第25話 オデット ― 修道院
日曜日は早朝トレーニングの後、お父さまへの手紙をしたためた。神子召喚について質問する手紙だったが、お父さまが答えてくれるかどうかは分からない。
公爵家の長として家族に言えないことがあるのは理解できる。ただ、神子がどんな人でどこへ行ったのか興味があった。
その後、身支度を整えてアランとの待ち合わせ場所へ向かう。
通学路で見かけた修道院の見学許可をアランが取ってくれたので、今日は二人で修道院の内部を案内してもらう予定なのだ。
時間より少し早かったが、アランは既に待っていた。
私服姿のアランもカッコいい、と思う。
肩くらいまである金髪をいつも後ろで結んでるんだけど、今日は休日のせいか髪を下ろしている。髪を下ろすと心なしか大人っぽく見えてちょっと緊張する。
アランは私の姿を一瞥すると、素っ気なく「行くぞ」と言う。
二人で歩き始めるとアランが「私服も可愛いな」と聞こえるか聞こえないかくらいの大きさの声で呟いた。
私がまじまじとアランの顔を見上げると、彼の顔がみるみる赤くなる。
「・・な、なんだよ?」
「照れてる~」
オデットが揶揄うとアランの耳まで赤くなった。
「うるさい!」
そっぽを向くアランに「ごめん、ごめん。こっち向いて」と謝ると、仕方ないなというように頭を掻きながら振り向いた。
アランはニヤニヤ笑っている。
「もう、揶揄ったのはそっちね!」
そんなやり取りが楽しくて笑い声を立てた。
修道院に着くと中年の修道士が迎えてくれた。ジルベールと名乗った修道士は穏やかな風貌で、笑顔で私達を中に迎えてくれた。
修道院は古い石造りであちらこちらに歴史が感じられる。
内部には多くの個室があり、昔ここは男子修道院で多くの修道士がここで生活をしていたんですよとジルベールが説明する。
今ではジルベールと高齢の修道女が一人いるだけらしい。
ジルベールは手入れが行き届かず恥ずかしいと言うが、私の目には綺麗で掃除が行き届いているように見える。
たまに掃除の達人の知り合いが来て掃除を手伝ってくれるのだそうだ。
建物の裏手に中庭があり、そこに面した小さなテラスがある。
中庭は手入れされているとは言えないけど、色々な植物が青々と茂っていて、私は好きだなと思った。
ふと見るとテラスの屋根の下に誰かが居た。
目をこらすと高齢の修道女が木製の箱の上に座っている。
一応クッションは敷いているようだが、座り心地が悪くはないだろうか?
心配になってジルベールに訊ねると彼女はあの箱がお気に入りで、中庭を眺めながらあそこに座るのが好きだそうだ。
「もう年だから好きなようにさせてあげようと思って」
ジルベールの言葉に私もアランも頷いた。
修道院の中心には広々とした礼拝堂があり、美しい絵画や彫刻が多く飾られている。
私は絵画を見るのが好きなので、一つ一つじっくりと堪能した。
ジルベールが修道院の歴史を紐解きながら絵画の解説をしてくれる。
流暢に語る彼の顔を見ていたら、窓からの光に何かが反射してキラッと光った。あ、髪に隠れてるけど耳に何かつけてる。銀色のイヤーカフ?案外オシャレなのね。
修道院の史実に沿ったモチーフや宗教画が並ぶ中、白い大きな龍が描かれている絵画は異質で目を引いた。白龍にはピッタリと小さな龍が寄り添い、傍らに二人の女性が立っている。
不思議な絵だな・・と立ち止まって眺めていると、ジルベールが声をかけた。
「ああ、神龍ですね」
「・・神龍? これが・・。ではこの二人の女性は?」
「神龍の聖女と神子ですよ。伝説では魔王の復活を阻止したと言われていますね」
私はアランと顔を見合わせた。
「この小さな龍は?」
白龍に寄り添う小さな龍を指さしてアランが尋ねる。
「ああ、卵から孵ったばかりの神龍の赤子ですね。神龍の赤子は異次元への入口を指し示すと言われています。伝説によると二人は魔王が完全に復活する前に異次元に魔王を封じ込めたそうです。この絵は魔王征伐に向かう前の様子を描いたものではないでしょうか」
ジルベールが答えた。
神龍。神子。聖女。神龍の赤子。
話を聞けば聞く程、聖女になって魔王復活を防ぐなんて途方もなく不可能に思える。
アランが首を傾げながら質問を続けた。
「神子というのは何者でどこから召喚されるんですか?」
ジルベールは困ったように首をすくめた。
「私も良く分かりません。ただ、異世界から召喚された人間はこの世界で大きな力を発揮すると言われています。常人離れした身体能力と魔力を持っていると聞きます。・・まあそうでないと魔王とは戦えないでしょうけど」
神子は既にこの世界に召喚されているらしいけど、どこにいるかすら分からない。
でも、サットン先生はまず聖女になることを考えろと言っていたので、神子のことはひとまず置いておこう。
勿論最善は尽くすけど、そもそも聖女になれない可能性だってある。
先が見えないって不安だなと溜息をつくと、アランがギュッと私の手を握ってくれた。
「俺はさ、何があってもオデットの味方だから。あのピンク頭のチャームなんかには引っかからないから安心しろよ」
優しく微笑むアランの言葉は確かに私の不安を少し解消してくれたのだった。
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