こっくりキャプチャー・プラン 8(終)

「じゃ、バケモン始末しましょか」

 霊能者、東儀正親は数珠を構え、『こっくりさん』に対峙する。

「ワシを、始末だと?笑わせる、人間風情が」

 『こっくりさん』は全身の毛を逆立たせて威嚇した。かわいい外見だが、言葉の内容が嘘でないほどのまがまがしさが伝わってくる。

「ま、待って下さいよ、東儀?さん!その『こっくりさん』は、自殺しようとした未来ちゃんを助けてくれて」

「だから?」

 彼は私のほうを見もしないで答えた。

「だからなんや言いはりますの?バケモンはバケモンですやん。人間にとりついて好き勝手して、こんな結界まで作って。結果的にええことしとったって、野放しにしてええもんとちゃいますやろ」

 それは、と私は言葉に詰まる。

「やめとけ、水田。こいつに何言っても無駄だ」

「つれないなあ、五十嵐クン」

「……それより、そいつはたぶんどっかの神様だぞ。力が弱ってはいるが……」

「五十嵐クン、心配してくれはるの?うれしいわあ」

 彼はうれしそうに言って、その調子のまま続けた。

「名前がなんでも、バケモンはバケモンやさかい。ま、パパっと祓ってブっ殺しましょ。お姉さん、水田サンいいはるんですか?モデルさんみたいな体形してはりますなあ、彼氏とかいてます?」

「え、あっ!後ろッ!」

 祓うと言った『こっくりさん』が、東儀正親にとびかかっていた。彼は完全に私に体を向けていて、目に入っていないらしい。

「死ねッ!!」

 ぞぶり。肉が裂ける音がする。私は両手で目を覆う。『こっくりさん』の爪が東儀の体を貫いた……かに見えた。

 

「なん、だとッ」

 そこには、彼の体のかわりに、割れた木彫りの人形……丸っこい鳥の形をしている……それ一つ落ちているだけだった。


『鷽替え(うそかえ)とは、主に菅原道真を祭神とする神社(天満宮)において行われる特殊神事である。鷽(ウソ)が嘘(うそ)に通じることから、前年にあった災厄・凶事などを嘘とし、本年は吉となることを祈念して行われる――(Wikipediaより引用)』


 何かを読み上げるような、東儀の声。いつのまにか、彼は『こっくりさん』の背後をとっていた。

「『鷽替え』――替えましょ、替えましょ――ってなあ」

「ふざけるなッ!」

 『こっくりさん』が唸り牙をむく。周囲にいくつもの火の玉が浮かび上がる!私は、綾瀬と未来ちゃんの前に立ち、そのまま3人で教室の端まで逃げる。

 火球が東儀にとびかかる中、彼は涼し気な表情を崩さない。数珠を構え、口を開く。

「『オン アビラウンケン ソワカ』」

 呪文のような言葉にあわせて、バリアみたいなものが展開されて、火球を弾き飛ばした。

「ほら、『呪詛返し』や」

 はじかれた火球は、ゲームで見たホーミング弾みたいに、『こっくりさん』に吸い込まれるように動いて彼女の体を焼く。『こっくりさん』は唸りながらも、全身を燃やしながら東儀にとびかかった!鋭い牙が、首を捉える!

「なんや、しぶといなあ」

 しかし、牙が首に届くことはなかった。

「が……っ」

 『こっくりさん』の体は、空中に張り付けられたように止まっている。地面から突き出した木の枝のようなものが、狐の体を突き刺していたのだ。

「『茨のルーン』。これ、雑魚狩りには便利やねんな」

「こ、『こっくりさん』っ!」

 あまりにも惨い仕打ちに、未来ちゃんが叫ぶ。それを見て、東儀は眉をひそめた。

「かわいそうになあ。バケモンにたぶらかされて、おかしくなってもうたんや……」

 初対面の私でもわかる。彼の言葉は全て表層をなぞるだけ。美しい外見と同じように、中身が何も伴っていない。それが恐ろしい。

「このまま『火葬経典』でも、『御箱様』でも、『銀の弾丸』でも、なんでもブっ祓えるけど……」

「き、貴様……なんの宗派の……」

 口から血の泡を吐きながら、『こっくりさん』は東儀を見上げる。

 私も、恐ろしい光景の裏でひっかかっていたことだ。寺生まれを名乗ったわりに、最初の『鷽替え』は神社の儀式だし、聞いたことない呪文とか魔法みたいなのも使っている。

「あ、僕?。神サンも仏サンも」

「な、何ィ……?!」

「教義とか信心とか、自分に何か制限かけて強化すんの、雑魚の理屈ですやんか。僕、そないブーストせなバケモン倒せない雑魚とちゃうんで」

 五十嵐さんが言っていたことを思い出す。『制約と誓約』で説得力を得て力を持つ『怪談』たち。逆に言えば、もともとものすごい力があれば、なんの制約もいらないということか。

