第20話 アラン ― 魔法の属性テスト(前編)


相変わらずオデットへの強い風当たりは続いていた。


クラスで彼女に話しかける者はいない。


オデットは俺からも距離を取っている。俺と親しくすると女生徒の嫉妬の視線がきつくなるとオデットは説明した。


だから、教室ではあまり馴れ馴れしくしないように俺も気をつけている。


あのミシェルとかいうピンク頭が悪評を流している証拠は掴めていないが、彼女がオデットに敵意を持っていることは明らかだ。


ピンク頭は俺が独りの時を見計らって、俺に付き纏う。


「アラン様、チーズケーキお好きでしょ?私の手作りです。どうか召し上がって下さい。うふふ」


「あの女狐に騙されてはいけません。彼女は残酷で傲慢な悪役令嬢なんですよ」


「いずれ彼女は殺されますから。私はアラン様とハッピーエンドですぅ」


彼女の言葉をずっと無視していたが、最後のは聞き捨てならない。


「オデットはなんで殺されるっていうんだ?」


「え~♪アラン様は私と結ばれるためにあの女狐と婚約破棄するんですぅ。その後リュカに殺されるんですよぉ。あの女はリュカのお父さんを殺して、リュカのことも虐待していたので、恨まれてるんですよぉ」


・・・正気か?


「嫌だなぁ。分かってるでしょ~」とベタベタ触ってこようとするこの女の脳みそにはきっと虫が湧いているに違いないと確信した。


鳥肌が止まらない。はっきり言って、怖い。


人は未知の生物に出会った時興奮と恐怖を感じるというが、俺は恐怖しか感じなかった。


俺は慌てて背中を向けて逃げ出した。



教室に逃げ込むとオデットが目に入った。


オデットの落ち着いた佇まいに心が静寂を取り戻す。


「アラン、大丈夫?」


落ち着いた声のトーンと鈴が鳴るような声の愛らしさに癒される。


「あのピンク頭はやっぱりおかしい」


と先ほどの話を繰り返す。


「・・・えーっと、私はリュカに酷いことをしたからリュカに殺されるの、かな?」


「・・・リュカの父親を殺した、と言っていた」


俺はオデットと顔を見合わせて、はぁーーっと深い溜息をついた。


「やはり近づかないのが正解だ。ただ、俺の好物がチーズケーキだと知っていた。荒唐無稽なことを言いながら、時々事実が混じっているのが怖い。俺はチーズケーキが好きだと今まで誰にも話したことがないんだ」


オデットが不安そうに自分の腕で自分を抱きしめた。


やはり心配なんだろう。俺が抱きしめてやりたいが、教室では無理だ。


俺が優しくすればするほど、オデットへの女生徒の風当たりが強くなる。陰口が酷くなる。


『女ってこえーーーよなぁ』といつもながら思った。




今日は午後から新入生の魔法属性のテストがあるので、全員で講堂へ向かう。


俺はオデットと一緒に移動したかったが、オデットはさっさと一人で行ってしまった。


仕方なくクリスチャンと連れ立って歩いていると、クリスチャンまでオデットの批判をしてくるので腹が立つ。


うんざりして


「・・・あのさ、お前オデットの何を知っているわけ?父上もオデットの気性や優秀さを見込んで是非にとモロー公爵に婚約を申し込んだんだ。モロー公爵だってしっかりした人物だろう」


と言うと


「・・確かにモロー公爵は手腕、人柄共に信頼できる人物です。しかし、娘に甘すぎるという弱点があると評判ですよ。甘やかされた我儘で高慢な令嬢がアランに迷惑を掛けているとの噂です」


