第7話 アラン ― オデットとの出会い
「おい、お前。なんでこんなところに居る?」
と俺は古臭いドレスを着た瓶底眼鏡の女に声を掛けた。
俺はアラン・シャルル・リシャール。この国の王太子だ。
その時、俺は心底退屈していた。こんなお茶会に何の意味がある?
俺の未来の婚約者や側近候補を探すためのお茶会を父上がわざわざ催してくれたのには感謝している。
でも、俺はこんなお茶会に来て必死で媚びようとしている女たちには興味ない。
案の定、ケバケバしく着飾った女たちが集まった。香水臭くて吐き気がする。
うんざりしていた時に、お茶会から隠れるように遠く離れたベンチに少女が独りで座っているのに気が付いた。
多分、国王主催のお茶会に来た婚約者候補の一人だろうが、あんなダサい服装で参加して、離れた場所にいるなんて何を考えているんだ?
近づいて声を掛けると、その女は大人しく
「少し気分が悪くて・・」
と言う。
へぇ、声は落ち着いた感じで心地よい。キンキンした令嬢達の声にはうんざりだ。
「ふーん。大丈夫か?」
と言うと驚いたように俺を見る。何を驚くことがある?
「お蔭様で。ありがとうございます」
「お前、名前は?」
「・・・オデットです」
その時、庭から一際大きな歓声が聞こえた。
俺はあんなハイエナみたいな女たちはご免だ。だから、年恰好の似た使用人の一人を無理矢理王太子に仕立てて、代わりにお茶会に出てもらったんだ。
「・・・王太子が来たみたいだぜ。行かなくていいのか?」
「私には関係ないので」
「王太子に興味はないのか?」
「全くないですね」
ホントか?そんな振りをしているだけじゃないのか?
「へぇ。お前は貴族令嬢だろ?わざと興味ないふりして、アランの気を引こうとしてんじゃないのか?」
「アランって誰ですか?」
「お前、自分の国の王太子の名前くらい知っとけよ!」
「興味ないですし。早く帰りたいです」
なんだ?こいつは?俺の名前も知らないのか?本当に興味なさそうだ。
こいつがどんな顔をしているのかどうしても見たくなった。
気が付いたら手が出ていて、彼女の眼鏡を奪った。
「・・・何するの!?」
と眼鏡を奪い返そうとする少女の顔を見て、俺の呼吸が一瞬止まる。
長いまつ毛に縁どられた明るい緑の瞳。猫のようにちょっと目尻がつりあがっているのも愛嬌がある。正直、こんな美少女がいるなんて聞いてないぞ。
「なんだ。すげー可愛いじゃん。なんでこんな眼鏡してんの?」
「だから、目立たないようにです」
「ふーん、そっか。王太子に興味ないってホントなんだな」
面白くない。と思っていたら、不意に誰かにグイッと手を引っ張られた。
「おい!何やってんだ!?」
誰だ?こいつ?
「お前、誰だ?」
こっちの台詞だ。まあいい。後で父上に話をしよう。オデットと言ったな。名前は聞いたことがある。確か・・・モロー公爵の娘だ。
俺は「悪い悪い」と言って、オデットに眼鏡を返すと王宮に戻った。
父上と母上にモロー公爵令嬢のオデットを婚約者にしたいと言ったら、二人とも大喜びだった。
オデットは優秀で剣技や魔法にも優れているという。これまでも多くの縁談が寄せられたが、公爵は一人娘を溺愛していて、どんな縁談にも首を縦に振らなかったとのことだ。
それは王太子という大物を釣り上げるのを待ってたんじゃないか?
俺はまんまと釣り上げられたんじゃないか?という不安もあるが、だったとしてもあの美少女だったら不満はない、という気持ちが強かった。
それに俺を狙っていたんだったらきっと良い返事が来るだろう。
父上は早速オデットを婚約者にしたいという親書を送った。
俺は返事が来るのが待ち遠しかった。また、あの子に会いたいんだ。
しかし、丁重に綴られた『お断りします』という内容の返書が届いたのはその翌日のことだった。
くそぅ。俺は生まれて初めて思い通りにならないことに落ち込んだ。
父上も母上も落胆していた。
「オデット嬢の父親のヴィクトルは穏やかで余程のことがない限り、これほどはっきりと拒絶の意思表示をしない。これは諦めた方が良いんじゃないか?他にも沢山同年代の令嬢がいただろう?」
という父上の言葉に
「いいえ、オデット以上の令嬢はいません。絶対に諦めません」
と言い切った。
俺はモロー公爵家に突撃することにした。
俺のどこが気に入らないのか聞かせて貰おうじゃないか?
