第15話 オデット ― 運命

その日、早朝から公爵邸は騒然としていた。


お父さまは難しい顔をして考え込んでいるし、お母さまは涙を流していた。


サットン先生までもが表情に焦慮を滲ませていて、私は強く動揺した。


「な、何かあったんですか?」


と震える声で聞くと、父上が溜息をつきながら


「私は自宅謹慎の処分を受けた。実際はもっと重い罪に問われることになるだろう。良くて爵位の剝奪か・・・。処刑も考えられる」


と言うと、お母さまが大声で泣き伏した。


私は聞いたことを理解することが出来なかった・・・。


「・・・どういうことですか?なぜお父さまが・・・?」


と聞くと、ヤンが犯した罪と魔道具について説明された。


私は膝がガクガクして立っているのも難しかった。


「お父さまはヤンがしでかしたことと何の関係も・・・」


「いや、ヤンがその魔道具を作っていたのはこの屋敷の離れだ。ヤンを扶養していたのも私だ。言い逃れはできない」


そんな・・・・。震える体を抱えるようにソファに沈み込む。


「・・あの!リュカは?リュカは何も関係ないですよね?」


お父さまは辛そうに首を横に振った。


「残念ながら、リュカは逮捕されて現在王宮で監禁されているそうだ。父親の罪で連座するのは避けられないと思う」


私は世界が足元から崩れ落ちていくのを感じて、呆然と身を震わせているしか出来なかった。


お母さまが私の隣に座って、私を抱きしめる。


「今日の午後には私の処分が決まるだろう。それまでは普通の生活をしていよう。もう最後かもしれないし」


というお父さまの言葉に私とお母さまは抱き合って涙を流した。




一連の事件とモロー公爵家の処分を伝える使者が公爵邸にやって来たのは、その日の深夜だった。


私達も使用人も全員起きて使者の到着を待っていた。



使者が国王陛下らの決定した処分を読み上げる。


ヤン・マルタン及びリュカ・マルタン親子の罪状。


逮捕前にリュカ・マルタンからオデット・モローとの婚約解消届けが提出され、それが受理されたこと。


国家反逆罪とモロー公爵家のつながりは薄いと判断されたが、罰として爵位剝奪の決定がなされたこと。


但し、オデット・モローがアラン王太子との婚約を受け入れる場合、王族の一員の実家として爵位を維持することを特例的に認めること。


なお、リュカ・マルタンはイザベル・コリンヌ・ガルニエ伯爵夫人との婚姻が決まり、特例的な恩赦として死刑を免れたこと。


ヤン・マルタンは精神錯乱状態であると診断され、死刑ではなく療養施設に収容されることが決定したこと。



口上を読み上げた使者は親書をお父さまに渡すと「明日返事を伺いに使者が参ります」と告げて去っていった。


お父さまは眉間に深い皺を寄せて、親書を読み返している。


私の小さな脳みそでは、情報が多すぎて処理することが難しかった。


リュカとの婚約が解消された。


リュカがあの美しいガルニエ伯爵夫人と結婚することになった。


お父さまの爵位剝奪。でも、私が王太子の婚約者になれば助けられる?


