うしろどローグライク 2
五十嵐さんから聞いた話をまとめると、こんな感じだった。
・私は、マタラという男(神?)によってゲームの中にとらわれている。
・ゲームをクリアしなければ、元の世界に帰ることができない。クリアするには、最終階層にいるボスを倒す必要がある。
・私が死亡すると、ゲームは最初からやり直しになる。記憶は引き継ぐが、それ以外は完全に元通りになる。
・五十嵐さんは、ゲームのキャラである私を操作している。私も自由意志で動くことができるけど、行く部屋を選んだり、戦う時の行動は五十嵐さんの指示の通りにする。
・マタラはいわゆる『SCP』や怪異をゲーム内に放っていて、出くわすとヤバい。
状況を説明してから、五十嵐さんは私に聞いた。
『SCPっつうのはそんなに有名なのか?』
「有名みたいですね。小学生の姪っ子とかがよくしゃべってて、私もそれで。あまりよくは知らないんですけど」
『そうなのか……都市伝説とかは多少詳しいが、聞いたことがねえな』
「まあ、あれは都市伝説や怪談ではないですからね……多分」
私は姪っ子との記憶と、その時ざっと見たウェブサイトのことを思い出す。
『SCP』というのは、インターネット上で公開されている、奇妙な物や事についてのお話だ。そういったものを収容する『財団』で作られた説明書や報告書の形をとったページに、性質や扱い方、来歴などがまとめられている。世界中の人が、『SCP』のフォーマットに則った記事を作ることで世界観が形成されていく、ネット上の奇妙な話『クリーピーパスタ』の一種……だと私は覚えている。
記事は全て
そして、『クリーピーパスタ』といえば、私の閉じ込められているこの謎の空間――『The Backrooms』もそうだ。怪物の徘徊する、無限に続く無機質な空間。これも形式はちがえど『クリーピーパスタ』の一種だったはずだ。
「……都市伝説ですらないものが、なんで『怪談空間』を作れているんでしょう」
荷物の中身を点検しながら、私は五十嵐さんに聞きかえした。
五十嵐さんの以前の説明によれば、『怪談』は怪物化したお話だ。ただのお話が人間に害をなせるようになるには、相応の説得力がいる。そのために必要なのが『ルール』と『匿名性』で、どちらが欠けても『怪談』にはなりえない。『ルール』のない話はディテールを欠く。『匿名性』のない話は現実感を欠く。「友達の友達が言ってたんだけど……」なんて人の口に自然と上らない限り、作者のいる創作の範疇を出ず、現実感を欠くため都市伝説にはなりえない。
『SCP』は誰かが創作したものであることが明白だ。作者をたどることができるし、CCBY3.0であることが逆説的に創作であることを強調している。だから『怪談』にはなれないはずなのに。
『それは……今は考えないほうがいい。相手が神である以上、起こっている現象についてはルール無用だ』
「ルール無用って、じゃあここからは脱出できないってことですか?『怪談』の絶対則……一人は必ず生還できる、もなし?」
『怪談』本体の持つルール……例えば、「旧校舎の4番目のトイレをノックして呼びかけると花子さんが出てくる」みたいなものと違って、『怪談』が『怪談』であるためのルールがある。それは、誰か一人は必ず生き残れる、というものだ。怪談がお話である以上、一人はそれを全部目撃し語る人間がいなければならないから。五十嵐さんはそれを『怪談』の絶対則と呼んだ。
『いいや、脱出できるよ』
私と五十嵐さんの会話に、少年みたいな声が割り込んだ。おそらくマタラというのはこいつなのだろう。
『ボクら神は、キミらのいうところの『怪談』みたいな現象とは違うステージにあるからね。ゲームでいうと、ボクらが開発者で、キミらがゲームの登場人物だ。ボクらは開発者だから好きにゲームをいじることができるし、それがルール無用に映るかもだけど……同じステージにいる者、例えば他の神や、自分自身のした約束を違えることはできないよ。だから、ボクが脱出可能と言った以上脱出は可能だよ』
それを聞いて安心した。なら、挑戦していけばいつかは突破できるだろう。
「さて、それじゃいきましょうか。今回はどっちの扉にします?」
『お前、ほんとにタフだな……じゃあ右だ。この階層のイベントマスなら、さっきみたいな即ゲームオーバーはないだろ』
私はうなずき、開いた扉の先に進む。五十嵐さんには、私の様子が直接見えているわけではないらしい。部屋の性質(戦闘・イベント・ボスなど)が先にわかる地図と、その結果だけが表示されているようだ。でなければ、さっきのシャイガイでみんな死んでる。
扉の先をクリアリングしてから、私は部屋にはいる。そこには、黄色い壁紙と全く不釣り合いな……巨大なぜんまい仕掛けの機械が置かれている。動いてはいなくて、蛍光灯のかすかな音だけが聞こえる。壁には「914」と何か黒いもので書き殴られていた。
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