第13話 オデット ― 天覧試合と卒業パーティ


天覧試合の日。


私はお父さまやお母さまに挟まれて来賓席に座っていた。


今日はフランソワも同行しているが、彼は学生に混じってエレーヌの隣の席にちゃっかり座っている。


ヤンにも声を掛けたが断られた。新しい魔道具の完成が近いので集中したいのだという。


会場で、一番上の特別席は王族のためのものだ。国王陛下と妃殿下の隣にアラン王太子が不機嫌そうに座っている。


不意にアラン王太子と目が合う。すると彼が笑顔で手を振ってきた。


私も小さく手を振り返すと周囲の観客がざわついた。


し、しまったかも・・・。


やっぱり王太子の一挙一動は目立つ。


しかも、巷の噂では『我儘な公爵令嬢のオデットが無理矢理王太子の婚約者になろうとして失敗した』とまことしやかに囁かれている。


どんな噂になるか分からない。気をつけよう、と前を向くと突然鋭い視線を感じた。


敵意が感じられる・・・気がする。


慌ててキョロキョロ周囲を見渡すが、視線の主は分からない。


おっかしいなあ。気のせいかな・・・


「オデット、落ち着きがないわよ」


お母さまに注意されて、急いで居ずまいを正した。


その時、大きなどよめきと共に迫力満点の美女が数人の筋肉モリモリのイケメン男性を引き連れて会場に現れた。


大きく胸元が開いた煽情的なドレスで、立派な谷間が強調されている。すごい・・・。目が離せない。


私は自分の胸元を見下ろして、そっと両手を置いた。


・・・きっと、大きさだけじゃない、と自分に言い聞かせる。


その美女は当然のように国王陛下らが座る特別席に向かう。


国王陛下が立ち上がって彼女を迎えている。彼女の方が偉そうだ。


「お母さま、あの方は?」


と小声で聞くと


「ガルニエ伯爵夫人よ。未亡人でいらっしゃるの。国王陛下の姉君でいらっしゃるので、昔はイザベル王女と呼ばれていたわ」


と小声で教えてくれた。


・・・国王陛下って今おいくつだっけ?多分40歳近い気がするけど、それより年上ということよね?


若く見えるわぁ。あの美貌とスタイルを維持するコツを教えて欲しい。


その時、大きな歓声が上がった。


試合場に決勝トーナメントの出場者が現れたのだ。


出場者は8名いると聞いている。


一人一人名前を呼ばれて登場するたびに大きな拍手が巻き起こる。


最後に


「リュカ・ヴィクトル・マルタン!」


というコールと共にリュカが現れると今までの比ではない大歓声に会場は包まれた。


女性の黄色い声は悲鳴に近い。夢中になって手を振りながら泣いている女性もいて、びっくりする。


リュカは堂々と観客に向かって手を振る。一瞬私と目が合った気がするけど、気のせいだよね。こんなに大勢の観客の中で私を見つけられるはずないし。


試合が始まっても、リュカは絶対的ヒーローだった。


相手に比べて、リュカの剣は段違いに早い。スピードだけではない。太刀筋の正確さや力強さでも遥かに勝っているように感じた。


試合後の凛々しい姿に黄色い歓声が更に高まった。


圧倒的な力の差を見せつけて優勝したリュカの姿を目に焼き付けながら、嬉しい反面リュカがどこか遠くに行ってしまったような寂しさに襲われる。


若い女性達は皆うっとりとリュカに熱い視線を送っている。


エレーヌが言った通り、学院一のモテ男なんだな・・・と実感した。


国王陛下が優勝者と出場者を礼賛するスピーチをしている間も内容が全く頭に入って来ない。


ただ、無性にリュカに会いたかった。会ったら抱きしめてくれるかな・・と心の中で独り言ちた。




「オデット、何かあった?」


天覧試合の後、帰省したリュカが心配そうに尋ねる。


何でもないよって言ったけど、リュカは追及を止めない。


「何かあったんだろう?元気ないし」


何度も聞かれるので、仕方なく


「リュカはすごい人気者なのね」


と少し拗ねて言うと、


「えっ?何が?」


との返事だった。


「生徒会長だし、カッコいいし、文武両道だし、きっと人気あるんだろうなとは思ってたけど。予想以上にリュカが人気者で・・・リュカが遠くに行っちゃったみたいで、ちょっと寂しかった」


こんなこと言う自分が恥ずかしくて目を逸らしながら早口に言うと、リュカが急いで立ち上がって、私の両手を握る。


何故か顔が紅潮していて、嬉しそうだ。


「・・・可愛すぎてたまんない。もっと言って」


「そんなに言えないよ。恥ずかしいから」


リュカはニッと笑うと私の手の甲にキスをする。


あっという間に赤面した私にリュカが、


「今度卒業パーティがあるんだ。オデットも俺のパートナーとして参加してくれる?」


と蕩けそうに甘い顔で囁く。


・・・そ、卒業パーティ!?


