第4話 オデット ― フランソワとの出会い
リュカから告白されて以来、毎日足元がフワフワしている。
彼の言葉を思い出す度に、顔が熱くなる。
私はずっと密かにリュカに憧れていた。
でも、いつも子供扱いだったし、女性として意識されているとは全く期待していなかった。
リュカも私のことを想ってくれていたなんて嬉しくて叫びだしたくなる。
その後、私が離れに行くとお互い意識しすぎて照れたけど、もうすぐリュカが全寮制の魔法学院に行ってしまうと思うと、一緒に居られる時間は貴重だ。
リュカの出発の日が近づいて来ると、私は不安で堪らなくなった。
出発の前日に離れに行くと、荷物を既にまとめたリュカががらんとした部屋に立っていた。
もうここでリュカと過ごすことが出来なくなるんだと思うと、寂しくて胸が締め付けられるようだった。
リュカはこの1年でものすごく背が伸びた。
元々顔立ちは端整だったが、男らしい力強さが顎の辺りに見えるようになってきた。
こんなにカッコいい人が魔法学院に行ったら綺麗な女の人たちに囲まれて、私みたいな子供のこと忘れちゃうんじゃないかしら?・・って不安になる。
リュカが少し俯くと、伏せた長いまつ毛が影を作る。
私が何と声を掛けていいか分からなくて戸惑っていると、リュカが突然私の前に跪いた。
そして、私の左手の薬指に銀色の指輪をスッと嵌めた。
「間に合って良かった。俺が作った指輪だから気に入るか分からないけど・・」
リュカの言葉にまじまじと指輪を見つめる。
装飾が施された銀色の輪の中心に緑色の石が輝いている。これ・・手作りなの?
手作りとは思えない繊細で優美な出来に感動する。
「その緑の石は母さんの形見なんだ。オデットの瞳みたいだなって・・その、なんつーか、約束っていうか。・・俺のこと忘れないで欲しいっていうか・・」
照れながら早口で言い訳のように話し続けるリュカを心から愛しいと思った。
「・・・ありがとう。すごくきれい。嬉しい。ホントに。大切にするね」
ああ、と嬉しそうに頷いたリュカは私をそっと抱きしめた。
その翌日、リュカは旅立った。
その後、リュカが魔法学院で頑張っているという話はお父さまから良く聞かされた。
試験では必ず学年で1番だとか、魔法や剣技のトーナメントで優勝したとか、生徒会役員に選ばれたとか。
お父さんも「自慢の甥っ子だ」と喜んでいる。
こんなに喜んでくれるなら、私とリュカの結婚もすぐに認めてくれるんじゃないかな?なんて思ったけど、リュカが卒業するまでは誰にも言わないという約束だ。
リュカから手紙はしょっちゅう来るが、勉強や生徒会が忙しくて長期休暇中は帰って来られないらしい。
寂しいな・・・私のことなんて忘れちゃったのかな・・・?と毎日空を見上げて考えていた。
リュカが居ない日々が日常になったある日。大きな事件が起こった。私が12歳になる直前のことだ。
突然両親から里親になろうと思っていることを聞かされた。
そこで、私の意見を聞きたいと言う。
何でも身寄りのない遠縁の子供達が、親戚の家をたらい回しにされて、劣悪な環境で生活しているらしい。
姉の方は嫁入り先が決まったが、弟は行き場が無くて困っているそうだ。
魔力が強いので、もし気に入れば養子にすることも考えているという。
「だから、あなたは公爵家を継がないといけないと考える必要はないのよ。自由に好きな人生を歩んでいいの」
とお母さまが優しく私の手を握る。
「でも、まあ、その子がどんな子供か分からないからな・・。昔はリュカを養子にすることを考えていたんだが、ヤンが絶対にリュカは手放さないと怒ってな。リュカも爵位には興味ないようだったし」
とお父さまが溜息をつく。
それは初耳だったので、驚いた。
今度リュカ宛の手紙に書こう。お父さまはリュカを後継ぎにしても良いと思っているくらいリュカを気に入っているのよって。
「フランソワという男の子なんだけど、酷い扱いを受けていたみたい。ちゃんと食べさせて貰っていなかったようなの。暴力も振るわれていたようだし、虐待・・・というか・・酷い目に遭った子供だから、オデットは優しくしてあげてね」
「もちろん!」と私は首を縦に振る。小さな子供に暴力なんて最低だ!
