第6話 オデット ― 国王主催のお茶会
フランソワのお姉さんが無事に救出され、私達は作戦の成功を喜んだ。
サットン先生は相変わらず厳しくて、まだまだ修行が必要だと叱られたけど。
翌日、フランソワの姉のエレーヌが男爵家から居なくなったという知らせが我がモロー公爵家に届けられた。
お父さまは昨日のうちにフランソワ達の親戚に話をつけて大金を支払い、エレーヌを翌日引き取ることになっていた。
「それが居なくなったとはどういうことだ!?」とお父さまは支払った金銭の返還を要求し、更に王宮に通報した。
ちょっと狡いかもしれないけど、悪者を捕まえるために少し大目に見て欲しい。
王宮が調べた結果、親戚と変態男爵は叩いて埃が出るどころの騒ぎではなく、人身売買、窃盗、公文書偽造、強盗、誘拐など多くの余罪が発覚し、爵位剝奪の上、牢で罪を償うことになったと言う。
もう追われることがないと分かってエレーヌも嬉しそうだった。
お父さまとお母さまはフランソワとエレーヌの里親となった。
お父さまはフランソワとエレーヌに養子になりたいかどうか打診したらしい。
「いえ、大変有難いお申し出ですが、辞退させて頂きます。将来自分が欲しいものが手に入らなくなる可能性がありますので」
とフランソワは答え、エレーヌもフランソワが養子にならないのなら自分も結構ですと辞退したそうだ。
お父さまは、
「公爵家の養子は悪い話じゃないと思うんだが・・・リュカといいフランソワといい見どころのある若者には魅力がないということか・・」
と悔しそうにぶつぶつと呟いていた。
エレーヌは15歳なので魔法学院1年生に転入することになった。
転入自体はお父さまの考えだけど、きちんと学問を修めて将来公爵家に恩返ししたいというエレーヌの殊勝な言葉にお父さまもお母さまも感動したようだ。
リュカが今2年生だから、エレーヌは1学年下になるのね。一緒に学園生活が送れるなんて、羨ましいなぁ・・と思いながらエレーヌを見送った。
そして、私とフランソワは仲の良い友達になった。
更にフランソワも私が受けている訓練や勉強を一緒に受けるようになった。
「お前に負けてられないし!」と私をライバル視しているようなので、私のやる気も高まる。
二人で切磋琢磨する姿をサットン先生は満足気に見守っていた。
私が13歳になったばかりの頃、王宮から国王主催のお茶会への招待状が送られてきた。
この国の王太子と私は年が近い。
年齢が近い女子は花嫁候補として、男子は側近候補として、将来の国王を支えるために今から良い人材を集めたいのだろう。
それが目的のお茶会なのは見え見えだった。
私は公爵令嬢として多くの縁談の申し込みを受けている。
でも、私が断固として拒否しているので、お父さまもお母さまも「仕方がない」と諦めている様子だ。
花嫁探しが目的のお茶会にも行きたくないと駄々をこねた。
しかし、正式な見合いという訳でもなく、ただお茶を飲んで帰って来るだけだから、と両親から説得されて、諦めて受け入れようと思ったその時、思いがけない援軍が現れた。
「私もオデットお嬢様がそのお茶会に行くのは反対です」
とサットン先生がきっぱりと言う。
「オデットお嬢様は容姿端麗なだけでなく、礼儀作法に優れ、聡明かつ情に厚く、忍耐力もあります。しかも、家事スキルも万全です。きっとお嬢様を王太子の婚約者にしようという動きが生じます。私はお嬢様が王太子の婚約者になるのは反対だと以前から申し上げておりますよね?」
・・・今の褒め言葉は本当に先生の口から出たもの?
今まで貶されたことしかないから、これほど褒め言葉を並べられると先生が偽物なんじゃないかという疑惑さえ湧いてくる。
「今何か失礼なことを考えましたね?」
と先生から睨まれて、思わず肩をすくめた。
お父さまとお母さまは困ったように顔を見合わせている。
最終的にお父さまが
「いや、婚約者候補と言っても何十人もいるうちの一人だ。勿論、オデットが素晴らしい令嬢で有力な候補であることは間違いないが、その場で強引に婚約者にされる訳ではない。必ずこちらの希望を打診してくれるし、万が一選ばれたとしても断ることは出来るから」
と宥めたので、私も先生も仕方なくお茶会へ出席することに同意した。
先生からは目立たないように隅っこにいることと、ダサいドレスを着ていくようにという指示を出される。
了解です!先生。
フランソワは一連の会話を面白くなさそうに聞いていたが、先生の指示を聞くと突然機嫌が良くなり笑顔でサムズアップをする。
彼の顔をまじまじと見ていた先生が、
「そうだ。付き添いでフランソワも一緒に行ったらどうですか?」
と提案したので、それは良い考えだとフランソワも同行することになった。
国王主催のお茶会の日、私は出来るだけ自分に似合わない時代遅れのドレスをチョイスした。
髪の毛も単に一つに結ぶだけという素っ気なさ。
更に眼鏡をかけるといいと先生からアドバイスされ、先生の予備の瓶底眼鏡を拝借した。
でも、この眼鏡は度が強すぎて、つけていると何も見えないのよね・・・。
フランソワにずっと傍についていてね、とお願いする。