「そや、せっかくギャラリーもおるし、一丁いつものアレにしときましょか」

 貫かれ、本物の動物みたいに痙攣する『こっくりさん』。その手は、私のほうに――未来ちゃんのほうに伸ばされているように見える。

「やだ、やめて!『こっくりさん』は悪いものじゃないの、だから……」

 未来ちゃんは叫びながら、私の制止をふりきって走り出す。

 だが、間に合うはずもなかった。

「『破ァーーーッ!』」

 東儀の持つ数珠から強い光が放たれ、『怪談空間』ごと、全てを消し去った。


 いつのまにか私たちは、もとの散らかった部屋に戻っていた。未来ちゃんは、ベッドにつっぷして泣いている。

「うわ、きったな」

 東儀は着ていた浴衣のすそをつまんで、汚れた床に触れないようにした。

「正親、なぜ首を突っ込んできた」

 五十嵐さんが厳しい顔で東儀に詰め寄る。

「なぜって、友達がバケモンに絡まれとったら、助けるのが友達やんか」

「お前と友達だった覚えはない」

「いけずやなあ……」

「さっさと出ていけ」

「はいはい。いつもこうや、バケモン祓ったったのに冷たくされて、僕ってかわいそうやなあ……ほな、またなあ。水田サンも、困ったらいつでも僕のこと、呼ばはってくださいね」

 五十嵐さんは東儀を部屋の外に押しやる。東儀は素直にしたがって出ていき、部屋には未来ちゃんの泣き声だけが流れる。


「その……なんかすごいことが起きすぎて、いいそびれてたんだけど」

 未来ちゃんが少し落ち着くと、綾瀬が五十嵐さんと私に話しかけてきた。

「ありがとうございました。なんか最後、ちょっとあれでしたけど、未来は無事に戻って来て……」

「ああ。それは良かったが……アイツのせいで、妹さんに余計な悲しい思いをさせちまって悪いな」

「あなたが謝ることないです。このことも含めて、私、もっと未来と話して、向き合っていこうと思います。晶子も、ありがとね」

「ううん、ぜんぜん。また、未来ちゃんもいっしょに、ご飯でもいこうね」

 泣きはらした綾瀬の目は、私に相談してきたときよりずっとすっきりしていた。ともかく、これで本当に一件落着、なのだろう。すべては解決したのに、なんだか気持ちがひっかかってとれないまま、私は五十嵐さんと綾瀬の家を後にした。


 電車の中は、学校や仕事から帰るひとでほどほどに混んでいて、私は日常に帰ってきたんだなあ、と実感する。

「あの」

「あいつのことなら聞くな」

「いや、無視するにはキャラが濃すぎるでしょ。あれも五十嵐さんと同じ、解体の人なんですか?」

「あいつのは解体じゃねえ。ブっ壊してるだけだ……あいつは、ああやって『怪談』を終わらせる。読み解くことも、語りなおすこともしないで、いきなり現れて、なんでもありで全部を強制的に解決する。それが『寺生まれのTさん』、東儀正親だ」

 五十嵐さんはため息をつきながら、胸ポケットのタバコを漁って、電車内なのを思い出して止めたようだった。

「お友達なんですか?」

「まさか。昔ちょっといろいろあっただけだ」

「ふうん」

 それはちょっと疑問だ。なぜなら、あの東儀正親の、うすっぺらな全ての言動のなかで、五十嵐さんに語る言葉だけが、唯一本当っぽい響きがあったからだ。

「……疲れたな」

「そうですね」

 電車は規則正しく、私たちを最寄り駅に運んでいく。

「巻き込んで悪かったし、なんかおごりましょうか。食べたいものありますか?」

「お前のばあさんの煮物が一番食いたい」

「いいですね。おばあちゃんに頼んでみます」

 車窓の外の夕日は、『怪談空間』の中で見たものとちがって、どこかあたたかみのあるオレンジ色だった。

 私はそれを見ながら、あの『こっくりさん』と名乗った何かが、どこかで生きていてほしいな、と、そんなことを思うのだった。



『こっくりキャプチャー・プラン』終わり

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