第24話 アラン ― 週末の作戦会議

俺は号泣するクリスチャンの背中を擦った。


しばらくすると落ち着いたようでクリスチャンは恥ずかしそうに立ち上がった。


うーんと伸びをした後、オデットに深々と頭を下げる。


「君には失礼なことばかり言っていた。本当に申し訳なかった」


オデットは慌てて首を振った。


「そ、そんな気にしないで下さい」


俺はクリスチャンの様子を見て安心した。憑き物が落ちたような顔をしている。


彼はもう大丈夫だろう。


ただ、彼がオデットを見る目に熱が感じられる。


・・・俺は徒にライバルを増やしてしまったのだろうかと内心苦悩する。


俺の苦悩をそっちのけで二人は話を続けた。


「・・君は3歳から料理を始めたって言ってたね。剣術や勉強も?」


「全て3歳の時からです。掃除もその頃からやっていました。とても厳しい家庭教師がいて、全く妥協を許さない人だったので剣術や勉強も叩きこまれました」


「そうか・・・魔法は全属性だし、君はすごいな。とても敵わない」


「ほら、また人と比べてる。ホントに意味がないことですよ」


「そうだな」


クリスチャンが声を出して笑う。


楽しそうな二人に我慢できなくなって俺は慌てて割り込んだ。


「・・・そ、それより今日は作戦会議をしようと思っていたんだ!」


俺の言葉に二人とも怪訝な顔つきになる。


「・・オデット、お前が殺されないようにクリスチャンにも事情を説明した方が良いって俺が言っただろう?」


「あ、そういえばそうだったね。ごめん。忘れてた」


オデットが舌を出す。ああ、可愛いと見惚れていると、クリスチャンまで顔を赤くしてオデットを見つめている。くそぅ。やっぱりライバルか!


その後、気を取り直したようにクリスチャンが「殺される・・・ってどういうことだ?」と呟いた。


俺はこれまでの事情をクリスチャンに話した。


サットン先生から言われたことを説明すると、クリスチャンは信じられないという顔をした。


「それは妄想の類では・・・?」


「そう思うのも無理はない。実は俺も100%信じているかと聞かれたら自信がない」


俺の言葉にオデットは抗議する。


「サットン先生は嘘をつくような人ではないです!」


まあ、結局そこなんだよな。俺達はサットン先生を信頼しているから妄言ではないと思うけど、知らない人が聞いたらとても信用できる話ではないんだ。


オデットが躊躇いがちにクリスチャンに尋ねた。


「サットン先生はクリスチャンの好物はチェリーパイって言ってました。違いますか?」


クリスチャンがポカンと口を開ける。


「・・それはアランも知らなかったよな?」


「ああ、俺もオデットから聞くまで知らなかった」


「両親にも話したことないのに・・」


戸惑うクリスチャンはまだ半信半疑ながらも俺達の話を聞く気になったようだ。




事情を聞いたクリスチャンは呆気に取られて手で口を覆う。


「・・・じゃあサットン先生がこんなにオデットを鍛えたのは・・・?」


「オデットが殺されないように身を守れる力をつけるためだ」


俺は頷いた。


クリスチャンは腕を組んで考え込む。


「学院で僕とダミアン先生が鍵になるってサットン先生は言っていたのか?」


オデットが頷いた


「出来たら味方で居てもらった方が良いって言っていました。せめて敵に回さないようにって」


クリスチャンが慌てたように「僕は完全にオデットの味方だから!」と彼女の手を握る。


俺がバシッとその手を叩いて落とすと、クリスチャンは「あ・・ごめん」と我に返って俺に謝った。


いや、いいよ。こっちこそごめん・・さすがに俺も器が小さいと反省した・・・。


リュカだったらもっと大人の余裕を見せてたんだろうな・・・と自嘲すると、不意にピンク頭が言っていたことを思い出した。


「あのピンク頭はリュカがオデットを殺すって言ってたな」


「リュカって誰だ?」


クリスチャンが戸惑っているので、オデットに許可を取ってリュカとの事情も説明した。


「・・・去年の卒業生で過去最高の成績で卒業した生徒がいたと父上が興奮して話していた。剣術も魔法も全試合優勝だったと・・・。そうだ。確かにリュカっていう名前だった。僕は彼を越えなくてはいけないと入学前に父上から命じられたんだ」


クリスチャンが呆然と呟く。


「彼がオデットの婚約者だったのか・・・」


オデットの切ない表情を見ると心臓が締め付けられるように感じてしまう。


溜息をつきながら、


「オデットは公爵家を守るために俺と婚約したんだ」


と裏事情を説明すると、クリスチャンの瞳の奥にかすかだけど希望の光が灯ったような気がした。俺達はお互いに好きあって婚約した訳ではない、と。


しまった!余計な希望を与えてしまったか、と後悔する。


ライバルを増やしたくないのに。くぅ・・。


オデットは俺達の攻防戦に全く気が付かない。呑気なもんだ。


「でも、ミシェルは私がヤン、リュカのお父さんを殺したからそれを恨んでリュカが私を殺そうとするって言ってたのよね?私はヤンを殺してないし。殺すつもりなんてないし・・・」