「わ、私でいいの?」


「俺が他の誰かを望むと思う?」


私は真っ赤になって頷いた。胸のドキドキが止まらなかった。




卒業パーティの日は朝から大騒ぎだった。


リュカとお母さまは私に内緒で結託して、新しいドレスを作ってくれていた。


緑色のドレスは私の瞳の色に合わせてくれたんだろう。


お母さまや侍女たちと一緒に相談しながら、髪型やアクセサリーを決めていく。


そんな作業も楽しかった。


支度が終わった私を迎えに来たリュカは、私を見て数秒間固まったまま動かなかった。


「・・・言葉にならないよ。綺麗だ。この世の何よりも。ドレスも似合ってる」


と優しく私の手を取った。




卒業パーティの会場は豪華に飾り付けられていた。


色とりどりのドレスが舞う華やかな空間で、私は自分が場違いな存在に思えて気後れしてしまった。


来年には私も魔法学院に入学する予定なのに、そこに居る女性たちは皆私よりも遥かに大人の女性に見えた。


リュカが「大丈夫だ」と言うように手をギュッと握って、甘い笑顔を見せてくれる。


それを見た令嬢方が黄色い歓声を上げた。


彼女たちの囁きが嫌でも耳に入ってくる。


「・・・リュカ様・・素敵」


「一緒にいるのは誰?随分地味ね。まあ多少顔は整ってるけど、華やかさはないわね」


「まだ子供じゃない?」


「・・・ああ、婚約者?」


「あの、例の我儘を言って強引に王太子と婚約しようとした公爵家の・・・」


「公爵も手を焼いているそうよ・・・」


「リュカ様も気の毒に・・・変な令嬢に引っかかって」


「きっと無理強いされて・・ねえ?」



相変わらず悪意ある言葉が多い。


リュカが怒って、そちらを睨みつけると令嬢達が慌てて離れていく。


「・・・くそっ、男だったら決闘を申し込んで叩き潰してやるのに!」


苛立つリュカにサットン先生の『愚か者の悪意は傷つく価値もない』という言葉を伝える。


リュカは微笑んで


「オデットは強いな」


と褒めてくれる。


「そういえば、来年からオデットは魔法学院に入学だろう?学院は全寮制だし、サットン先生はどうするんだ?フランソワのために残るのか?」


「ううん。サットン先生はもう辞めることが決まっているの。私が入学する前に屋敷を離れるって。寂しいけど・・・」


最初は怖くて堪らなかったサットン先生は、今では何でも相談できる大切な存在になっていた。


「そっか、サットン先生がいなくなるなんて信じられないな。公爵邸の主みたいな迫力があったからな」


「確かに!」


私は噴き出した。


「そういえば、天覧試合でリュカが登場した時、私リュカと目が合った気がしたの」


と私が言うと


「ああ、オデットがどこにいるかすぐに分かったよ。オデットに向かって手を振ったんだ」


至極当然のようにリュカは答える。


「あんなに人が沢山いたのに?!」


「俺はオデットがどこに居ても、どんなに人が多くても絶対に見つける自信があるよ」


リュカは優しく微笑みながら、私の頭を撫でた。



その日、リュカは多くの賞を授与され、国王陛下直々に賞詞の言葉を賜った。


皆の拍手に包まれて、リュカは私の手を取りそっと指に口付けをする。蕩けるような甘い笑顔を私だけに向けながら。


突然のことで顔が熱くなる。


拍手と冷やかすような歓声と悲鳴のような令嬢達の声で会場が喧騒に埋め尽くされた。


その後ようやく落ち着いて、ダンスが始まった。


私はリュカと踊りながら、


「突然あんなことするからびっくりしたよ」


と文句を言う。


リュカは私を見つめながら、


「俺が誰のものなのか分からせるには一番効果的だったと思うよ」


と、平然と言ってのける。


「俺はオデットにしか興味がない。それをアピールしないとな」


リュカが完璧なウインクを決めた。


その日、私の目にはリュカしか映らなかったし、リュカも熱い視線をずっと私に向けていた。


私が魔法学院を卒業する3年後には結婚できると思うと楽しみだけど待ち遠しい。待ちきれない気持ちが逸る。


それでも自分達の未来が明るいと信じて疑わなかった。そんな夜。


翌日あんな事件が起こるなんて予想もしていなかった。


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