戦士ガルシアと盾役ソウエモンの恋
「いやあ~、久々にいい運動したわ!」
青空の下、ガルシア・ファランドールがぐぅっと伸びをする。麗らかな陽光に赤毛が映える。
仕留めた巨大ドラゴンの死骸を、王都までたった1人で曳いてきた筋肉がしなる。でっかいおっぱいとたわわな尻が強調され、ド迫力である。屈強な筋肉は、男物の戦闘服に押し込まれている。はち切れそうだ。
生物としての圧倒的な強さを誇示する肉体は魅惑的だ。ガルシア本人はどちらかというと男が好きだが、来るもの拒まずのスタイルを長く続けてきた。
つまり。
ガルシアはモテた。
最愛の伴侶を得る前は。
「うむ……手強い竜であった」
ガルシアの曳く荷車に固定されたドラゴンの頭部に、どっかりとあぐらをかいた人影は異国の服をまとっている。手には巨大な盾。動かざる盾と称される勇者パーティの盾役、ソウエモン・カドクラ──彼こそが、ガルシアの伴侶である。
黒髪をひとつにくくりあげ、あらわになった額はぐっと前に張り出している。
「幸せだねえ、こうやって二人して王都に呼んでもらえるなんてさ」
「うむ」
「どうだい。ソウエモンも、今、幸せ?」
「……うむ」
愛する伴侶の問いかけに、ソウエモンは小さく唸って、空を見上げる。
生国では偽りを生きていた男である。
ソウエモン……宗右衛門というのは屋号、一族が所持する名である。盾術という独特の戦闘術をお家芸とする一族の惣領名。
門倉蘭。
それが、生まれたときに授かった彼の名だった。
***
門倉家の末娘であった蘭が三つかそこらの齢だったある夏の昼下がり。
兄たちと川遊びをしていた。
ふ、と。
丸裸になった兄たちの股間についているものが、自分にはないことに気がついた。
どうして、と首を捻った──あるべきものを、自分は、持っていない。
そのときに抱いた居心地の悪さは、たちまちソウエモンの中にとぐろを巻いて。
少しずつ門倉蘭の首を締めあげはじめた。
ある冬のこと。
若い男だけが死んでいく疫病が流行し、生き残った女児に男名をつけて家督を継がせることが暗黙の了解としてまかり通った。カドクラの家を継ぐはずだった兄たちも、皆死んでしまった。
門倉"宗右衛門"蘭。
屋号を受け継ぎ、宗右衛門と呼ばれ、男の着物を纏うことを許されて。
そうして、蘭は門倉家の跡取りになった。
分厚い体に、野暮ったい目鼻立ち。掠れた低い声。
彼が生まれた国において、蘭は「不器量な女」だった。
盾術の修行は厳しかったが、針仕事や茶道や華道をしているよりも、うんと性に合っていた──が。
やがて蘭の身に降りかかったのは、迫害と追放だった。
たどり着いた、異国の地。
魔王なる存在に蹂躙されていると噂される恐ろしい土地で、強く美しい男装の女に出会った。ガルシア・ファランドールは、蘭をさらった西洋竜をパンチ一発で撃ち落としたのだ。
「あんた、名は?」
尋ねられて、彼は答えた。
「……ソウエモン」
門倉蘭は、そのとき死んだ。
ガルシアと行動を共にしているうちに、あれよあれよという間にソウエモンは魔王滅却の英雄になっていた。そして、ごく当たり前のように、ガルシアと恋をした。
驚いたことにガルシアにとってはソウエモンの肉体が男であろうと女であろうと、大きな違いはないらしい。
彼女はただ、ソウエモンをソウエモンという男として愛してくれたのだ。
ガルシアは強く、美しく、気高く……あと、乳と尻がデカかった。
愛するガルシアは「キュート」と評してくれるが、彼は自分のご面相は中の下だと評価している。少なくとも、郷里ではそうだった。
けれど、ガルシアが善いというのならば、善いものなのだろう。
そう思うことにした。
郷里との縁は、もう名前しか残っていない。
ソウエモンは、この地で、伸びやかに生きていた。
***
「……まこと、よい晴天だの」
呟いたソウエモンに、ガルシアがにんまりと笑いかける。
さきほど巨大ドラゴンにかかと落としをキメた瞬間と同等の、輝く笑顔である。
さて。
巨大ドラゴンの死骸を引っ張って入城してきた英雄に、城下はパニックだった。
やっと駆けつけた近衛騎士や魔導師たちに巨大ドラゴンの死体を資材として引き渡す。
ソウエモンはふと、気になっていたことを呟いた。
「……王への謁見というのは、飯は出るのだろうか」
「あは! きっとご馳走がたんまりよ!」
豪快に笑うガルシアがふいに、ソウエモンに口づけをしてきた。
彼女は気まぐれに、そういうことをするのだ。
「お腹空いたの? 可愛いね」
「儂を可愛いなどと言うのは、おぬしくらいだ」
仏頂面で知られるソウエモンは、可愛い伴侶にだけ見せる表情で微笑んだ。
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