こっくりキャプチャー・プラン 7
そこから、『こっくりさん』は静かに、怒りをにじませた声で話し始めた。
「未来は学校でひどい扱いを受けていた。きっかけなどは知らぬ。年の若い人間が群れれば、そういうこともあるだろう。どこにでもあることじゃ。ただ、未来は助けを求めなかった。教師にも、友人にも、そして家族にも、誰にも。迷惑をかけまいとしてな」
コインは、「め」の文字にとまったまま、動かない。
「未来がいじめられていたなんて、ぜんぜん、そんな様子なかったのに」
「本当か?本当に、そんな様子なかった、のか?」
未来ちゃんの顔で、『こっくりさん』は綾瀬をにらみつける。
「未来は聡い子じゃった。自分の状況を、隠しおおせてしまった。……じゃがな。お前は、お前たち家族は、気が付くべきだったんじゃあないかのう?姉よ。お前は、妹とちゃんと向き合っていたか?未来の優秀さに甘えて、見たくないものを見ないようにしていただけではないのか?!」
「う、ううう~~っ……!」
綾瀬は唇をかみしめている。
「あの時の、そうだったのかな……でも、だって……私はダメな姉で……っ!未来のほうがずっとしっかりしてて、良い子でっ!」
「そうじゃ、その態度!お前たち家族が、未来に押し付けた『良い子』の役割が、未来にすべてを抱え込ませた!」
「もういいでしょ」
苛烈に攻め立てる『こっくりさん』を、私は遮った。
「綾瀬、心当たりがあるの?」
綾瀬は泣きながら頷く。私は事情を知らないし、たぶん『こっくりさん』の言うことは実際そうなのだと思うんだけど。
「お前の言ってることが事実だったとして……ああすればよかった、こうすべきだった、それは神様の理屈だ。そう簡単に人間に押し付けるもんじゃねえぞ」
五十嵐さんが低い声で言う。よくわからないけど、きっと綾瀬のことを弁護しているんだと思う。
「……どうする、続けるか?もう、だいたいこいつの言わせたいことはわかっただろう。水田が【指摘】して、終わらせてもいい。ルール上それは可能なはずだ」
「ふん、好きにするがいい。だが……姉よ。お前が罪に向き合うなら、ワシに質問するのじゃ」
綾瀬はしばらく嗚咽していたけど、意を決したように口を開いた。
「……こ、こっくりさん、こっくりさん……『未来は……未来は、どうなったの?』」
曖昧過ぎる質問。だけど、『こっくりさん』は答える。それが許されているのがこのゲームだ。
コインは盤上をゆっくり動き、再び3つの文字を指し示す。
「し」「さ」「つ」。濁点のありかを、誰も聞くことはしなかった。
重い沈黙が流れる中、私は五十嵐さんが言っていたことを思い出す。
普通、人間の体を乗っ取ったり、性質まで変えてしまうことは、とても難しいらしい。でも、宿主がすでに死んでいたらどうだろう。魂というものがあるとして、それがあるところに割って入って好き勝手するのと、何もないところに入り込むのでは、きっと難易度が異なるはずだ。
「ついでに、じゃな」
『こっくりさん』がぽつりと呟いた。
「『さ』が『罠』じゃ。これで4/6が開示され、次の【指摘】でお前が当てられなければ、負けじゃ」
彼女は、未来ちゃんの顔で、綾瀬を見つめる。綾瀬は大粒の涙を流していた。
「……未来は、気丈にいじめに耐えていた。だが、家庭にすら逃げ場がなければ、いずれは疲弊してしまう。その果てに、ふと判断を間違えてしまったんじゃろうな。あいつは、学校の屋上から飛び降りた。それが、ワシが未来にとりついた日に起こったことじゃ」
【指摘】をうながすように、『こっくりさん』は綾瀬を見つめつづけた。
私は、本当のところを知らない。綾瀬が何か重大な見落としをしていたのか、とか、未来ちゃんにどんないじめがあったのか、とか。でも、きっと綾瀬の涙が、その答えなんだろう。綾瀬は、絞り出すように「その言葉」を口にした。
ごめんなさい。
単語でも、文章でもない、6文字の言葉。『こっくりさん』が用意した、綾瀬に言わせたかった言葉。
「未来っ、ごめん、ごめんねえ、私、もっとちゃんとあなたの話を聞いていれば……私は」
ゲームは終わった。机を引き倒し、綾瀬は未来ちゃんの体にすがりついた。汚いTシャツに、涙のあとがたくさん、染みになった。
