第15話 香月瑛人と不知火十夜
霧城大和の取り調べが進み、小夜が伝えた通り不老不死になる儀式という名目で、吸血鬼になるための儀式を受けていたことが分かった。
最も、本人は吸血鬼というものの存在を知らされておらず、都合の良いことしか聞かされていなかったようだ。
大和の証言を元に、儀式が行われた場所に踏み込んだが、そこはすでにもぬけの空だった。
郊外にある不気味な洋館の地下にあったその場所は、中央の祭壇を取り囲むように椅子が置かれており、不気味な雰囲気を醸し出していた。
大和曰く、献金の多い順に儀式を受けることができるらしく、身分ある者や資産のある者たちが仮面をつけて儀式の日に出入りしているそうだ。
大和がその儀式に誘われ出向いた時、儀式に赴いていたのは身寄りのない年寄りだった。
不老不死の儀式が安全なものであるというパフォーマンスのために衆目の中、黒いローブを被った男が人間の血を吸い、自らの血を分け与える。
すると、老人は若返り、常人よりも強い力を手に入れ、刃で貫かれても死なない体になっていたと言う。
男が若返る様子に、すっかり心を奪われた大和は、大金を積み、儀式を受ける権利を手に入れた。
若返った後、旭も儀式に誘い受けさせた。
何をしても死なず、生涯若いままの女を手中に収めたかったと供述している。
また、旭も不老不死という言葉に格別に興味を示していたため儀式に赴いたそうだ。
儀式を取り行ったのは不知火夜光だ。
夜光は、不知火家の当主である十夜が帝の命令で不老不死の吸血鬼を増やすよう言われた際に与えられた実験体の一人だ。
記録されている限りこの帝国で唯一吸血鬼になれた存在だ。
それまで苗字も名前も持たなかった彼は、十夜の血を分けた血族と呼ばれ、不知火家が出来たときに、苗字と名を貰い、十夜に仕える存在として記録されている。
吸血鬼が生み出す屍食鬼が危険視され始めてから、吸血鬼を増やす試みは帝から禁じられた。
大和の証言が本当のことなら、不知火家を窮地に立たせることができるかもしれない、と特務陰陽部隊は活気だつ。
五十年前、ある貴族の娘が誘拐され血まみれで見つかった時、生きていた娘から町を跋扈する屍食鬼の存在が確認された。
屍食鬼を管理し増やすことのできる不知火家が責任を追及されたが、不知火家はその追及から逃れている。
曰く、新たな吸血鬼が現れたのではないかと。
自分が遥か遠く、海の果てから木乃伊として運ばれてきたのだから、同じようなことがあってもおかしくはない。
と論じた不知火家の発言は、死体となった屍食鬼の噛み跡が十夜のものとも夜光のものとも異なることから認められた。
帝の管轄下にない吸血鬼の存在に、政府は騒然とした。
不知火家に新たなる吸血鬼の捜査を頼んだが、政治には関与しないとの百年前の約束を持ち出され、断られた。
不老不死研究から離れたとはいえ、代々の帝の覚えめでたい不知火家に、それ以上協力を要請することはできなかった。
そこに香月家が名乗りを上げた。
香月家は、代々陰陽寮の要職についている一族だったが、屍食鬼討伐を訴え、陰陽寮から独立した対屍食鬼に特化した軍隊である特務陰陽機関を作り、同時に私財を投じ研究所も設立する。
五十年前までは、不知火家しか対処できなかった屍食鬼を討伐できるようになったのは、香月家の研究の成果によるものだ。
「不知火侯爵、あなたの従僕である不知火夜光をこちらに引き渡してもらおう」
令状を手に、不知火邸に踏み込んだ瑛人たちは、黒で統一された洋館の執務室に踏み込んだ。
周囲には、メイドと執事が控えている。
丁寧に接してはいるが、十夜に対する忠誠心は高いようで、瑛人たちに殺気を向けている。
「あの子には数十年前に嫌われてしまってね。出て行ってから何の音沙汰もないんだよ。残念だったね」
人を喰ったように十夜が笑う。
「ふざけるな! 夜光はお前の従僕だろう。不老不死の儀式とやらも、お前の指示で行っていたんじゃないか⁉」
瑛人(あきと)の傍に控えていた三条が、整った顔を険しくゆがめる。
「ふざけてるだって……?」
三条の言葉に、軽かった十夜の雰囲気が一変し殺気だったものになる。
周囲に控えていた者たちが、殺気に気圧され動けない。
「この帝国で苗字と名を貰ってから、僕は一度として帝を裏切ったことはない。その忠誠を疑うというのなら、今ここで殺り合うかい?」
牙を剥き出しにして笑う十夜は、まさしく人外の存在だった。
これまで対峙してきた屍食鬼は雑魚だったのか、と思わされるほどの存在感に気圧される周囲を収めるように、瑛人が一歩前にでる。
「不知火侯爵に嫌疑をかけるような真似をしたことは謝罪する。だが、帝の許可なく不死の存在を生み出そうとしている夜光の行動は、あなたにとっても見逃せないものではないだろうか。ご協力いただきたい」
瑛人の言葉に、機嫌を直した様子の十夜がにっこり笑った。
「それもそうだね。でも、夜光のことは本当に知らないんだよ。せいぜい僕に、小夜ちゃんのことを教えてくれたくらいかな」
小夜の名を聞いて、瑛人の肩がピクリと揺れる。
「君の婚約者になったんだってね。おめでとう」
取られないようにね。と唇だけで語った十夜に、一瞬殺気を向けた瑛人だが、すぐにふっと笑った。
「ありがとうございます、不知火侯爵。最近婚約者の回りを小蠅がまっているようなので、折をみて退治したいかと」
「坊やになんて退治される蠅がいるのかな?」
「試してみますか?」
剣に手をかけた瑛人に十夜が泰然と笑顔を向ける。
「遠慮しておこう。さあさあ、帰ってくれ。これ以上ここにいても、夜光のことは誰も知らないよ」
緊迫していた雰囲気を壊すように、十夜が両手をパンパンと鳴らす。すると、控えていた使用人たちが瑛人たちを追い出しにかかった。
「何の成果も得られませんでしたね」
悔しそうな三条の言葉に、瑛人が帽子を深くかぶりなおした。
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