第14話 リュカ ― 父ヤンの過失

卒業パーティの日、俺はオデットを迎えに行った。


支度を終えたオデットは女神が光臨したのかと思う程美しかった。


緑色のドレスは予想通り、彼女にとても似合っていた。金髪にも綺麗に映える。裾が大きく広がったオーガンジーのドレスの胸元には繊細な刺繍が施してある。


肩が開いたドレスで、髪をアップに結っているからうなじから肩の線が良く見える。華奢なうなじが艶っぽくて他の男には見せたくない。


あまりの美しさに、しばらく固まったまま動けなかった。


「・・・言葉にならないよ。綺麗だ。この世の何よりも。ドレスも似合ってる」


と俺はオデットの手を取った。




会場では令嬢達が相変わらず下らない悪口を甲高い声で喋り散らす。


オデットに関することは許せないと、そちらを睨みつけると令嬢達が慌てて離れていった。


「・・・くそっ、男だったら決闘を申し込んで叩き潰してやるのに!」


何故かオデットには悪評が付いて回る。誰かが意図的に悪意を持った噂を流しているのではないかと疑いたくなるほどだ。


こんなに噂が憎いと思ったことはない。


するとオデットは俺を宥めるように、サットン先生の『愚か者の悪意は傷つく価値もない』という言葉を教えてくれる。


サットン先生は常に賢明だ。


「オデットは強いな」


とオデットの愛らしい顔を見つめた。どれほど見つめていても飽きることはない。


「そういえば、来年からオデットは魔法学院に入学だろう?学院は全寮制だし、サットン先生はどうするんだ?フランソワのために残るのか?」


「ううん。サットン先生はもう辞めることが決まっているの。私が入学する前に屋敷を離れるって。寂しいけど・・・」


「そっか、サットン先生がいなくなるなんて信じられないな。公爵邸の主みたいな迫力があったからな」


「確かに!」


オデットは噴き出した。




でも、何とか噂好きの性格の悪い令嬢達に一矢報いてやりたい。


俺が好きだからオデットの傍にいるんだと分からせたい。


あと、オデットに無遠慮な視線を向けてくる男達にも、オデットは俺のものだと知らしめてやりたい。牽制が必要だ。


そう思った俺は、賞を授与され国王陛下から賜る言葉を礼で受けた後、拍手が止まない内にオデットの指先に口付けをした。


オデットの全身が真っ赤になった。可愛すぎて、他の男に見せたくない。


拍手と冷やかすような歓声と悲鳴のような令嬢達の声で会場が騒然とする。


その後のダンスで、オデットから


「突然あんなことするからびっくりしたよ」


と文句を言われた。


「俺が誰のものなのか分からせるには一番効果的だったと思うよ」


と、オデットの腰を強く引き寄せながら、


「俺はオデットにしか興味がない。それをアピールしないとな」


俺はウインクを決めた。


オデットと結婚するまであと3年か・・。俺の中の理性と欲望との闘争は続く・・・。


でも、3年間我慢すれば、オデットと正式に結婚できる。それは確かな希望で、俺は自分の未来に何の憂いも懸念も持っていなかった。





翌朝、俺は魔法学院の寮の部屋で眠っているところを、王宮の憲兵らに急襲され捕縛された。


「・・・っ、何をするっ!?」


「王宮から逮捕状が出ています」


という憲兵の言葉に呆気に取られる。


「俺が何をした?!罪を犯すようなことはしていない!」


「弁明は王宮で聞きます」


冷たい憲兵の声に逆らうのは得策ではないと咄嗟に判断した。


「分かりました。抵抗はしませんから、縄を解いてもらえませんか?」


「それは出来ません」


「そうですか・・・」


騒動を聞いて様子を見に来た隣室のヴァンサンが呆然として俺達のやり取りを聞いている。


「ヴァンサン、大丈夫だ。何かの誤解だ。俺は何もしてない!」


と叫ぶ。




王宮に連れて来られた俺はどこかの部屋に監禁された。部屋の外に見張りも二人ついている。地下牢でないだけましなのか?と自嘲する。


一体何が起こったんだ・・・?!


するとドアが開いてアラン王太子が入って来た。


「しっ」と指を口に当てる。


顔面蒼白な彼の表情を見ると、事態がどれだけ深刻であるか分かるような気がした。


ゴクリと唾を飲み込む。


「何があった?」


声をひそめて訊ねる。


アランは溜息をついて


「お前の親父だ」


と言った。


「何故放置しておいた?」


と咎めるように言う。


「・・・父さんが・・何を・・?」


足元の地面が崩れていくような感覚がある。


父さん、父さん、一体何をしたんだ・・・?


「恐ろしい魔道具を作ったな?」


と訊かれて、俺は全く思い当たらなかった。


俺の表情を見て、アランが舌打ちする。


「夕べ深夜、お前の親父は突然国王夫妻が眠る寝室に現れた。訳の分からないことを叫びながら、就寝中の両陛下に襲い掛かったそうだ」


俺は完全に膝から崩れ落ちた。脳が真っ白になり思考が停止する。


父さん・・・・。何を・・やってるんだ・・・!?