王太子であるだけでなく、俺は多くの努力を重ねてきた。顔だってまあまあだし、将来国王になるために勉強だって魔法だって剣技だって一生懸命学んで来たんだ。
断るなら俺をもっと知ってからにしてくれよ、と言いたかった。
公爵邸に行くと、そこにいた全員が恐慌状態に陥った。
幸い公爵夫妻は在宅中で、俺を迎え入れてくれる。
しばらく待つとオデットと、この間俺の手首を掴んだ奴が一緒に現れた。
オデットが俺の顔を見て
「あ、あなた!?こないだのお茶会の時の?」
と指をさす。
公爵が疲れた顔で、
「オデット、こちらはアラン王太子殿下だ」
と紹介すると、オデットと隣の少年がカチーンと固まった。
二人は大人しくソファに座り、死刑宣告を待つみたいに深刻な顔で俺の言葉を待っている。
違う。俺はこんな風にしたいんじゃない!
「俺は、何故婚約を断られたのかを知りたい」
と言うとオデットは美しい瞳を瞬かせた。
そして
「あの・・・私には好きな人がいます・・・」
と衝撃の告白をした。
オデット以外のその場に居た人間が全員立ち上がって、
「えーーーーっ!?」
と叫ぶ。
公爵と公爵夫人が
「誰?相手は誰なの?」
と訊くがオデットは動じない。
「その方は私に堂々と求婚できる実力をつけるまで待っていて欲しいと言いました。それまでは誰にも言わないで欲しいと。今回王太子殿下の行啓まで頂いたご厚情に感謝して真実を申し上げました。ですから、どうか私のことはご放念下さいますよう、お願い申し上げます」
それを聞いた公爵夫妻は顔を見合わせた後じっと考え込んだ。オデットの隣の少年は顔面蒼白で呆然と座っている。
「俺だったら今すぐオデットに求婚できる。俺だったら君は待つ必要なんてないだろう。君を独りにして待たせるなんて、碌な奴じゃない!」
俺は悪足掻きと分かっていても言わずにいられなかった。
オデットの心を掴む男が羨ましくて憎かった。
何故そいつより前にオデットに会えなかったのか、運命が恨めしくて胸が苦しい。
その時
「軟弱者!」
と言う声が響き渡った。
誰かと思ったら、真っ黒い髪をひっつめにした小柄な女が立っていた。
「サットン先生・・・」
とオデットが呟いたところを見ると、彼女の家庭教師なのかもしれない。
その女は俺を見ながら続ける。
「ご自身がオデットお嬢様に値する男だと思っておいでか?」
「何を無礼な!俺にオデットに求婚する資格がないというのか?!」
「少なくとも、オデットお嬢様より強い男でなければ、求婚する資格などないでしょう」
その女の台詞を聞いて俺は耳を疑った。何を言ってるんだ?この女は?
「じゃあ、試しに戦ってみなさい。魔法を使っても良い。外の方が良いでしょう」
その女は平然とそう言って、全員を引き連れて広大な公爵邸の庭に向かった。
公爵夫妻はその女を止めようとしたが、俺は構わないと伝える。
オデットもやる気でいるらしい。ドレスのままで戦うって?と馬鹿らしくなったが、これでオデットに勝てば求婚する資格が得られるなら安いもんだと思っていた。
・・・思っていたんだ・・・。
俺は少なくとも途中から本気だった。
最初は手加減していたが、それだと全く敵わないことに気が付いた。
本気を出したが、オデットの動きも魔法も俺を遥かに凌駕していた。俺とはレベルが違う。
オデットに地面に押さえつけられ、俺は「参った」と言った。
オデットは息も上がっていない。
なんだこの公爵令嬢は?と呆然としていると、フランソワと名乗るオデットの隣にいた少年が立ち上がるのに手を貸してくれた。
「オデットは幼い頃から特殊訓練を受けている。騎士でも勝てないだろう」
フランソワの言葉を聞いて、俺は驚愕した。
なんだそれ?
「お嬢様は幼い頃から、勉学、剣技、格闘、魔法、家事、すべての分野で日々努力されてきました。努力を惜しまない忍耐強さ。王太子殿下。あなたには一つもオデット様に敵うところがありません。そんな人がお嬢様に求婚する資格があると思いますか?顔を洗って出直していらっしゃいませ!」
悔しいが、俺は家庭教師の言葉に何一つ言い返せなかった。
悄然と帰途につく俺。情けねー。
でも、一つだけ分かったことがある。オデットのあの動きが努力の賜物だとしたら、彼女は信じられない努力を幼い頃から積み重ねてきたに違いない。
俺は自分が努力してきたと信じていた。しかし、それがどんなに甘いものだったかを思い知らされたのだ。
あの少女と家庭教師に。
もっともっと努力して、いつかオデットに追いついて見せる、と俺は固く心に誓った。
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