胸に剣が突き刺さっているような鋭い痛みに耐える。息が苦しい。心臓に大きな石が載せられているようだ。


でも、私の取る選択肢は一つしかない。お父さまとお母さまと使用人のみんなも助けたい。


サットン先生を見ると泣きそうな顔をしていた。


お父さまはどうしても嫌であれば自分達のために王太子との婚約を受け入れる必要はないと言ってくれた。


私は首を振る。


「リュカは他の方と結婚します。私はリュカでないのなら、誰と結婚しても同じです。ですから、私は喜んで王太子殿下と国のために微力ながら尽くしたいと思います」


お父さまは深く息を吐いて


「明日の朝、また話し合おう」


とお母さまの肩を抱いて部屋に戻っていった。



私も部屋に戻る。サットン先生は話があると私についてきた。


サットン先生は私の部屋に入ると初めて瓶底眼鏡を外した。


思いがけなく若々しく魅力的な顔貌が現れて、私は驚いた。


しかし、黒曜石のような黒い瞳は焦りの色が強い。


先生がこんなに動揺しているのは初めてで、私は不安を覚える。


「オデットお嬢様はもう王太子の婚約者になる覚悟を決めたのですね?」


私は頷いた。


「私は公爵家を守りたい。それに、リュカと結婚出来ないのであれば、誰でも同じなの。こんな気持ちだと王太子殿下には申し訳ないけど・・・」


アランの顔を思い浮かべて、罪悪感を覚える。


「ごめんなさい。私の力不足で・・・」


というサットン先生の言葉に私は戸惑った。


「先生・・別に先生のせいじゃないですよね?」


「私はあなたの運命を変えたかった。だけど、ゲームの強制力で・・」


「え?」


聞きなれない言葉に私が聞き返すと、サットン先生は咳払いして


「いえ、何でもないわ。気にしないで。私は昔この世界の預言書を読んだことがあるの」


「預言書?」


突然の話に私の頭は混乱する。


「ごめんね。こんなこと突然言われても混乱するよね。でも、私の言うことを信じて欲しい。あなたは魔法学院で危険な目に遭うの。最終的には殺される運命にあるのよ」


先生の言葉遣いも完全に変わって、私の混乱した頭は更にパニックになる。


絶句して口をパクパクしている私を先生は優しく抱きしめた。


「でも、あなたを死なせたくない。だから、どんな目に遭っても自分の身を守れるように訓練をしてきたつもりよ。あなたは私の自慢の生徒だわ」


先生が初めてニッコリと笑った。


「オデット。あなたが魔法学院の3年生になった時に魔王復活が近くなり、魔獣が王都を跋扈するようになるの。神龍のお告げが下り、魔王復活を阻止するために『神龍の聖女』を探すことになるのよ」


し、神龍の聖女・・・?


「聖女候補には体のどこかに紋章の形をした痣が現れるの。オデット。あなたにも現れるわ」


ええっ!?


「他にも何人か候補がいて、真の聖女を選ぶために幾つかの試練を乗り越えないといけないの」


試練・・・?


「私は最初危険な運命を避ける方針だったの。でも避けても結局運命が追いかけて来ることが分かった。だから、敢えて闘って勝つ方が良い気がする」


「どういうことですか?預言書は全てを詳(つまび)らかにしてくれるのではないのですか?」


「そうじゃないの。沢山の分岐があってね・・・分岐っていうのは運命の分かれ道というか・・・。あなたの選択でも未来が変わると信じたい。だから、オデット。あなたが聖女になるべきだと思う。それだけの実力はあるはずよ」


「ごめんなさい・・良く分からないんですが、要は試練を乗り越えて聖女を目指せということでいいですか?」


「もちろん、正当なやり方でね。不正は絶対にダメよ」


そりゃもちろん、と頷く。


「神龍の聖女になったら、異世界から来た神龍の神子と一緒に魔王を封じるのよ」


「神子・・・って?」


「神子は異世界から召喚されるの。実はもう召喚されているわ」


「その人はどこに・・?」


「神子のことは後で考えればいいわ。あなたはまず聖女になることを考えて」


私は黙って頷いた。先生が話を続ける。


「強力なライバルがいるの。ミシェルっていうピンクの髪の小動物系の女も聖女候補よ。あなたと同学年になるわ。彼女は敵よ。近づかない方がいいわ。性格も悪いし」


吐き捨てるように言う先生が珍しくって、目を丸くした。


「言葉が乱暴でごめんね。でも、ミシェルも預言書を読んでいるはずよ。だから、あなたが罠に嵌められないか心配なの。最近あなたの悪い噂が流れているのも、彼女の仕業よ」


ええっ!?なんで?私は会ったこともない人に嫌がらせされてるの?