「その子は何歳なの?」
と私が聞くとお母さまが答えてくれた。
「10歳・・・って言ってたわね?確か」
私は一人っ子なので、ずっと兄弟が欲しかった。弟みたいな存在が出来ると聞いて、私は興奮した。
でも、酷い目に遭っていた子供にどうやって接したらいいんだろう?と悩んでいたら、サットン先生に「美味しいものを作ってあげるのが一番です」と断言された。
そういうもの?
だから初めて彼を公爵邸に迎える日、私は先生が勧める料理を作ってフランソワの到着を待っていた。
サットン先生は
「いかにも公爵令嬢という豪奢なドレスではフランソワ様が気後れしてしまうかもしれません。私がお嬢様のために用意した服をお召しください」
と言い、侍女に私の髪型の指示を出していた。
確かにいつも着ているドレスは派手だもんね、と納得して先生の用意したドレスを見ると、簡素な綿で出来た黄緑色のドレスだった。
街で庶民が着ているような服装で侍女は戸惑っていたが、サットン先生が変わったことをするのは今に始まったことではないので、侍女は黙々と私の支度を続ける。
出来上がった自分の姿を鏡で見てみると・・・・なかなか可愛かった。
長い金髪を三つ編みにして、編んだ三つ編みをカチューシャのように頭の周りを囲んでまとめるアレンジだ。淡い黄緑色のドレスとも良く似合っている。
『リュカが好きそうだ。見て貰いたかったな』なんて考えていると、侍女が感極まったように
「お嬢様・・・なんて愛らしい・・」
とよろめいた。
大袈裟だ(苦笑)。
お父さまもお母さまも私を見て少し虚を突かれた感じだったが『可愛い』と褒めてくれた。
いよいよフランソワがやって来た。
フランソワはガリガリに痩せていた。それなりの服装をしているが、サイズが全く合っていない。急遽有り合わせの服をあてがったのが手に取るように分かる。
それだけではない。フランソワの蒼い眼は昏く、何も映していない虚無のようだった。
そんなフランソワが私を見た瞬間、驚愕で目をまん丸に見開いた。
何をそんなに驚くことがあるんだろう?
お父さまがフランソワに挨拶をして、私達の紹介をすると、再びフランソワの表情が無くなった。
フランソワを連れてきた男性は野卑な印象で、お父さまを見てニタニタ嗤いながらお金の無心を始めた。
お母さまは慌てて、私とフランソワを部屋から追い出した。彼の耳に入れたくないことを話すのだろう。
お金お金と嫌な大人だ、と腹が立つ。
閉まったドアに向かって舌を突き出すと、またフランソワが呆気に取られたように私を見ている。
しまった・・・・淑女がすべきことではなかったわね・・・。
誤魔化すように咳払いをして
「・・・あの、フランソワ。お腹空いてない?」
と聞くと、それに応えるかのようにぐぅー――っと彼のお腹が鳴った。
真っ赤になって、恥ずかしそうにお腹を押さえるフランソワ。
可愛い!