と返ってくる。


くぅぅぅぅ。甘やかされるどころかオデットが誰よりも努力していることを俺は知っている。


こんなに悔しい気持ちになったのは初めてだ。


でも、クリスチャンは頑固な一面がある。俺の話だけでは判断を変えないだろう。


何とかオデットを直接知ってもらう機会があるといいんだが・・と考えているうちに講堂に着いた。



新入生全員が講堂に集まる。


魔法属性テストを仕切っている教師はダミアン・フォーレと名乗った。


長めの茶髪はボサボサだが、眼鏡越しに見える瞳は聡明そうでなかなかの男前だ。立ち姿も様になる。


近くの女子生徒たちが興奮して「あの先生、カッコよくない?!」と騒いでいる。


こいつがダミアンという教師か。サットン先生が味方につけた方が良いと言っていた。


ダミアンは面倒くさそうに手順を説明する。やる気が全く感じられない。


魔法属性には、土・水・風・火の四大属性の他に希少属性として光と闇がある。


光属性の魔法は魔を払うとされているが、それを有する人間はほとんどいない。


サットン先生によるとピンク頭は光属性なんだよな。


それが判明したら学院側が彼女を特別扱いし始めるだろう。


ピンク頭は益々調子に乗るだろうな。よりにもよって・・・と暗い気持ちになる。


クリスチャンが「大丈夫か?」と俺の肩を叩いた。


俺を心から心配しているように見える。こいつはいい奴なんだ。もっと融通がきけばいいのに。


教壇の上に大きな黒曜石の石板が置いてある。特殊な魔法がかけられた石板だ。


石板には二つの手形の窪みがあるので、そこに両手を置くだけで自分の属性が何か分かるらしい。


一人一人名前を呼ばれて、石板に手を置くとそれぞれの属性に応じた光が発生する。


その光の色で属性を判断するのだ。


土は緑、水は青、風は黄、火は赤、光は金、闇は黒


クリスチャンが呼ばれた。


石板に手を置くと強い緑色の光が発生した。光の強さは魔力の強さを反映しているという。


さすがだな。今までで一番強い光を発している。


しばらく経って俺の名前が呼ばれた。


少し緊張するな。俺を心配そうに見ているオデットと目が合う。


大丈夫だ、と微笑んで見せる。


そっと石板に両手を置くと、体の中の魔力が振動するのが分かった。


そして石板から強い青色の光が発生し、講堂全体が青に包まれた。


ダミアンとかいう教師が頭をボリボリ掻きながら


「さすが王族だな。今日一番の魔力の強さだ。属性は水だな」


と言う。


俺はホッとした。オデットの前でみっともない姿を見せずにすんだ。


俺の次にピンク頭が呼ばれた。得意気に立ち上がるピンク頭を見てげんなりした。


あいつは光属性らしいから大騒ぎになるだろうな、と予想する。


案の定強い金色の光が発生して講堂が騒然となる。教師たちが集まって来た。


色々と議論しているが、ピンク頭は別室に呼ばれたようだ。生徒たちがざわつく。


その後数人が呼ばれて、オデットの順番になった。


クリスチャンはあからさまに嫌な顔をしているし、他にもオデットの陰口を叩いている奴らが何人もいる。


腹が煮えて堪らない。くそっ!


オデットは落ち着いた様子で両手を石板につけた。




・・・・その瞬間!


多くの光が弾けた。



土の緑、水の青、風の黄、火の赤、光の金、闇の黒


全ての色の光が講堂を包む。光の強さもこれまでの誰よりも大きい。


眩しさで目を開けているのが難しいくらいだった。


これまでずっと無関心だったダミアンが驚愕で目を見開いている。光属性が出ても興味なさそうだったのに。


誰もが息を呑んでオデットを見つめていた。


外にいた教師たちも何事かと講堂に入って来て、さっきのピンク頭以上の大騒ぎになった。


オデットは怯えたようにそっと石板から手を離す。


不安そうに俺を見るオデット。もう我慢できない。俺は席から立ち上がりオデットの元に走った。


オデットは教師らに囲まれて、どうして良いか分からないようだった。


俺は教師の間を割り込んでオデットに近づいた。


「オデット、大丈夫か?」


オデットは俺の姿を見て安心したようで、ちょっと目が潤んでいる。なんだ、可愛いじゃないか。


教師の一人が


「殿下、オデット嬢が全属性魔法を使えることはご存知でしたか?」


と問う。


「・・・全属性・・・?それってまるで・・・」


俺は茫然と独り言ちる。


「大昔の伝説の『神龍の聖女』と同じだな」


いつの間にか背後に来ていたダミアンが告げた。

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