うしろどローグライク 6

「これもう無敵でしょ」

 私はバッグを整理し終えて、呟いた。今、バッグ(インベントリ)に入っているのは、「ロケットランチャー」、「村正」、「グングニル」、「仙豆」、「イージス」。蘇生アイテムの「世界樹の葉」や「フェニックスの尾」、戦闘をやりなおせる「時の砂」まである。どうやってこの小さなバッグに全部はいっているのか不明だが、とにかく入っている。

 五十嵐さんと私は、『シャイガイ』に勝って第一ステージを突破し、今最後のステージである第二ステージに挑んでいる。ここのボスを倒せばクリアで、現世に変えることができる(マタラが約束したので、それは疑いがない)。私たちはずいぶんこのゲームが上手くなっていて、3回目のアタックでついにボスの手前まで来た。アイテムの引きもすごくよくて、どんなボスが来てもさすがに負ける気がしない。

『単純な戦闘なら、な。でも油断するなよ。第一ステージのボスが基本無理ゲーだったのを忘れたか?』

 五十嵐さんの冷静な意見に、私は姿勢を正す。そういえば、『シャイガイ』は結局ゴリ押しで運よく突破できただけで、あと少しうまくいかなかったらクリアできなかったんだ。

「そういえば、五十嵐さん、リンフォンのほうは進んでますか?」

『……いや。今まだ魚しかできてねえ』

 第一ステージクリア時にもらったリンフォンは、『凝縮された地獄』という仰々しい説明と反して、ぜんぜん何の役にも立たなかった。五十嵐さん側には、画面上に立体パズルみたいなのが表示されて、ゲームと並行して解けるようになっている、ように見えるらしい。

「結局なんなんですかね、それ」

『知らねえ』

「あ、そういえばふと思ったんですけど、リンフォンの綴りってRINFONEって表示されてたんですよね」

『並び変えるとINFERNOだろ?そんなとこだろうと思って並べ替え順とパズルの解法に関係があるかと試してみたが、関係なかったぞ。だいたい、Nが2つある時点で一対一対応が無理なんだからな』

「あら、そうですか……じゃあ単なるミニゲームなんですかね」

『いや、絶対何かある。『チェーホフの銃』だ。出てきたものには必ず意味がある』

 五十嵐さんが画面外(どこ?)でカチャカチャ何かをいじる音が聞こえた。

『そのうえで、ミニゲームだったとしたら、最悪だ。俺はゲームのクリアにミニゲームが必須になるタイプのゲームがめちゃくちゃ嫌いなんだ。『大神』のブロック掘るやつとかな……』 

「急に早口」

『いずれにせよまずはボスだ。装備は最強レベルだろうけど、無理しなくていい』

 五十嵐さんの言葉に、私は固唾をのんでドアを開ける。


 扉は意外なぐらいすんなり開いた。が、私は思わず開ける手を止めた。

『どうした?』

「殺気です」

 自分の手がじっとりと汗ばんでくるのを感じる。少しの隙間からでも漏れ出てくる、猛烈な殺気。憎しみ。それが私の全身に拒絶反応を起こさせていた。今までの怪異とは全く違う。生物が出せるものとは思えないどす黒い感情。

 この奥にいるのは、何?

『開けるんでしょ?じゃあ開けちゃうね』

 マタラの声が割り込んで、いきなり扉が開いた。殺気の主が、視界に飛び込んでくる。

 四足歩行の何か。名状しがたい、おぞましい風体は、かろうじてワニか巨大なトカゲのように見える。ぐちゃぐちゃとした異常な姿かたちの中、その目だけは明確に殺意を持ってこちらを向いているのがわかった。

『このステージのボスはねえ、みんなおなじみ不死身の爬虫類、scp-682だよ!』

 不死身の爬虫類。何度殺しても死因に耐性をつけて蘇る化け物。人間や他の生物を憎み続けている、最強のSCPだ。


 俺は『グングニル』のカードを切る。画面の中で水田が槍を投げ、ものすごい数字が飛び交う。敵の爬虫類のHPは削られ0になるが、すぐに復活する。HPは全快し、『斬撃耐性SSSSSSS』がついて、ダメージが通らなくなる。

「クソっ、これでもだめか」

 さっきからずっとこれだ。水田は拾った最高級の盾や防具で耐えているが、これでは埒があかない。

「ふふ、苦戦してるねえ」

 マタラの翁面の奥から楽しそうな声が聞こえる。

「おい、これ倒せるようにできてるのかよ」

「もちろん。このゲームはクリアできるようにできてる。だからゲームとして成立してるんだよ。そこは『怪談空間』と同じ」

 俺は思わず台を殴りそうになるが、何かあっては困るので踏みとどまった。相手は神だ。今俺たちは、神の遊び相手になっているから生存している。まかり間違っても、機嫌を損ねてはいけない。

「あー、負けちゃった」

 回復アイテムがつき、ゲームオーバーの表示が画面に出る。

「でも大丈夫、すぐリスタートできるからね」

「……ああ」

 表示がすぐに切りかわって、最終ステージの入口に戻った。

『うーん、負けちゃいましたね。もう一回突撃してみましょう』

 水田はいつも通り明るくしゃべっているが、その声にはさすがに疲れと困惑の色があった。あんな化け物と戦って、負けたのだから当然だ。

 ゲームの外の世界では、ボタン一つでリスタートできる。でも、ゲームの中の水田にとっては、一回一回の負傷や死亡が現実だ。そんなものを、何度も繰り返させるわけにはいかない。

「いや、今はいい。ここからは俺の仕事だ」

 俺は自分の両頬を強く叩いて、髪をかき上げた。神のシステムや、水田のタフさに甘えてはいけない。俺が、あの化け物を倒す方法を、思いつかなければならない。試行錯誤はこれ以上できない。次の一回で、決める。

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