きさらぎチケット・トゥ・ライド 8(終)

「さて、終わったな」

 五十嵐はあっさりと言って、再びホームの上に戻ってきた。彼に「まだやるか?」と聞かれた秋山は首を強く横に振った。人が死んでいるのにその態度はどうなのか、とちょっと思ったけど、それだけ多く『怪談』と渡り合ってきたんだろう、と私は思った。

「あとはこの『怪談』を解体するだけだが……」

「その解体って、なんなんですか?それが終われば、もとの場所に戻れるんですよね」

「ああ。とはいってもたいそうなもんじゃない。要は……」

 

 五十嵐の言葉を遮るように、『駅』全体が揺れ始めた。大きな地震の時みたいだ。

「……!あの女、本格的に『怪談使い』になりかけてたのか?!ここはまずい!」

 どん、と私の体がつきとばされる。線路と私の間に、五十嵐が割り込んだのだ。


 音割れしたメロディーが、狂ったように流れる。

『222222222ばんせせせせせんんんんんん でででででんんしゃしゃしゃががががががががが』

 電車が近づいてくる音も、ガガン!ガガン!と明らかに先程よりも速い。すでに五十嵐の足には手形が無数に張り付いていた。

「ちょっとぉ!!!なんなのよこれぇ!!」

 秋山も見えない手に囚われ、線路に貼り付けられているようだった。それを見てから、五十嵐は私をつきとばした。

「行け、水田!お前だけなら逃げられる!どこでもいいから外に向かって走れ!」

「で、でも、あなたは」

「俺のことはいい!さっさといけッ!!」

 必死の形相で叫ぶ五十嵐に、私は走り出す。とにかく線路から離れて、あの電車が来る前に。


 警笛が聞こえる。ライトが巨大な獣の眼光のように、五十嵐と秋山を捉えていた。

 

 私はそれを見た瞬間、違和感を覚えた。一刻も早く逃げ出さなければ、死んでしまうかもしれないのに。


 なんで、私だけ助かってるの?


 普段は使ってない脳の部分が急に稼働したように、頭のなかに記憶があふれだす。


『怪物化したオハナシ、それが怪談』『制約と誓約』『きさらぎ駅』『チェーホフの銃』。


「何シてんだ!?早くいけッ!!」

 五十嵐の叫び声が遠くに聞こえる。


 そして、私は一つの可能性に思い当たる。これなら。


 そう思った瞬間、私は体を。もし推測が間違っていたら、とか、そんなこと考えるヒマもなかった。


「止まれええええッ!!!」


 私が、二人の貼り付けられている線路の直線上に入った、その時。

 轟音をあげていた電車は、嘘みたいにぴったり止まった。


「あ、あなた、何して……」

 秋山が横になったまま呟く。五十嵐のほうは、呆然とするような、怒っているような、そんな顔だった。


「……お前、頭おかしいんじゃねえか?」

 彼はつぶやき、ゆっくり体を起こした。

「あはは、ごめんなさい、せっかく逃してくれたのに」

「あははじゃねえ。バカか?思いついたって絶対やらねえだろこのバカ」

「でも、気づいちゃったんですよ。五十嵐さんが散々、これは『怪談』だって言ってたことに。『怪談』がオハナシなら、ですよね?」


 あのとき、3人全員が見えない手にとらわれなかった理由。五十嵐さんが、解体っていうのも終わってないのに、「お前だけなら逃げられる」と言った理由。それは、『怪談』の『ルール』として、誰か一人は生還させないといけないルールがあるから。だって、『怪談』は生き残った人が誰かに話さないと、誰にも伝わらない。出会った人が全員死んじゃったら、誰もオハナシを伝えることができず、その『怪談』そのものが成立しないからだ。


「だから、私も線路に飛び出せば、電車は止まると思ったんです。あの勢いで突っ込んだら、3人とも死んじゃうでしょう?まあ、それに失敗したって私が死ぬだけですから」

 五十嵐は、こんどこそ完全に呆然として、私のことを見ていた。確かに、ちょっとアブナかったかもしれないけど、でも体のほうが先に動いてしまったんだから仕方ない。


「……もういい、わかった。お前、ちょっとヌケてるやつだと思ったけど」

「よく言われます」

「ヌケてんのは頭のネジだったみてえだな……だが、まあ、助かった。これで解体できる。でも、その前に」

「なんですか?」

「二度とやるな。自分を犠牲にするようなマネは」

 元々ガラの悪い顔だった五十嵐が、本気で私を睨んだ。ぞっとするほど冷たい目で、私は無言でうなずくしかなかった。


 五十嵐はポケットを探り、先程のゲームで使用した切符を取り出す。そして、滔々と語り始める。


――脱出不能の異界駅、『きさらぎ駅』。迷い込んでしまった者は駅に囚われ、二度と出ることはできない。『きさらぎ駅』は、廃線となった駅たちの無念が積み重なり生まれたモノだったのだ。