食事を用意してある食堂に彼を連れて行った。
私が作ったのは牛肉の赤ワイン煮とコーンブレッドだ。赤ワイン煮は野菜をたっぷりと入れ形が完全に無くなるまで何時間も煮込んだ。牛肉は口の中に入れるとホロホロに崩れるくらい柔らかい。更に、隠し味にハチミツを入れて、ちょっと甘目に味付けした。
デザートにはサワークリームケーキを作った。
どれも素朴だが、お腹に溜まるような栄養満点の食事なのよ。
フランソワは口をあんぐりと開けてテーブルに給仕された食事を見ている。
「大丈夫?嫌いなものはない?」
と聞くと、首をぶるぶると横に振って
「いや、大好物だ!」
と言いながら、スプーンを握りしめて一心不乱に食べ始めた。
ものすごい勢いで赤ワイン煮が無くなっていくので
「あの・・お代わりあるから」
というと
「お代わり!」
とお皿を差し出される。
侍女が苦笑しながら、二杯目の赤ワイン煮を盛ると再びあっという間に消えた。
今回はコーンブレッドも瞬く間に消えた。
食べ終わって、ふぅーっと満足そうに口を拭いていたフランソワは、私がじーっと見ているのにようやく気が付いたらしい。
慌てて
「あ、あの・・・ご馳走様でした。とても、とても美味しかったです。作ってくれた料理人の方に御礼を言って下さい」
と言った。
傍に立っていた侍女がクスクス笑いながら
「これは全部オデットお嬢様が作ったんですよ」
というと、フランソワは最初冗談だと思ったらしい。
冗談ではないと分かると、私をまじまじと見つめて
「なんで公爵令嬢が、料理が上手いんだ!?」
と叫んだ。
「家庭教師の方針でね。3歳の時から料理を習っているの」
と答えると、
「あんたの家庭教師はおかしい」
と脱力していた。
サワークリームケーキをお茶うけに、食後のお茶を一緒に飲む。
「さっき私を見た時に驚いた顔をしたようだけど・・・?」
と気になっていたことを、思い切って聞いてみた。
するとフランソワの表情が急に曇った。
「俺には5歳年上の姉さんがいるんだ。俺達は小さい頃に両親を亡くして、親戚の家をたらい回しにされてきた。あちこちで邪魔者扱いされて、殴られたり、一晩中外に出されたり、閉じ込められたり、酷い目に遭ってきた」
私はそんな恐ろしい目に遭ったことがない。両親が私を守ってくれていることに心から感謝した。
そして、辛い思いをしてきたフランソワとお姉さんのことを考えると胸が痛んだ。
「公爵は最初俺と姉さんの二人とも引き取って下さると仰っていたんだ。でも、ロリコンの変態男爵が姉さんを気に入って、大金を積んだ。だから、親戚は姉さんの嫁ぎ先が決まったから、俺だけ引き取って欲しいと公爵に説明したんだ」
フランソワは悔しそうに拳を握る。
「その男爵はもう60歳過ぎてるんだ!」
げ、キモ!最悪。
「姉さんのお気に入りは薄黄緑色のドレスだったんだ。髪型もそんな風にまとめていたから、オデットお嬢様が一瞬姉さんに見えて・・。姉さんは美人だと評判でね。もちろん、オデットお嬢様の方がずっと品があって綺麗だけど・・」
「オデットお嬢様じゃなくて、名前で呼んで頂戴。本当は『姉さん』って呼んで欲しいところだけど、本当のお姉さんがいるんだったら、抵抗があるだろうし・・」
というとフランソワは頷いて
「じゃあ、オデットって呼ぶよ。いい?」
と嬉しそうに言った。
「それよりも、フランソワのお姉さんを助けないと。お父さまに相談しましょう」
と私が言うと、フランソワは信じられないというように私を見た。
何をそんなに驚くことがあるんだろう?
「・・・だって、何の得にもならないのに・・」
とフランソワが言うので
「困っている人を助けるのは、ノブレス・オブリージュ(高貴なる者の義務)というのよ」
とウインクした。
お父さまに事情を説明すると、すぐに策を打つと言ってくれた。
きっとフランソワを連れてきた親戚にも腹を立てていたんだろう。問答無用でお姉さんを取り戻すと息巻いている。
お父さまがフランソワの頭を撫でながら
「すぐに話をつけて、明日にでもその男爵のところに君のお姉さんを迎えに行く。君は良く頑張ったな」
と褒めると、フランソワの眼からボロボロと涙がこぼれた。
ようやく信頼できる大人に会えたと思って、安心したのだろう。
私も嬉しくて目の奥がツンとした。
その日の夜、リュカへの手紙を書き終えて、そろそろ寝ようかと思っていると、突然サットン先生が現れた。
「ど、どうしたんですか?こんな時間に?」
と訊くと、サットン先生の顔は緊張で強張っている。顔色も真っ蒼だ。
尋常じゃない先生の様子に私も焦った。
更に
「フランソワのお姉さんは今夜殺される。明日じゃ間に合わないの!」
という先生の言葉に私の頭は完全に思考を停止した。
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