「父上は武術の達人だ。難なく撃退した。・・・心配しなくてもヤンの命に別状はない。かすり傷を負ったくらいだ」


アランは俺の表情を見て、先回りして答えてくれる。


「問題はどうやって侵入したかだ。王宮には高度な結界が張られている。転移魔法も特定の場所でしか使えない。国王陛下の寝室には国家最高レベルの警備体制が敷かれている。当然誰も侵入できるはずないんだ!」


・・・・・俺は嫌な予感がした。


「その場にはドアのようなものが置いてあった。単なるドアだけがあったんだ。どうやらそのドアが何らかの魔道具になっていて、それを使って侵入したらしい」


俺は頭を抱えた。あの・・・空間をつなぐとか言っていたドアか?


俺は知っていることを全てアランに話した。


アランは茫然自失としていた。


「・・・空間をつなぐ魔道具?そんなことが可能なのか?」


「俺も・・そんなことが可能だとは信じられなかった。だから、止めなかったんだ。・・・話を聞いた時に父さんを止めるべきだった」


俺は悔しさと後悔で拳を握り締めた。


「そんな魔道具の存在が公になったら、この世界のどこに行っても安全な場所はなくなる。王族は常に暗殺の危険に脅かされることになる。国防だって意味をなさなくなるだろう」


アランの言葉に納得する。


確かに・・・結界を無視してどこにでも好きなところに行けるということは恐ろしい危険を孕んでいると今更ながら気が付いた。


「お前の親父は国家反逆罪で死刑になる。悪いが、これは避けられない。国王を襲撃したんだ」


理性では仕方がないと分かっていても、感情がどうしても受け入れられない。


父さんが処刑・・・・。考えただけで、全身の力が抜けるほど恐ろしい。母さん・・ごめん。父さんを守れなかった・・・。


「問題はお前とモロー公爵の処分だ。恐らくお前も処刑されるだろう。国家反逆を企む男を養って支援していたモロー公爵も、罪に連座して処刑されるかもしれない。最低でも爵位の剝奪は免れないだろう」


俺はばっと顔を上げた。それはダメだ。公爵は全く関係ない。


大恩ある公爵家に対して何てことをしてしまったのか、とまた父さんが恨めしくなる。


「俺はどうなっても構わない。だが、公爵家だけは何としても助けて欲しい。特にオデットは・・・」


オデットとの未来が完全に無くなったことだけは実感でき、情けないことに涙が溢れてきた。


「・・オデットと公爵家は助けてくれ。頼む。何でもする!」


俺はプライドも何もかもかなぐり捨てて、床に這い蹲ってアランに助けを請うた。


「・・・すまない。俺にもどうしようもないくらい事態は深刻なんだ。あんな魔道具があったら、クーデターだって簡単に起こせる。父上は激怒しているし、王宮は混乱して大変なことになっている」


俺は足に力が入らず、立ち上がることが出来なかった。


公爵家に何かあったらオデットも無事ではいられない。それが父さんのせいだと思うと、憤りと申し訳なさで体中の血が逆流しそうだった。


「正直、お前とお前の親父は難しい。でも、公爵家は助けられるかもしれない。お前達との関係を極力断つんだ。オデットとの婚約を解消してくれるか?」


と聞かれた時、俺は最後の希望が打ち砕かれるのを感じた。


確かにその通りだ。俺達父子との関係が薄い方がいい。


俺は人生で一番苦しい選択をした。オデット・・・。


俺は失意の中、婚約解消に同意した。


「俺は確かにオデットに惚れているが、それが原因で婚約解消を勧めている訳ではなくて・・」


アランが言い訳がましく続けるが、それは疑っていない。


誰が考えても、婚約解消は今出来る公爵家を守るための方策の一つだ。


「アラン、大丈夫だ。そんなことは疑っていない。オデットのことを考えてくれて感謝する。どうか、オデットを守って欲しい。俺はもう・・・出来ないから・・・」


アランの顔が苦痛を我慢しているかのように歪んだ。


「俺はこんな形を望んだことはない!せ、正々堂々とオデットを奪うつもりだった」


というアランの振り絞るような声を聞いても、俺の心は何も感じることが出来なかった。


オデットを失うことが俺の心を凍り付かせてしまったようだ。


アランはこれから使者が公爵家へ遣わされるから、その時に婚約解消の書面を届けたいという。


俺はアランに言われるがままオデットとの婚約解消を求める書面に記入した。


他にも幾つか質問をした後「俺に出来る限りのことはしよう」と約束して、アランは出て行った。


アランが去った後、俺は床に崩れ落ちた。拳で床を何度も叩く。拳から血が流れだしても叩き続けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る