第26話 オデット ― ダミアン先生との個人レッスン

私とミシェルは希少属性の魔法を使うので、個別にダミアン先生から魔法の指導を受けることになった。


指定された時間に指定された教室に行くと、ダミアン先生は教室の椅子を並べた上で昼寝をしていた。


サラサラの茶色い髪がメガネに掛かって揺れている。長い睫毛に高い鼻梁。この先生も良く見ると美男子ね。ファンの女の子が多いというのも納得だわ。


鼾をかいて眠っているので起こしたら悪いかなと躊躇っていると、先生が寝返りを打とうとして椅子から転がり落ちた。


「・・・てぇな」


と独り言を言いながら立ち上がると教室の隅に立っていた私と目が合った。


ダミアン先生は頭をボリボリ掻きながら私に近づく。


「・・ああ。君ね。全属性とかいう・・。で?君は何が習いたいの?もう一人の光属性の子は男の魅了の仕方を習いたいって言ってたよ。君もそんな感じか?」


ダミアン先生の質問には皮肉と棘が混じっていて、私は怖気づいてしまいそうだったけど、思い切って


「あの、私は魔法陣の描き方を習いたいです」


と言ってみた。


ダミアン先生の目が驚きで丸くなり、初めて私が視界に入ったように焦点が合った。


「魔法陣・・ねえ?何のために?王太子に何か吹き込まれたか?何を企んでいる?」


先生の視線は鋭くなり、警戒心が露わになった。


「・・いえ、ただ・・あの・・」


うまく誤魔化そうとするけど言葉が出て来ないし、先生は追及の手を緩めようとしない。


先生の顔が益々厳しく強張ってきた。


私は嘘をつくのが下手だ。もう本当のこと言うしかないと思った。


おかしな生徒だと思われても仕方がない。


「あの、私は神龍の聖女になって魔王を封じ込めたいと思っています。そのために魔法陣を使って異次元への扉を開けるようにならないといけないと思ったんです!」


ダミアン先生の目がまん丸になった。


「・・・・は?」


「あの・・・ある人からいつか魔王が復活するかもしれないから、その時には聖女を目指せと言われたんです!」


「あれは・・確か候補に痣が浮かび上がるんじゃなかったか?痣が現れなかったらどうするんだ?魔法陣を覚えても無駄になるぞ?」


「そしたら、聖女にならなくて済んで、でも魔法陣の使い方はマスターできてラッキーだなって思います」


「なるほど・・」


「人生に無駄な知識はないと私の家庭教師が教えてくれました!」


両拳を固く握りながら力説すると、それを見ていた先生が笑い出した。


「確かにそうだな。無駄な知識はない。分かった。魔法陣を教えてやろう」


「はい。お願いします!」


私は深くお辞儀をして、席に着く。


先生は咳払いをして教壇に立つと講義を始めた。


「魔法陣というのは召喚した悪魔や死霊から身を守るために結界を張ったのが始まりとされる」


私はノートを取りながら必死でダミアン先生の説明についていく。


「そこから多くの魔術師や魔導士らが、様々な用途の術式を魔法陣に組み込むことで応用が可能になった」


なるほど。


「例えば、魔法陣の中に悪魔を召喚する場合。魔法陣を使って結界を張る場合。魔法陣に入った人間を攻撃する場合。罠を仕掛ける場合。色々なケースが考えられる。それぞれ用途に応じて違った術式を描く必要がある」


術式か・・。複雑そうだ。


「例えば、魔法陣の中のものを燃やす術式を描きたい時は、炎の強さや範囲、炎が継続する時間も術式で決めるんだ」


「魔法陣の中の細かい調整も術式で行うということですね」


「そうだな。魔法陣には数限りない応用の仕方があるから、基礎を教えた後は目的を絞った方が良いだろうな」


「目的・・・」


「お前の場合ははっきりしているだろう。鍵としての魔法陣の使い方だ」


「鍵、ですか?」


「そうだ。魔法陣を使って扉を塞ぎ結界を守ることも出来れば、それを開けることが出来るのも魔法陣だ」


私が要領を得ない顔をしていたのだろう。先生が呆れたように


「お前が魔王を封じ込めるために魔法陣を使って異次元への扉を開けたいと言ったんだぞ」


と指摘する。


・・・その通りです。


「聖女の役割は異次元への入口を見つけて魔法陣を描き、その扉を開けること。そして、その中に魔王を押し込んだ後、その扉を閉じて魔王がこの世界に戻って来ないように封じ込めることだ」


