第16話 アラン ― 混沌
*ちょっと時間が戻ります。アランとリュカが会った直後です。
リュカに婚約解消の書類を書いて貰った後、父上のところに戻ると相変わらず議論が紛糾していた。
軍備担当の大臣がいきり立って、即刻関係者全員を死刑にすべきだと喚いている。
父上も今朝は激怒していたが、周囲の混乱ぶりに逆に冷静になったのだろう。
今は落ち着いて皆の議論に耳を傾けている。
父上は戻って来た俺に目を留めた。
「アラン、お前はどう思う?」
俺はゴクリと唾を飲み込んだ。上手く答えなくてはと思うと緊張で指が震える。
「私は過剰反応すべきではないと思います」
私の発言に周囲がざわついた。
父上が「ほぉ?」と言うので話を続ける。
「ヤンは明らかに正常な精神状態ではありません。彼は妻を失った後、神経衰弱と精神疾患を患っていた事実があります」
「しかし、狂った人間があんな魔道具を作れるか?」
父上の質問に俺は自信を持って答える。
「ヤンは元々天才魔道具士でした。妻を失った喪失感を誰も考えたことのないような新しい魔道具を作ることで埋めていたのです。現実に、あのような魔道具を作れる魔道具士が他にいますか?」
そこに居た人々がヒソヒソとざわめいた。
「現存する危険な魔道具はあのドア一つだけです。あれを破壊し、ヤンを監視して二度と魔道具を作らせないようにすれば、他に脅威となるものはありません」
俺は説得力があるように堂々と語った。
「そのヤンは、何故私に襲い掛かったんだ?」
父上は解せないという風に訊ねる。
「ヤンは武器をもっていましたか?」
「いや。何も持っていなかったな」
「誰かを襲撃しようとする時に丸腰で行きますか?」
俺の質問に父上は少し考えた。
「なるほど。では、奴は何をしたかったのだと思う?」
「実験が成功して嬉しかったんでしょう。誰かが寝ていたから、一緒に成功を喜んで欲しくて叫びながら走り寄って行ったのではないかと思います」
父上は唖然とした。
「・・・まさかそんな・・・非常識な」
「ヤンは非常識な人間として有名でした。天才的な魔道具の才能がありながら、生活能力や常識には決定的に欠けていたと息子のリュカが証言しています」
他の人々も呆気に取られたように俺達の会話を聞いている。
軍備担当大臣はそれでも拳でテーブルを叩き「死刑だ!」と喚いているが。
「少なくともヤンに国家反逆の意識があったとは思いません。それにモロー公爵家は無罪です。彼らはヤンが何を作っていたのか全く知りませんでした。妹の夫とその息子が行き場が無くて可哀想だから養っていたに過ぎません」
父上は思案気に頷く。
「また、息子のリュカはモロー公爵の娘オデットとの婚約を解消しました。書類は預かっています。婚約が解消された今、罪人だったとしてもモロー公爵家との間に必要以上に親密な関係は存在しません」
俺は必死で話を続ける。
父上が周囲を見渡して通達する。
「ヤンとリュカは死刑だ。モロー公爵家は爵位剝奪で許そう」
「父上っ!それは・・・あまりに厳しすぎる」
俺の抗議を片手でいなし、「ただし!」と父上は続ける。
「オデットが王太子との婚約を受諾すれば、仮にでも王族の一員となる。特例的な措置として爵位の維持を許すことにする」
・・・俺はそんな脅迫みたいな形でオデットを手に入れたかったわけじゃない!という抗議の言葉を俺はやっとのことで飲み込んだ。
現状、それが一番穏便なやり方だ。オデットがどうしても俺のことを好きになれなかったら、将来的に婚約解消することも不可能ではない。
「寛大なご判断、感謝申し上げます」
と父上に礼をすると、父上は厳めしい表情で頷いた。
その時、扉の辺りから騒がしい物音が聞こえた。
侍従らの「今はお引き取り下さい!」という必死の声を無視しながら、イザベル伯母上が部屋に入って来る。
「シャルル」
と父上に呼びかけるイザベル元王女。若作りも凄まじいが、この迫力。