オデットの言葉に俺は頷く。


「確かにな・・・。それ以外にリュカがオデットを殺したくなる原因はあるか?」


オデットは首を横に振る。


「分からない。リュカとはずっと仲が良かったし・・」


「やっぱりリュカ以外でオデットを憎む理由がある奴を探した方がいいな」


俺の言葉に二人とも頷いた。


クリスチャンが心配そうな表情を浮かべる。


「ダミアン先生は貴族嫌いで有名なんだ。味方になってくれるかどうか・・・微妙だな」


「敵にならなければいいと思う。私は希少属性だからダミアン先生とマンツーマンで授業があるって学院長が言っていたわ。だから、その時に話をする機会があるかもしれない」


オデットが気合を入れるように拳を握りしめた。


また、ライバルが増えないといいんだけど・・・という心の声は無視して俺は笑顔を浮かべた。


「そうだな」


クリスチャンが頭を掻きながらオデットに質問する。


「・・・魔王復活を阻止する聖女と神子の話だけど、サットン先生はもう神子は召喚されていると言っていたそうだね?」


オデットが頷くとクリスチャンは真剣な顔つきになった。


「それは事実だ。12年くらい前に異世界から神子が召喚された」


俺は思わずクリスチャンに掴みかかった。


「っ・・どういうことだ?」


「アラン、落着け。僕は既に父上の執務を引き継いでいる話はしただろう?」


「ああ、ベルナール公爵は高齢で体調が良くないから、という話は聞いた。公爵は大丈夫か?」


「父上は大丈夫だ。・・それで・・父上の執務室で神子召喚に関する幾つかの文書を見たことがある。極秘扱いされていたが・・」


「極秘裏に神子を召喚したと?」


「ああ、人心をいたずらにかき乱さないためだ。君は、僕達が3年生になった時に『神龍の聖女』を探すよう神龍のお告げが下ると言っていたね?」


「サットン先生はそう言っていたわ」


オデットが言う。


「それと同様に12年前に神龍のお告げが下ったんだ。『神龍の神子』を召喚するように、と」


クリスチャンは溜息をついた。


「僕もその当時の事情は全く分からない。ただ『神子』も『聖女』も現れるタイミングは神龍にしか分からないということだ」


「しかし神龍のお告げがあったということは魔王復活が近いということだろう?」


俺が訊くとクリスチャンは同意した。


「そうだ。国にとって深刻な事態だ。だが、対となる『神龍の聖女』のお告げが来るまでは魔王復活はないとされている。『聖女』のお告げがいつ来るか戦々恐々としている雰囲気は記録からも伝わってきた。その秘密は国王と三大公爵家の長のみに共有されている」


モロー公爵も三大公爵の一家だ。ということは・・・?


オデットを見ると、彼女の顔も蒼白だった。


「・・お父さまは知っていたということね」


「「そうなるな」」


俺とクリスチャンが同時に応えた。


オデットは気を取り直して俺達に質問する。頬に少しだけ赤みが戻った。


「サットン先生は私が聖女になったら神子と協力して魔王を封じるようにって言ってたの。二人でどうやって協力するのかしら?」


「聖女は魔法陣を使って異次元への扉を開けるんだ。神子はその扉から異世界に戻る。その時に魔王も一緒に引きずり込んで時空の狭間に魔王を閉じ込める。・・と記録には残っている」


クリスチャンがよどみなく答える。へえ、そうなんだ。知らなかった。


「神子召喚はどこで行われたんだ?」


俺の質問にもクリスチャンはスラスラと答える。


「ガルニエ領に昔魔王が封じられたとされる古い教会があるんだ。その教会には異世界への扉があると言い伝えられている。・・異世界とこの世界をつなぐ出入口というか」


俺はクリスチャンの知識に感銘を受けた。俺はそんなの全然知らなかった。王太子なのに・・ちぇっ。


「だから神子召喚もそこで行われたという記録を見た。ただ、神子がその後どうなったかの記録はなかった。・・・それから召喚を行ったのはダミアン・フォーレだと記載されていた」


ダミアン・フォーレ!?


例の教師か!やはり鍵を握る人物だから敵に回すなとサットン先生は忠告したのかもしれないな・・・。


オデットを見ると少し顔色が蒼い。


「オデット、大丈夫か?」


彼女の頬に手を当てる。


「ありがとう。アラン。ごめんね。ガルニエ領って聞いたら動揺しちゃって・・・情けないわ」


ああ、リュカの結婚相手はガルニエ伯爵夫人だったか・・。


オデットの心にはまだリュカがいる。それは仕方がないと分かっているが、嫉妬が止められる訳ではない。器が小せえな、と内心自分を嘲笑う。


すると、オデットは真っ直ぐに俺の目を見つめた。


「アラン。ありがとう。あなたのおかげで私は前を向いていられるんだと思う」


俺は胸がドキドキして「おうっ」という変な声が出てしまった。クリスチャンが羨ましそうに俺を見る。ザマーミロ!



帰り際、オデットは夕食とデザートの残りを俺達に持たせてくれた。


やったぜ!絶品チーズケーキ!と脳内でコサックダンスを踊る。


ふと隣を見るとクリスチャンも満面の笑みでチェリーパイを見つめている。


俺達はすっかり胃袋を掴まれてしまったな、と笑いたくなった。

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