さんたくブラックサンタ

さんたくブラックサンタ 1

作者注:このエピソードは【パルプアドベントカレンダー2024】の参加作品として執筆されたものです。現在連載中の『うしろどローグライク』と直接的なつながりのない、読切エピソードです。


 12月。デパートの地下は完全にクリスマスムードだけど、私たちの目的はケーキやチキンではない。『怪談』の調査だ。

「……よかったのか?せっかくの冬休みだろ」

「いやあ、一緒に旅行に行く予定だった大学の友人が、インフルにかかっちゃって。ぽっかり予定が空いたんですよね」

 私こと水田晶子は、同じアパートに住んでいる五十嵐さんと、『怪談』――実体化した都市伝説やネットロア。つまり、怪物化したお話――の調査をしている。実体化といっても、そういうモンスター的なものや怪異が直接出てくるんじゃなくて、『その怪談のルールに則ってえげつないデスゲームが開催される』みたいな感じなんだけど……。

 デスゲーム的なのに巻き込まれちゃうのは毎度キツいけど、なんだかんだ普通じゃない経験ができるのは楽しい。それに、ガラが悪いのに意外と人情派で雑学キャラの五十嵐さんと、パワー担当の私は、自分で言うのもなんだがけっこう良いコンビなのだ。


「それで、こんな幸せ満点のデパ地下に、どんな『怪談』があるって言うんですか?」

 私はいつもどおり五十嵐さんに聞いた。彼は微妙な顔をして少し黙ったあと、言いづらそうに答えた。

「……サンタさん、だ」

「へ?」

「サンタだよ、サンタクロース」

 五十嵐さんは恥ずかしそうにそっぽを向いた。たしかに、「サンタさん」という言葉は、ガタイのいい色黒の成人男性からなかなか出てくるものではない。

「サンタさんが、『怪談』になるんですか?」

「なる。『手紙を書くとお願いしたプレゼントをくれる』『クリスマスの夜にプレゼントを配る』『えんとつから家に侵入する』ここまで大勢がルールを知っている話も珍しいだろ。怪談の条件……『ルール』と『匿名性』を兼ね備えてる、これほどメジャーな都市伝説も他にない」

「あれ?でもサンタクロースって、元ネタはキリスト教の聖人だった気がするんですけど。あと、なんかサンタ協会みたいなのもなかったでしたっけ」

「サンタ協会は言ってるだけだし、元ネタがあることは『匿名性』を損なう理由にならない。サンタは誰にも見つからない……『匿名』であることが重要な要件だしな」

「なるほど」

 確かに、都市伝説と言えなくもないな、と私は思った。今まで相手にしてきた、『きさらぎ駅』とか『こっくりさん』とかとは、だいぶイメージが違うけど。

 五十嵐さんが言うには、このデパ地下のどこかに『サンタクロース』の『怪談』が発生するらしい。正確には、『怪談空間』という、『怪談』の持つルールを強制される空間が発生し、そこに誰かが引き込まれる、ということらしい。

「そういえば、五十嵐さんって『怪談』の情報をどこから拾ってくるんですか?なんかそういうのを検知するレーダーみたいなのがあるんですか?」

「ねえよそんなもん。基本はSNSや掲示板の変な書き込みから探してる。最近は、モキュメンタリーホラーが流行りすぎて、SNSでも創作って書かないで変なこと書くやつがいるから、本当にあったことなのか創作なのか分からなくて困ってるんだけどな」

「あー、草の根調査はメンドそうですね」

「あとはまあ、同じような仕事してるやつらのDiscordサーバーがある。基本変な奴らだけど、本職の修験者とか坊さんもいるし、そこで情報を共有してる感じだな。今回はこのデパートに一番近かったのが俺だったから、任された。そんだけだ」

 そんなことを話していると、デパ地下の人込みの向こうに、大きくて赤いシルエットが見えた。

「HOHOHO……」

 この笑い方をするのは一人しかいない。サンタだ。

「噂をすれば影ですね。店員さんがサンタのコスチュームかなんか着ているみたいです」

「ずいぶん気が早いな……いや、あれが『怪談』なのか?」

 五十嵐さんはあたりを見渡す。デパ地下の人々は普通に過ごしており、『怪談空間』に引きずり込まれるということもないようだ。

「HOHOHO……」

「やっぱり店員さんじゃないですか?」

「……いや、この感じ……おかしい。何か『奇妙』だ」

「そうですか?」

 デパ地下には楽し気なクリスマスソングが流れ、今日のご飯を買って帰る人や、ちょっと良いお菓子やお酒を探しているであろう人まで、大人も子供も、それぞれが自分の目的で動いていて、サンタを気にする様子もない。

「みんな普通にしてますよ」

「だから『奇妙』なんだぜ水田……気にしない?あれだけ大きくて目立つ、笑いながら歩く人間を?」

「え?」

「普通にしてるってことが、普通じゃあないんだ……こいつはッ!」

 確かに、そう考えるとおかしい。それに、あれが店員であれば試食や宣伝なんかをしているはずだ。ただ笑っているだけなんておかしい。

 赤いシルエットが、どんどん近づいてくる。

「HOHOHOHO……」

「まずいぞ水田ッ!すでに『怪談』は始まっているッ!」

 『サンタさん』はすでに目の前だ。恰幅のいい赤い体の老人。それと、目が合う。

「目が……あいましたネェっ!」

 笑い声以外の声が聞こえた瞬間、『サンタさん』の赤がどろりと空間に広がった。

「うおおおーーーッ!!ひきずりこまれるッ!」

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