こっくりキャプチャー・プラン 2
綾瀬の実家は、大学や私と五十嵐さんの住むアパートから、急行で3駅ほど離れた閑静な住宅地にあった。綾瀬はそこから大学に通っていて、両親と妹と犬(ボーダーコリー、4さい)といっしょに住んでいる。
綾瀬の母親は憔悴しきった様子で、高校生の時に遊びにきたときとのギャップに驚いてしまった。『こっくりさん』の対応は、それほど大変らしい。そういうわけで、「霊能者的な物」として紹介された五十嵐さんは歓迎され、綾瀬の妹の部屋まで案内された。
部屋の扉を開けると、ひどい臭いが私たちの鼻をついた。何日も洗ってない服とか、放置された食べ物とか、その手の臭い。少なくとも、女子高生の部屋からしていい類の臭いではない。
「なんだ、貴様ら」
ドスのきいた低い声が、ゴミ山になっている寝床の中から聞こえた。私の知っている綾瀬の妹、未来ちゃんの声とは似ても似つかないものだ。積もったゴミがもぞもぞと動いて、声の主が這い出して来る。
「うお」
五十嵐さんが声をあげ、若干目をそらした。ベッドの中から出てきた未来ちゃん――『こっくりさん』は、裸にTシャツという恰好だったからだ。Tシャツは、よくわからない汚れで黄ばんでいた。
「お前が『こっくりさん』か?」
五十嵐さんが聞くと、彼女(?)は尊大な調子で答える。
「いかにも、ワシが『こっくりさん』である。この娘の体にとりついてやったのよ」
五十嵐さんは少し怪訝な顔をして続けた。
「なぜこの女にとりついた?」
「そういう『決まり』だからじゃ。『お帰りください』と言われなかったから、帰らなかった。それだけのことじゃ、小僧。お前、『こっくりさん』を知らんのか?」
私も知ってる。『こっくりさん』は、たしかなんかの儀式をして、『お出でください』で呼び出し、最後は『お帰りください』で帰ってもらわないといけないのだ。
「しかしまあ、なんじゃい。ようやっと話のわかるやつを連れてきたと思ったら、山伏でも坊さんでも陰陽師でもない、ただの小僧とは。金子をケチったか?それとも、ワシをただの狐畜生と侮ったか?」
「ち、違うの未来、これは」
「ワシをその名で呼ぶでない」
ぞっとするほど冷たい声で、未来ちゃんの姿をした何かが言った。
「ワシは『こっくりさん』じゃ。して、小僧。どこのモンかしれんが、ずぶの素人というわけでもなさそうじゃな。その程度の腕でワシをどうするつもりじゃ?」
床に落ちていた生肉らしきものを拾い上げ、咀嚼しながら『こっくりさん』が聞く。
「祓うか?調伏するか?くくく、生兵法でやってみてもいいが、けがをするだけじゃぞ」
愉快そうに口をゆがめる『こっくりさん』に、五十嵐さんは少し考えてから返した。
「……勝負をしないか?」
「勝負ゥ?」
「お前の言う通り俺は単なる素人だ。霊力も何もない。そんな俺がお前に要求を聞いてもらうには、勝負をして言うことを聞いてもらうしかない」
「ケっ、存外聡いのう」
未来ちゃんは口をとがらせる。
「勘違いして調伏しようとしてきたら、返り討ちにしてやろうと思っておったんじゃが……じゃが、『勝負』か。遊びか。うん、良いではないか」
そしてすぐに、ぎいっ、と不格好に笑った。
「よかろう、『勝負』に負けたら、ワシはこの娘から出ていく。じゃが、ワシが勝ったら……姉よ、お前の生き胆を食わせてもらうぞ」
「えっ!?」
私は綾瀬を振り返る。綾瀬も、目を見開いて口を押えていた。
「わ、私の?」
「当然じゃろうが」
『こっくりさん』は苛立たし気に言い捨てる。この妖怪?は、綾瀬だけに当たりが強い気がする。
「そも、この女を、『妹』を開放したいのはお前だろう、姉。そこな小僧のお人よしに漬け込んでワシの相手をさせて、賭け金すら支払わないというのは筋違いというもの。恥ずかしいとは思わんのか」
「で、でも私、勝負なんて」
『こっくりさん』の言うことも道理ではあるが、突然命を賭けろと言われて、綾瀬は困惑しているようだった。
「やるのか、やらねえのか」
五十嵐ににらまれ、綾瀬はようやく決心して、頷いた。『こっくりさん』がまた獣じみた笑みを浮かべて、私は鳥肌が立つ。
「くかかか!よかろう、よかろう。『勝負』は成立じゃ!姉よ、貴様ぐらいの娘の生き胆が一番美味だからのう、ワシは楽しみじゃ」
『勝負』が成立した途端に、汚い部屋の景色が歪む。ずるずると、『こっくりさん』の背後から暗闇が広がり、背景を塗り替えていく。
そこは真っ赤な夕日の差し込む教室だった。
「せっかくじゃ、お前たちにも参加してもらおう」
「え、五十嵐さんと綾瀬はともかく、私も?!」
「なあに、簡単な『げえむ』じゃよ」
『こっくりさん』は、五十音表と鳥居の書かれた紙、そして硬貨を取り出す。それは、『こっくりさん』を行うのに必要なセットだ。
「ちょっとした言葉遊びじゃ。ワシはこれを『狐狩り』と呼んでおる。ちょうどいい名前じゃろ?」
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