「・・・姉上。私達は今重要な話し合いの最中なのです。恐れ入りますが、退席願えますでしょうか?」
国王の言葉を聞いて、イザベルはヌラヌラした真っ赤な唇の口角を上げてニヤッと嗤う。
「その話し合いに異議をつけに来たのじゃ。妾(わらわ)はあの男を貰うことにした。死刑は許さぬ」
「はっ!?」と父上が声を出し、周囲の人間も皆固まった。
「妾はあのリュカとかいう男に興味を持ってな。逮捕されたと聞いて会いに行ったのじゃ。妾と婚姻すればリュカと父親の命を助けるだけでなく、モロー公爵家も救ってやろうとな。あの男は条件を呑んだ。もっとも、妾が何もせずともモローは助かったようじゃがの」
哄笑するイザベルに全員が毒気を抜かれた。
父上は元々イザベルに頭が上がらない。
リュカは救われたか、と俺は内心ほっとした。
もっとも、彼女との婚姻が救いになるかどうかは疑問だが・・・。
イザベルと父上の言い争いが始まったが、父上が勝てたのを見たことがない。
時間の無駄だな、と俺は部屋を抜け出した。
自分の部屋に戻って溜息をついた。
俺はオデットに惚れている。
オデットに認められるように日々の勉強や鍛錬も以前の倍以上に増やした。
いつかオデットの心を自分のものにしたいと思っていたが、こんな形ではなかった、と胸の奥に鋭い痛みを感じる。
その時誰かがバルコニーから覗き込んでいるのに気が付いた。
すぐに警護の兵士を呼ぼうとして止めたのは、その不審人物が瓶底眼鏡をかけていて、それがモロー公爵家で俺を叱り飛ばした家庭教師のものとそっくりだったからだ。
俺は用心しながらバルコニーのドアに近づいた。
そいつは真っ黒な変な衣装を着ていた。俺に向かって手を振っている。
俺はそいつを部屋の中に入れた。
不用心だとは思ったが、不思議とそいつからは敵意を感じなかったから。
瓶底眼鏡の縁に指をかけながら、そいつはオデットの家庭教師だと名乗る。
やっぱり・・・。
「アラン王太子殿下。オデットお嬢様には危険が迫っています」
という家庭教師の言葉に
「ヤンの件か?」
と訊ねるとそうではないと言う。
「魔法学院に入学したら、オデット様には敵が現れます。ミシェルというピンクの髪の毛をした小動物系の令嬢です。確か子爵令嬢だったと思います」
なんでそんなことをこいつが知ってるんだ?
「怪しいと思われるのは当然です。信じてくれとは言いません。ただ、情報だけ伝えさせて頂けますか?」
「・・・分かった」
家庭教師は少し嬉しそうだった。
「ミシェルという女は、オデットお嬢様に嫌がらせを受けていると殿下に訴えるでしょう。それらは全て自作自演です。お嬢様はそんなつまらないことをする令嬢ではございません」
「ま、そりゃそうだな」
「ただ、ミシェルという女は男を虜にする魔性の魅力を持っております。非常に強い魅了(チャーム)の魔法を使います」
「俺がその女の虜になると思うのか?」
「分かりません。でも、彼女は妙な薬も使うようです。食べ物に混ぜて殿方を操ります。殿下もどうかお気をつけて」
「承知した。言いたいことはそれだけか?」
「・・・いえ、お嬢様は一つ選択を間違えただけで殺される可能性があります。殿下、どうかオデット様のことを宜しくお願い致します」
殺される・・・?なんでそんな物騒な話になるんだ?
「どういうことだ?なんでそんなことを知っている?」
「申し訳ありません。今説明する時間はないのです。信じられなければ信じて下さらなくでも結構です」
俺は黙って彼女を見つめた。
「今しかお伝えする時間がないと思ったので参りました。不躾な訪問をお許し下さり、誠にありがとうございます」
家庭教師は変な衣装を着ているくせにやけに綺麗な礼をすると、ものすごい速さで再びバルコニーから去っていった。
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