第17話 華峰旭2



 愛しい人と言ったのに、それは単なる嘘だった。


 大和の通夜の日から、旭は荒れていた。


 若返り、大河と名乗った大和は、そうとは知らぬ旭に愛を囁き、旭のためならどんな資金援助も惜しまないと口説き落とした。


 愛され求められる結婚を切望していた旭は、簡単に舞い上がった。


 これで、愛されない妻として一生を生きる母のようにならずにすむ。


 姉の小夜を差し置いて、旭をと望まれたことも嬉しかった。


 若返った大和は、始めは乗り気ではなかった旭の関心を惹くために、様々な贈り物を用意した。


 美しい着物、高価な装飾品、珍しい菓子、父母への贈り物。そして、一生若く、美しくいられる権利。


 旭が頷くまで、贈り物は続いた。


 これが愛か。と感じ入った。


 大河の執心に菖蒲が折れ、蒼が婚約の許可を出した時、大河は長年の念願が叶ったと喜んだ。


 長年とは、と問うと一瞬眉をしかめた大河だったがすぐに笑顔で話し始めた。


 まだ霧城子爵の子だと分かる前、道で旭を見かけたと。


 一目見て旭の美しさに惹かれ、後を追うと華峰家の令嬢と知った。


 身分の差ゆえの叶わぬ恋に身を焦がしていたが、このたび願ってもない機会を得た。と。


 それもすべて、嘘だったが。


 大河が大和の若返った姿だと分かった時、幼いころから菖蒲が旭に言い聞かせていたことを思い出し、鳥肌が立った。


 霧城子爵は、少女。とりわけ美しい悲鳴をあげる者をいたぶることが好きなのだ。と。そして、子爵は悲鳴をあげない小夜に飽いている。


 小夜に会いに来るたびに旭を見る目が怪しいので近づくな、と。


 あれほど愛していると囁いていた男は、新しい玩具を手に入れたかっただけなのだ。


 騙されたことに気が付いた時、旭は、身の内が焼け焦げるほどの怒りに包まれた。


 そのうえ、あの男は旭と婚姻を結んだあとに小夜を囲おうともしていたのだ。許せるはずがない。


 思えば、不知火家への行儀見習いの話も旭ではなく小夜へのものだった。


 話をもらい、喜び勇んで不知火家に行けば、すぐにあなたではなかったと残念そうな顔で返されたのだ。


 間違いだった謝罪を含めて、手当は充分もらったが旭の矜持は傷ついた。


 不知火家から婚約前提の行儀見習いの話をもらい、学友たちに自慢して女学校を退学したというのに手違いだと言われ立つ瀬がなかった。


 後に、不知火家が本当に求めていたのは小夜だったと知った時は怒髪天を突いた。


 消えてしまった小夜の部屋に行き、残された小夜の私物をずたずたに切り裂いても怒りは収まらず、自分が退学したのだからと菖蒲に申し出、小夜の退学届けも出してもらった。


 大河が訪れ、旭に愛を囁いたのはそんな時だった。


 結局は、二度も婚約者にと求められたにも拘わらず、どちらにも旭が求める愛はなかったのだが。


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