「……あたしのほうこそ、ごめんなさい、お姉ちゃん」
返ってきた言葉には、優しい響きがあった。『こっくりさん』の言葉ではなく、綾瀬の妹、未来ちゃんの声だった。
「もっと、お姉ちゃんに頼るべきだった。『こっくりさん』の言う通り、あたし、全部抱え込んで……」
「み、未来っ!生きてるのっ?!」
「うん、生きてるよ……『こっくりさん』が助けてくれたの。ねっ、『こっくりさん』」
未来ちゃんは綾瀬の頭をなでながら、『怪談空間』の隅を見て声をかけた。そこには、
「……なんじゃい。いい雰囲気になったから退散しようと思ったのに」
二足歩行の狐の幽霊みたいなのが、こっそり教室のドアから抜け出そうとしていた。『ズートピア』のニックの女の子版といった感じの外見。ちょっとかわいい。『こっくりさん』はバツが悪そうに耳を揺らす。
「あたしは、確かにあの日、学校の屋上から飛び降りて……その時点で、あたしの心はもうぼろぼろだったの。そういう意味ではもう、死んじゃってたのかも。でも、落ちてる最中に、『こっくりさん』が入り込んできて、したらものすごい力で学校の壁につかまって。死ぬんじゃない、って。あんまり必死だから、あたし、笑っちゃった」
未来ちゃんは、私の知っている顔でにっこり笑った。
「そこから、『こっくりさん』は、心が死んじゃったあたしの代わりに体を動かして……その間に、あたしと心の中でたくさんお話して、聞いてくれて。すごく親身になって、自分のことみたいに怒ってくれた。お姉ちゃんたちを変なゲームに巻き込んだのは驚いたけど」
「あほ。お前が自殺のことは家族に言わないでなんてルールをかけるから、別のルールで上書きして話すしかなかったんじゃ。まったく、ガキなんじゃからもっと素直に怒ったり泣いたり、当たり散らしたりすりゃいいというのに」
「うん、『こっくりさん』もごめんね、ありがとう。あと、水田さんと五十嵐さんも」
未来ちゃんが私たちに頭を下げる。
「あたしたちの家のことに巻き込んじゃって、すみません」
「いやいや、そんな」
なんだかうまく解決したようなのでよかった、と私は手を振るが、五十嵐さんは固まったままだ。
「あれ、どうしたんですか、まだ何か気になることでも?」
「……礼ならあとでいい、さっさとまともな服を着てくれ。その格好で前にかがむな」
「五十嵐さんて、見た目より奥手なんですねえ?」
「なんじゃ、ワシが入っとったときには普通に見たくせに」
「うるせえ、見てねえ」
私たちは笑った。綾瀬も泣きながら笑ってた。よかった、これで本当に一件落着――。
「あー、おもんないですわ、そういうの」
『怪談空間』に私たち以外の声が響く。恐ろしくきれいな声。
めぎ、めぎっ、と空間にヒビが入って、そこから何かが出てくる。
「なに解決した気になってはるの?まだ死んでへんやないですか、バケモンが」
声の主が、空間のヒビから、ぬうっ、と顔を出す。
異様に長い黒髪、白い肌、切れ長の目、長い手足。ものすごいイケメンだけど、ぜんぜん好きになれない、非人間的な美しさ。
「五十嵐クン、まだこんなヌルいことやってはるの?」
黒髪のイケメンは、私たちを……五十嵐さんを見下ろしながら、冷たい声で言った。
「誰ですか、あれ。知り合い?」
私が聞くと、五十嵐さんは苦虫をかみつぶしたような顔をする。私は苦虫をかみつぶしたことはないけど、とっさにこんな表現が出てくるぐらいには、嫌そうな顔だった。
「……最初にちょっと話したろ。本物の霊能者。それがあれだ」
「あれ、五十嵐クン、女の子連れてはるやないですか。えらいべっぴんさんで」
空間のヒビから乗り込んできたそいつは、私に頭を下げる。
「はじめまして、べっぴんさん。僕、
黒い長髪の霊能者は、そう言って笑った。その表情は、『こっくりさん』がにまにま笑っていたときとすごく似ていた。
「霊能者やってますねん。バケモンブっ殺すのが僕のお仕事で、みんなからは――」
東儀正親は、懐から何かを取り出した。それは――数珠だった。
「『寺生まれのTさん』呼ばれてます」
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