うしろどローグライク

うしろどローグライク 1

 また目が覚める。知ってる天井だ。頭がおかしくなりそうな黄色の壁紙と、いやな音を立ててぢらぢら点滅する蛍光灯。

「またここか……」

 独り言が不気味に反響した。体を起こし、傍らに転がった荷物を確かめ、うんざりしながら顔を上げると……壁にある3つの扉が目に入る。これもなんども見た。

「五十嵐さん、今度はどっちですか?」

 なんとなく天井を見上げながら言う。すると、返事がある。

『左は戦闘、真ん中はイベント、右はショップだ。この階層なら敵もそこまで強くないだろうから、倒して強化をしたいが……』

 五十嵐さんの声は言い淀んだ。

「大丈夫です。私、丈夫なのが取柄なので」

『……じゃあ、左だ』

 五十嵐さんがそう宣言すると、左の扉が開く。私は、その先に進む。扉が背後で閉まる。この部屋で戦うことになるのは、スライムか、大きな虫か、あるいは……。

「クエエエッ!!」

 ……鳥人間。両手に鎌みたいな武器を持った鳥人間が2匹、同時に襲い掛かってくる。普通ではありえない状況だが、もう数回目になると慣れてしまった。

「いきましょう、五十嵐さん」

『ああ、左のやつに攻撃だ』


 五十嵐さんに誘われて、私たちはとある『怪談』の捜査をしていた。『怪談』は『X番出口』――ある駅に出現する、異変を見抜かなければ外に出ることのできない通路だ。

 私たちは『X番出口』を見つけ、攻略をはじめたのだが……。

「あれ、五十嵐さん、これってなんでしょう」

 駅のコンクリートの壁に、場違いな扉が出現したのだ。

「これも『X番出口』の異変の一つだろう。戻るぞ」

 五十嵐さんはそう言ったが、私はふと気になってしまった。おじさんの顔が違うとか、電気の配置が違うとか、そういう今までの異変とは、どうも質が違うような気がしたからだ。

「ねえ、もしかしてここが本来の出口ってこととか、ないですかね?」

 私はそんなことを言いながら、なんとなくドアのノブをひねってしまった。すると、世界の底が抜けたみたいに……あるいは、バグって判定がおかしくなったゲームみたいに、私たちの体は駅の床に沈み込んでいき……気が付くと私はこの空間にいた。

 それから、ずっとだ。

 私はもう何度も、この空間に挑み、失敗しては最初に戻ってやり直している。

 ここは『バックルーム』。無限に続く同じ扉と部屋の無機質な空間に、得体のしれない怪物たちが徘徊している『怪談空間』。そこを私は、五十嵐さんの指示に従って進んでいた。


「あ、これ使えそう。どうします?」

 鳥人間などの怪異を倒して出てきた宝箱からは、毎回多少の硬貨と、武器やオカルトアイテムが手に入る。3つほどある中から、選べるのは一つだけ。私はショットガンと弾のセットを、どこかから見ているであろう彼に見えるように掲げて見せた。

『ああ、これで次の部屋が戦闘でも大丈夫そうだ』

 リュックサックには詰められるものが限られているから、何を拾って何を拾わないかも大事な判断だ。何度かの挑戦で学んだことの一つ。

『次も戦闘だが、休憩エリアで弾も補給できる。いけそうか?』

「まかせてください!」

 序盤でショットガンが拾えるなんて運が良い。今回こそラクに進めるかも。そう思いながら、開いた扉の先へ進む。

 

 さて、敵は――。

 見回した私の視界が、人型の何かをとらえた瞬間。

「え」

 はすごい速度で私に近づいてきて、異常に大きな口を開けた。


 ――あ、これ、知ってる。

 死の直前、引き伸ばされる時間の中で私は、その名前を思い出した。

 SCP-096。見た人間を問答無用で、超高速で殺す怪異。『シャイガイ』。


 これは、初めてだな。



 俺は気がつくと、薄暗い空間にいた。何かに座っていて、体が動かない。たしか、『X番出口』という『怪談』の調査をしているときに、水田が謎のドアを開けてしまって……。

「気が付いた?」

 対面から声が聞こえると同時に、眼の前に明かりが灯った。ろうそくの明かりだ。炎に照らされて、眼の前の机と、それに立てられた燭台……そして、対面に座っている何者かの姿が、ぼんやりと浮かび上がる。

「こんにちは、お兄さん♪」

 鈴が転がるような美声だ。声のトーンと体格からして、おそらく少年だろう。確証が持てないのは、彼が翁の面を被っているからだ。仮面をつけているのに声が全くくぐもった様子がないのも不気味だが、それより先に聞かなければならないことが山程あった。

「……あいつはどこだ?女がいただろ」

「まずそれを聞くんだ。『ここはどこ?』『お前は誰?』とかじゃなくて」

「異常な状況は慣れっこなんでな」

「ふうん。ま、それに関しては見てもらったほうが早いよ」

 翁面の少年が、机の側面をいじると、ぶちっ、と音がして、別の明かりがついた。

「知ってる?これ。ちょっと前まで喫茶店とかにあったんだけどね」

 机においていた腕に感じるのは、わずかな静電気。ブラウン管テレビに手を近づけたときのような感覚だ。俺がただの机だと思っていたものは、テーブル型のゲーム筐体だった。

 暗闇に光る解像度の低い画面には、『The Backrooms』というドットのロゴが表示され、画面が切り替わった。

「ほら、これが彼女だよ」

 四角く区切られた部屋がたくさん描かれた画面に、ドット絵の女性のキャラクターがいる。

「これが……だと?」

 レトロゲームの画面にしか見えないそこに、確かに水田がいるのだと――捕らえられているのだと、俺は直感的にわかる。わかってしまう。そういうものだと理解できてしまう。

「そう。ちょっとゲームにつきあってもらおうと思って」

 楽しげに話す翁面の少年に、俺は嫌な予感がしてきた。これは、『怪談』関係の中でもかなりまずいパターンかもしれない。

「……お前……いや、あなたは」

「あ、そういうのわかっちゃう感じ?いいよ別に、畏まらなくて。お兄さんは貴重なテストプレイヤーなんだから。ボクが作ったゲームのね」

 翁面の奥で、怪しく何かが輝いた気がした。

「でもまあ、敬意には応えようかな。『神』として」

 いつか、水田に言ったことを思い出す。


 ――何事にもルールがある。ルールがないのは、神様と人間だけだ。


「ボクはマタラ。『後戸の神』、その分霊。芸能と異界を司り……今は『収容』の神として権能を振るっているんだ。異常なものから、君たち人間を守るためにね。でも、しまいこんでいるものも、たまには虫干しをしないとだろう?これは、そのためのゲームなんだ」



 都市伝説デスゲーム 『うしろどローグライク』

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