第19話 オデット ― 魔法学院一日目
魔法学院の入学式の日、私はアランと寮の前で待ち合わせて一緒に学院まで向かった。
私達は数日前から学生寮に入っているが、男子寮と女子寮は当然分かれている。
私の部屋は個室で料理が出来るようキッチンも付いているので有難かった。
「オデットの部屋はどんな感じ?」
とアランに聞かれたので
「思ってたより静かだし居心地が良いよ。料理も出来るし」
と言うと
「お、料理得意なんだよな?今度俺にも作ってよ」
と返ってきたので、週末にご飯を御馳走する約束をした。
アランには最近ずっとお世話になっているので頭が上がらない。
料理でお返しが出来るなら安いもんだわ、と思った。
学院に歩いていく途中に古びた修道院を見つけた。たまたま目に入ったが、森の奥まったところにあるので気をつけていないと見逃してしまうだろう。
最近『神龍の贈り物』を読んだせいか、その修道院にちょっと興味が湧いた。
私がじーっと見ているとアランから「興味ある?」と聞かれた。
「古い建物の風情が好きなの。中も見られたらいいのに」
と言うとアランが今度許可を取ってやると言ってくれる。
「悪いからいいよ」と遠慮するが「俺も興味あるから」と言われると、それ以上は何も言えなくなる。
入学式ではアランの側近候補のクリスチャンが新入生代表の挨拶をするらしい。
「アランはしないの?」
と訊くと
「うーん、クリスチャンはとにかく親が厳しくてな。昔からなんにでも一番にならないと勘当されるっていうんだ。だから俺は奴に譲ることが多いかな・・。新入生代表も一度は俺に話が来たんだが、クリスチャンに譲ったんだ」
と言う。でも、それって・・・
「それってわざと負けるってこと?そっちのが失礼じゃない?私だったら腹立つけどなぁ」
「そうか・・?」
アランが自信なさそうに言う。
「一生勝ち続けの人生なんて不可能に決まってるじゃない。負けて学ぶこともあると思うよ。私がクリスチャンだったら、わざと負けるとか気を遣われると腹立つな」
アランはしばらく考え込んでいたが、
「うん、そうだな。やっぱりオデットはいいな。俺もこれからは全力で戦うわ」
と笑った。
入学式の後、教室に行く。
幸い私はアランと同じクラスだった。
私とアランが並んで歩いていると、ヒソヒソと噂する声が聞こえてくる。
「・・・見て。図々しい。殿下に無理強いして婚約したくせに、馴れ馴れしい」
「アラン殿下は優しいから拒否できないけど、きっと迷惑がっていらっしゃるわ」
「・・まじムカつく。ホントこの学院から出てって欲しい。嫌われてるって分かってんのかな?」
「め~ざ~わ~り~」
などという陰口を聞くといい気持ちはしない。
でも、サットン先生の言葉を思い出し、心を無に保つ。
すると突然アランが周囲を振り返って
「言っとくが、俺から婚約を申し込んだんだ!勘違いするな。これからオデットに失礼な態度を取る奴は、俺に対して無礼な態度を取るのと同じことだと考えろ!」
と大声で怒鳴った。
周りに居た生徒たちは全員顔色を失って逃げていった。
・・・と思ったら、一人だけ残った生徒が居た。
ピンク色の髪の毛の小動物系の可愛い女の子だ。・・・が、目が完全に据わっている。
これは・・・まずい。ものすごく嫌な予感がして後ずさる。
私を庇うように立つアラン。
「アラン様は騙されています!」
凛とした声で言う女子生徒。
彼女は私をビシッと指さして、
「あんたみたいな悪役令嬢はどのルートでも殺される運命なのよ!」
と叫んだ。
「アクヤクレイジョウ・・・って何?」
と呟くと、その女子生徒は悔しそうに舌打ちして走り去った。
あまりのことに私の体は震えていて、アランが「大丈夫か?」と気遣ってくれる。
「・・・きっとあれがミシェルね?」
と言うとアランが頷いた。
「ああ、変な言動を取ると聞いてはいたが想像以上だ。あいつ、なんて言った?アクヤクレイジョウ・・・?」
「うん、悪役の令嬢ってことかしらね?初めて聞いたけど」
私は足をふらつかせながら教室に向かった。アランが心配そうに支えてくれる。
幸い教室にミシェルはいなかった。
「オデットは嫌がるかもしれないけど、王太子権限を使わせてもらった。ミシェルとは違うクラスだ」
とアランが耳元で囁いた。
いや、実物を見た後では、その心遣いに感謝しかない。
「ううん、ありがとう」
と微笑んだ。
アランは顔を紅潮させて「いや別に」とモゴモゴ言っている。
するとアランの背後に誰かが立った。
「アラン」
と声を掛けたのはさっき入学式で新入生代表挨拶をしたクリスチャンだ。
アランが振り返って
「ああ、クリスチャン。元気か?さっきのスピーチ良かったぞ」
と言う。
クリスチャンは照れくさそうに
「ありがとう。僕は相変わらずだ。アランこそ、大変だったという話を聞いたぞ」
と言いつつ、私に敵意の籠った視線を向けた。
「迷惑しか掛けないような令嬢の相手を無理にすることはないんだ」
とクリスチャンが言うと、アランが立ち上がってクリスチャンの胸倉を掴む。
「あ?誰のこと言ってんだ?俺がオデットに惚れて婚約を申し込んだんだ。なんか文句あるか?」
クリスチャンは真っ蒼な顔をして首をぶるぶると横に振った。
アランが手を離すと慌てて自分の席に戻っていったが、私への敵意のある視線は変わらない。
「やっぱり私嫌われてるみたいね・・・」
「何でこんなにオデットの悪い噂が流れてるんだ?」
と不思議そうに言うアランに
「言い忘れてたけど、サットン先生は私の悪い噂もミシェルの仕業だって言ってた」
と伝えた。
「なに?!・・・・そういえば、サットン先生が奴は魅了(チャーム)が得意だって言ってたな。そうか・・人を操って悪い評判を広めているのかもしれないな・・・」
と溜息をついたアランは
「週末に対応策を考えよう。大丈夫だ。俺が守るから」
と私の耳元で囁いた。
昔はリュカがそう言ってくれたな・・と思い出して『いかんいかん』と首を振ってリュカの顔を頭から追い出した。
未練がましい、と自分を叱咤する。リュカのことは忘れるんだ。彼にはもう美しい妻がいる。
きっともう私のことなんて忘れちゃっただろうな・・・と思うとやっぱり胸が軋んだ。
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