こっくりキャプチャー・プラン

こっくりキャプチャー・プラン 1

 コックリさん(狐狗狸さん)とは、西洋の「テーブル・ターニング」に起源を持つ占いの一種(中略)日本では通常、狐の霊を呼び出す行為(降霊術)と信じられており、そのため「狐狗狸さん」の字が当てられることがある。机の上に「はい、いいえ、鳥居、男、女、0〜9(できれば漢字で書いた方が良い)までの数字、五十音表」を記入した紙を置き、その紙の上に硬貨(主に五円硬貨もしくは十円硬貨)を置いて参加者全員の人差し指を添えていく。全員が力を抜いて「コックリさん、コックリさん、おいでください。」と呼びかけると硬貨が動く。(Wikipediaより引用)



 8号館の出口近くの喫茶店は、学生街にしては強気な値段設定のため、外の賑わいに反してのんびりしていた。店内にいるのは、地元民らしい数人の老人と、あとはラップトップを開いて作業をしている学生、それに私たち。

「どうですか、五十嵐さん。なんとかなりそうですか?」

「どうってよぉ」

 五十嵐さんは渋い顔をして、氷のとけたアイスコーヒーに刺さった紙ストローをぐじぐじと噛んだ。私たち、つまり私(水田晶子)と、高校の同級生、綾瀬は、彼にある相談を持ち掛けたところだった。

「俺は別に霊能者とか、拝み屋とかじゃねえんだって」

「でも『きさらぎ駅』は倒したじゃないですか」

「え?『きさらぎ駅』って……倒したって?」

 私と五十嵐さんは、少し前に『きさらぎ駅』という謎の空間(五十嵐さんのいう『怪談』)にとらわれ、そこから脱出してきた経緯がある。てっきり、五十嵐さんはそういうオカルトを倒せる人だと思って、今回も相談していたのだった。綾瀬にはあまり説明していなかったので、混乱してしまっている。

「ていうかさ、晶子、この人誰なの?彼氏?ガラ悪くない?」

 綾瀬がいぶかしむのも無理はなかった。五十嵐さんは、かなり大柄で目つきが悪く、日焼けしてるしちょっと怖い。話してみるとイイ人なんだけど、

「えーと……おばあちゃんがやってるアパートに住んでる人」

「てことは、ただのご近所さん?」

「まあそう」

 私たちが小声で話していると、五十嵐さんが咳払いをした。

「確かに俺は、『怪談』の相手をしたり解体したり、そういうことはしてるが――お前の話を聞くに、妹さんは『こっくりさん』に取り付かれたってんだろ」

「はい」

 綾瀬は神妙な顔で頷く。


 綾瀬の妹が、ある日を境に全く別人のようになり、自ら『こっくりさん』が取りついたと言っている、というのが、相談の内容だった。曰く、聡明で真面目だった妹が、学校にも行かなくなり、汚い言葉を使ったり、暴れまわったりしているらしい。


「だったら、そいつは医者か、本業の霊能者の領分だ。そんなの相手は、俺の仕事じゃない」

「由緒正しい……?」

 綾瀬が聞きかえす。五十嵐さんはこれまた渋々説明した。

「『こっくりさん』の起源は、19世紀末にヨーロッパで流行った占いだ。テーブルターニングとか、ウィジャボードとか呼ばれているやつで、筋肉の無意識の運動を占いに使ってたんだ。それが日本に入って来て、何度かブームになったのが『こっくりさん』。んで、あんたの妹がなっているのはおそらく『狐憑き』。こっちは日本にもっと古くから見られる、主に若い女性の異常行動だ。基本的には脳の病気が原因とされている。ネタが割れてるんだ。それでダメならマジでとりつかれてるんだから、医者か霊能者、まずかかるべきはそっちだ」

「……五十嵐さんて案外雑学キャラですよね」

 私の素朴な感想に、うるせー、と五十嵐さんは小声で言う。

「とにかく、俺の領分じゃあねえ。医者は知らねえが、霊能者なら……どうしてもっていうなら紹介してもいい。気はすすまねえ相手だが」

「お医者さんには連れて行ったんですが」

 綾瀬はうつむいたまま続ける。

「どこにも異常はないって。脳のほうはともかく、あんなに生肉とか食べて無事なわけないのに」

「生肉?」

 私は思わず聞き返した。

「うん、鳥の生肉。バクバク食べて、ピンピンしてるの。暴れまわってるぐらい」

「……そりゃ異常だな」

 五十嵐さんの表情が変わった。

「異常って?」

「生肉、特に鳥の生肉はカンピロバクターっつう……」

「それぐらい知ってます!私が聞きたいのは、なんで五十嵐さんがそこにひっかかってるのかってこと」

「ああ、そっちか」

 私は少しむくれて見せる。五十嵐さんは気にも留めない様子だった。

「異食症っつって、病気になって普通食わねえもんを食うようになるのは、そこそこある話だ。だが、それでなんの影響もないのはおかしい。病気で異常行動してるにしろ、所謂動物霊がとりついているにしろ、人間の体が変質するほどの影響が及ぶわけはねえんだ」

「あの、つまり、どういう……」

 綾瀬が控えめに尋ねるより先に、五十嵐さんは席を立った。

「病気と動物霊、どっちでもねえ可能性がある。人体に影響を及ぼせるほど、もっと強い『何か』の可能性が。案内しろよ、その『こっくりさん』のところへ」

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