憮然としてダミアン先生が説明する。


「はい。分かり・・ました。あの・・・異次元への入口ってどこにあるんでしょうか?」


私はまだ不得要領だ。


「魔法陣を描けばどこでも異次元への扉が開ける訳じゃない。伝説では神龍の赤子が異次元の扉の位置を指し示してくれるそうだ」


「万が一聖女になれたら神龍の赤子をまず探さないといけないということですね」


「いや、既にその扉の場所は分かっている。ガルニエ領にある教会に扉があるんだ。それに伝説だと神龍の聖女には神龍の赤子が必ず付いてくるらしい。だからそれは心配するな。・・・というかまずどうやったら聖女になれるか考えろ!」


サットン先生と同じことを言われました。はい。


素直に頷いた後、思い切って質問してみる。


「あの!先生は昔、異世界の神子を召喚したって聞きました」


先生は驚きで目をまん丸にしている。


「・・それは極秘事項のはずだ。なぜそれを知っている?」


彼の目が再び険しくなった。


「えーと・・・人から聞きました。その・・異世界から神子を召喚したということは異世界への扉を先生は開いたということでしょう?魔王を閉じ込める扉も先生が開けられるんじゃないかなと思ったんです。どうして聖女じゃないといけないんですか?」


「人・・・ねえ?」


先生は胡散臭そうに私を見ながら顎を擦る。


「まあ、お前の周りには王太子もいるしな。秘密は漏れやすいのか・・。全く機密管理はどうなってるんだか・・」


ぶつぶつと呟いた後、先生は質問に答えてくれた。


「この世界と異世界を直接つなげて人を召喚するのは簡単ではないが、何とか俺にも可能だった。特に神龍のお告げには神子の座標と標識が示されていたからな」


座標と標識・・・。随分具体的なんだね。


「だが、魔王を閉じ込めるのは異世界ではなく異次元だ。扉は同じところにあるが、神龍の助力がないと扉を開けることも出来ないだろう。しかも、異次元に閉じ込めるのは神子と協力しないと不可能だ。伝説によると聖女と神子が真に心を通わすことで初めて神龍の加護を得て、魔王を封じ込めることが出来るらしい」


神子と心を通わす・・・。まだ会ったこともない人といきなり心を通わすことが出来るだろうか?


「だから、お前は心配するのが早すぎる。まず聖女になってからそういうのは心配しろ!」


脳天にゲンコツが落ちてきた。この感覚・・・サットン先生を思い出す。


「神子召喚のお告げが下ってしばらくは、次の聖女のお告げがいつ来るかと国王は恐れていた。しかし、最近はもう来ないのかもしれないと油断しているという噂も聞く。お前のように脅威に先回りして心配する方が国のためには良いのだがな」


先生は私に話しかけているんだか、独り言なんだか分からないトーンで話を続ける。私のことは視界に入っていないようだ。


「確かに魔王が今閉じ込められている異次元の扉は古くなって破れる可能性がある。しかも、ガルニエ伯爵夫人はその扉がある教会の修繕を怠っているという噂も聞いた。わずかなきっかけで扉が壊れるかもしれない。聖女になる可能性があるのなら魔法陣を学ぶのは有用だろう」


ガルニエ伯爵夫人・・・う・・・まだその名前を聞くと胸が疼く。私、ダメダメだ。


先生は私の様子を無視して話し続けていたが、最後にようやく正面から私を見つめた。


「ただ、扉を開けるための魔法陣はいくらでも悪用が可能だ。お前に開けられない扉はなくなるからな。絶対に利己的な理由で悪用しないことを誓えるか?」


先生の真剣な眼差しに私も真剣に答える。


「はい、誓います。決して教えて頂いた力を悪用することは致しません」


先生の眼差しが少し和む。


「そうか。では今日は基本の結界を張るための魔法陣の描き方から教えよう」


ダミアン先生の声が溌剌として聞こえた。

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