今日はとにかく目立たないように隅っこにいるから、と言うと、フランソワは嬉しそうに「大丈夫。任せとけ」と頷いた。
王宮に来るのは初めてで、私もフランソワもその荘厳さに圧倒された。
お父さまとお母さまも一緒に来てくれるので、迷子になることはないが、自分がどこをどう歩いているのかを簡単に見失った。一人では絶対に帰れない・・。
しばらく歩くと、ようやく新緑が美しい広い芝のエリアに辿り着いた。
大人は大人同士で集まるようで、このエリアには子供達だけが残された。
今日はガーデンパーティのような立食形式らしい。
同年代の男子、女子が大量に蠢いている、と思うが、眼鏡のせいで良く見えない。
女子は色とりどりのドレスを纏い、恐ろしいほどの気合が感じられる。
彼女らの顔は良く見えないが、私の方を指さしているように見える。
「あの子?ヤバくない?なに?あのドレス」
「あんな子がどうしてここに来たのかしら?」
「眼鏡がまた・・・ブス隠しってことかしらね」
「あ~あ、嫌になっちゃうわね。あんな子と同じ空気を吸ってるなんて最悪な気分だわ」
「場違いだから、さっさと帰れよ!」
「うわぁ、ひどーい(笑)」
などと意地悪な言葉が聞こえてくる。
怖い・・・。
私は食べ物もいらないから、人目につかないところに行きたいとフランソワにお願いする。
フランソワは私への陰口を聞いて拳を握りしめて怒っていたが、悪目立ちもしたくないので、どうか何もしないでとお願いした。
フランソワは心配そうに私を気遣いながら、庭の隅っこにあった人目につかないベンチに私を連れて行った。
あんなに露骨な悪意を直接的に受けたのは初めてだ。
サットン先生の言葉を思い出す。
『あなたは純粋培養されているので、悪意のある言葉に慣れていません。それらはほとんどの場合、嫉妬から生じるもの。あなたは人が羨む多くのものを持っている。だから、悪意に晒されることもあります。しかし、愚か者の悪意は傷つく価値もないのです。どうか、それをお忘れなく』
心の中で『傷つく価値もない。傷つく価値もない』と自分に言い聞かせる。
フランソワは心配そうに私の背中を撫でてくれる。
「大丈夫か?あいつら高位貴族の令嬢達だろう?やっぱ貴族の令嬢ってみんな性格悪いんだな」
私は喉が渇いたのでフランソワに水を持って来てもらえないかとお願いした。私はあの場に戻る勇気はない。
フランソワは心配そうに「絶対にここを動くなよ」と言って、水を取りに走って行った。
フランソワが去った後、誰かが私の隣に腰かけた。
「誰だろう?」
と顔を上げても、眼鏡のせいで良く見えない。
多分・・同じ年くらいの男の子だと思う。
その子はずけずけと話しかけてきた。
「おい、お前。なんでこんなところに居る?」
なんだ、この偉そうなガキは?
と思いながらも笑顔で丁寧に
「少し気分が悪くて・・」
と言う。
「ふーん。大丈夫か?」
思いがけなく気遣われてびっくりした。
「お蔭様で。ありがとうございます」
「お前、名前は?」
「・・・オデットです」
その時、庭の方から一際大きな歓声が聞こえた。
「・・・王太子が来たみたいだぜ。行かなくていいのか?」
「私には関係ないので」
「王太子に興味はないのか?」
「全くないですね」
「へぇ。お前も貴族令嬢だろ?わざと興味ないふりして、アランの気を引こうとしてんじゃないのか?」
「アランって誰ですか?」
「お前、自分の国の王太子の名前くらい知っとけよ!」
「興味ないですし。早く帰りたいです」
するとそいつはパッと私の眼鏡を取り上げた。
「・・・何するの!?」
と慌てて眼鏡を取り返そうとすると、その子はまじまじと私の顔を覗き込んだ。
「なんだ。すげー可愛いじゃん。なんでこんな眼鏡してんの?」
「だから、目立たないようにです」
「ふーん、そっか。王太子に興味ないってホントなんだな」
と話していると、グイっと誰かがその子の手首を掴んだ。
「おい!何やってんだ!?」
水を持って戻って来たフランソワが見知らぬ子の手をねじり上げていた。
「お前、誰だ?」
というフランソワの質問には答えず、
その子は「悪い悪い」と言って造作なくフランソワの手を外すと、私に眼鏡を返してそのままどこかに消えていった。
「遅くなってごめん。なんか変な女たちに捕まって・・・」
とフランソワが悔しそうに言う。
フランソワも黙っていれば上流階級の美少年に見えるから、令嬢たちには格好の餌食だったのだろう。
「公爵と公爵夫人にも、オデットの気分が悪いからもう帰りたいって伝えたよ。だから、すぐに迎えに来てくれると思う」
その言葉通り両親はすぐに来てくれて、私はその場を離れたのだった。
まあ、でも一応お茶会に出席したことで貴族令嬢としての義務は果たしたし、王太子にも会わずに済んだから無事に終わって良かった、なんて呑気なことを考えている場合じゃなかった。
お茶会の翌日に私を王太子の婚約者にしたいという国王の親書が我が家に届けられたのだった。
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