「ミシェルは光属性の魔法を使うわ。学院で自分の魔法の属性を調べるでしょ?確かオデットは土属性だった気がするんだけど・・・。試練の時に光属性は有利なの。だから、そこはあなたの知恵と身体能力でカバーして頂戴」


「・・・はい」


私は不安で一杯だった。こんな状況でもサットン先生は辞めてしまうんだろうか?


サットン先生は悲しそうに私の頭を撫でる。


「ごめんね。本当はもう少し居られるはずだったんだけど・・。事情が変わって私は今夜ここを発たなければならないの」


私は衝撃で言葉が見つからなかった。指先が震える。


「先生がいなくなって・・・私は殺される運命なんですか・・・?」


先生は溜息をついた。


「私はあなたが王太子の婚約者でいると殺される確率が高いと思ったの。だから、運命を変えるために王太子との婚約を避けようとしたわ。でも、避けられなかった。さっきも言ったように避けようとすると運命に負けるのかもしれない。だから、私は敢えて戦うことを勧めるわ」


「私は誰にどうやって殺されるんですか?」


先生は複雑そうな表情だ。


「それは・・・可能性が多すぎて分からないの。でも、生き残る可能性はあると信じている。私はそのようにあなたを育てたつもりよ」


「・・・そう、ですか」


私はどうしていいか途方にくれた。リュカが去り、先生までいなくなってしまって、私はどうしたらいい・・?


「自分の信じる道を行きなさい。自分の道は自分で切り開くのよ。オデット」


先生は私の顔を見つめて、両手を握りしめる。


「さっきも言ったように、ミシェルには近づかない方がいいわ。足元をすくわれるかもしれない。でも、他にあなたの運命の鍵を握る人物が二人いるの」


私は真剣に頷いた。


「一人はダミアンという学院の教師よ。彼は過去に辛い経験をしていて貴族を嫌っているわ。貴族の子女を教える学院で働いているのは皮肉だけど。彼はクルミのケーキが好物よ!」


・・・好物が重要なのか・・・な・・?


「もう一人はクリスチャンというベルナール公爵の子息よ。彼は王太子の側近候補で、3年生になったら生徒会長になるわ。彼の好物はチェリーパイよ!」


・・・うん、好物が重要そうなのは分かった。


「昔から言っているでしょう。殿方の心を掴むにはまず胃袋からよ。どちらもあなたの得意料理ね?」


「はい。何度も作りましたから、レシピも覚えています」


「その二人を味方につけた方が良いと思う。味方は無理でも、敵に回さないように。あなたなら大丈夫よ。あなたが思うようにやってみて」


「はい。分かりました。あの、あと聖女の試練ってどんなものなんですか?」


「魔獣と闘ったり、暗号を解いたり、色々よ。それも変わるかもしれないし・・・。あまり役に立てなくてごめんなさい」


先生は申し訳なさそうに言う。


「いえ、指針を示して頂けただけでも有難いです。私は絶対に死にません!」


先生は再び白い歯を見せて笑った。今日は一日に二回も先生の笑顔を見た。すごい日だ。


先生は私を抱きしめて


「リュカのことは・・・ごめんなさい」


と囁く。


私は一番目を背けたかった現実を思い出して、再び心が真っ黒な闇に沈んだ。


先生はもう一度私を抱きしめて、お休みと言いながら去っていった。その瞳に涙はなかったが、私に対する愛情に溢れていた、と思う。


私は二度と先生には会えないかもしれないという予感がした。


信頼していた先生が去り、リュカを失った。しかも、数年後には殺される運命だと言う。


世界が暗転して、私に未来はないように感じられた。


幼い頃から、悲劇のヒロインになるな!泣けばいいと思うな!としょっちゅう先生に叱られたが、今はどうにも感情をコントロール出来なかった。


自分の中にこんなに涙が存在したなんて信じられないくらい泣いた。


リュカ・・リュカ・・会いたい・・・怖くて仕方がないの。


そのまま泣き疲れて私は眠ってしまったらしい。

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