの声がしてそちらに視線を向けると、アラン、クリスチャン、フランソワが悲愴な顔つきで私を見つめていた。


疲労の限界にあった私は彼らの顔を見て安心してしまったんだと思う。


そのまま意識を手放した。




目が覚めた時、アランの心配そうな顔が目の前にあった。


アランの碧い目が安堵したのか柔らかく弧を描く。アランの目は碧いけど、光の加減で少し緑がかって見える。リュカの目も蒼いけど、少し灰色がかった蒼だ。やっぱりあれはリュカだったと確信する。


アランから何があったのか聞かれたので、淡々と説明した。


私の話を聞いているアランの握りこぶしが怒りで震え始める。


「イザベル・・・あの女・・・」


そう呻くとアランは私を思いっきり抱きしめた。


「オデット・・無事で良かった。でも、俺が助けたかった・・」


私の首筋に顔を寄せて、アランが溜息をつく。


「あとミシェルがお前を教会に誘導したんだな?」


私が頷くと、またアランが拳を震わせた。


「・・・許せない」


拳を額に当てて俯くアランの頭を撫でる。


「あのね・・アラン。私を助けてくれたのはリュカだと思うの」


アランの目が驚きで見開かれた。


「っ!?リュカが!?あり得ない。あの地下室の出入り口は一つしかない。俺達が入った時誰にも会わなかったぞ」


「リュカは消えてしまったから転移魔法を使ったのかも・・」


「いや、それは無理だ。あの教会は異世界や異次元への出入り口になっている。昔、神子もあそこに召喚されたんだ。魔王復活の鍵を握る重要な施設だ。転移魔法が使えないように結界が張ってあるはずだ」


「・・・そうなの?」


「恐怖で夢を見ていたんじゃないか?」


「でも、じゃあ誰が私を助けてくれたの?」


「オデットはあれくらいの人数だったらものともしないんじゃないか?」


「私は薬を嗅がされて体が動かなかったの。魔法も使えなかったし。黒装束の誰かが私を助けてくれたのよ。あれは絶対にリュカだった」


「顔は見たのか?」


「・・目は見たわ。顔にも黒い布をつけていたから・・」


「それでもお前にはリュカと分かったんだな」


アランは少し悔しそうに溜息をついたが、それ以上は私を疑うことを言わなかった。


「分かった。調べて見る。その時間にリュカがどこに居たか分かればいいだろう?」


「ありがとう!アラン!」


私はアランの首に抱きついた。アランは顔を真っ赤にしながら目を白黒させている。


「あ・・オデット。それよりお前に見せたいものがあるんだ」


そう言ってアランは懐から薄い本のようなものを取り出した。


「お前を見つけた時、教会の地下室にあった聖櫃が壊れていて、その中にこの本が入っていた。表紙を見たらこれは持って帰った方がいいと思って・・」


アランは口籠った。


色彩の刺激が強い表紙を見ると、ミシェルが素敵な笑顔で手を振っている。


私は茫然とその本を眺めた。書かれている文字は一つも理解できない。


でも、ミシェルの傍らで笑っているのはアラン、リュカ、クリスチャン、フランソワ、ダミアン先生だ。


小さな丸の中に意地悪そうな私の顔も映っている。


これは・・・・何?


もしかしたら、これがサットン先生の話していた預言書なの?


ページを開いても私達の顔が並んでいる。どうにかこれが読めないだろうかと考えた時、私の頭に閃くものがあった。


「アラン。しばらくこの本を貸してもらえないかしら?」


「いいけど・・・。誰にも言わないでくれよ。黙って持ち出したとバレると問題になるかもしれない」


「勿論。誰にも見つからないように気をつけるから」


アランは心配そうに私の頭を撫でた。


「一人で全部抱え込もうとするなよ。何があっても俺に話すと約束して欲しい」


「分かった。ありがとう!」


「絶対だぞ!」と念を押すアランの顔は真剣そのものだった。


その後、アランは学院と王宮に私が魔獣退治中にイザベルの手の者に襲われたと報告したが、また握りつぶされたらしい。


ミシェルに誘導されたことも証拠不十分で罪には問えないという。


アランが「言い訳が出来ないくらい確固たる証拠が必要なんだ」と呻く。


結局正体不明の狼藉者に襲撃され攫われたという結末になったと、アランは悔しそうに拳で壁を叩いた。




後に学院から第一の試練は私が勝利したと連絡が来て驚いた。そんなことすっかり忘れていたが、僅差で私がミシェルを上回ったらしい。


聖女の試練はまだ二つあるという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る