 今までの少しぶっきらぼうな言葉と違い、深く、ゆっくりとした口調だった。


――では、『きさらぎ駅』から脱出するにはどうすれば良いのか。簡単なことだ。切符を買って、電車に乗ればいい。それが、いつまでも人を迎え、送り出したかった駅たちへの弔いとなる。そして、『きさらぎ駅』があったことを、覚えておくのだ。人が使わなくなっても、地名が変わっても、誰かの記憶の中に『きさらぎ駅』があれば、廃駅たちの無念も、少しは慰められることだろう。


 彼が言葉を切ったとき、不思議なことが起こった。

 一瞬、私達以外には誰もいないはずの『きさらぎ駅』に、人の気配があふれたのだ。


 靴音。人の声。ざわめき。発車ベル。警笛の音。このカチカチという音は、昔の切符を切る音かも。学生たちのはしゃぎ声。電車好きな子供の歓声。誰かを見送る声。迎える声。電子音、方言。そんなあたたかなノイズが、私達を包み込んだ。


『1番線 電車が参ります』


 いつのまにか、私達を轢殺しようとしていた電車は消え、かわりに1番線に電車が止まっていた。

「……ほれ、お前らも切符を持て。秋山とかいったな、切符あんだろ」

「は、はい」

 秋山は箱から2枚切符を取り出して、私に1枚くれた。

 私達は、1番線のホームによじ登り、きていた古い電車に乗り込む。映画でしか見たことのない、木の内装の電車だった。席に座ると、座面は結構柔らかい。


『この電車は きさらぎ発、現世行き 本日はご乗車いただき、ありがとうございます』


 車掌の声のアナウンスが流れ、ドアががたがた音をたてて閉まった。


 軽快な笛の音。そして、どこからか「出発、進行」の声がして、電車はゆっくりと動き出した。



 ふと気がつくと、見慣れたJRの車内だった。隣には五十嵐、もういっこ隣には秋山がいて、秋山は不思議そうに周りを見回している。

「戻ってこれたな」

 小さい声で五十嵐が言った。緊張がほぐれて、少し表情が穏やかになっていた。

「よかったです」

 私もほっと一安心だ。安心すると、最後の五十嵐の行動が気にかかった。

「最後に言っていたこと、あれ本当なんですか?」

「ああ、あれは口からでまかせだ」

「ええー」

 ちょっとイイ話風だったのに。

「付け加えたんだよ、切符を持っていれば出られるって『ルール』を、『きさらぎ駅』にな。あの二条とかいうやつが、『きさらぎ駅』をアホみたいなデスゲーム空間に語り直したみたいに。ま、そのためにはある程度説得力が必要だったから、諸々含めて語り直した。こうしてオチがついて、初めて『怪談』は解体される。俺の仕事は、悪意を持って捻じ曲げられた『怪談』を語り直して、いったんバラして元の姿に戻すことなんだよ」

「なーんだ。霊能みたいなのでセイッ!てやるのかと思ってました」

「オカルト番組の見すぎだ……まあ、そうやって祓う方法もあるが、それじゃあ怪現象はなくせても『怪談』そのものは倒せねえ。暴力的なやり方だ」

 話していると、電車が止まって、秋山がぺこぺこ頭を下げながら降りていった。ああしてみると、本当に普通のおばさんみたいで、ゲームの時にあんな残酷な顔をしてたのが嘘みたいだ。


 私は、秋山と二人、電車に揺られる。川の上を通ると、昼のうららかな光が水面に反射して、きれいだった。


「……ありがとうございました、五十嵐さん」

「ん、俺こそ巻き込んじまって悪かったな」

「私、昔から後先考えないところがあって。ちょっと気をつけます」

「そうだな、もうするなよ」


 電車が止まる。私の最寄り駅だ。


「じゃ、私はこれで」

「おう」


 自動ドアが開き、私は席を立つ。五十嵐は席にすわったまま、手を振った。笑っていた。笑うと案外可愛い顔だな、と思った。

 外に出ると、吹き抜ける風が気持ちいい。


 電車の窓越しに五十嵐を見ると、彼はもうスマホを取り出していた。そして、目を丸くして、顔を上げ――おそらく電車の電光掲示板を見て――あわてて立ち上がって駆け出した。


「ダァシエリイェス」


 ピンポン、と電子音を立てて閉まっていくドア。ぎりぎり、彼は降りることができたようだ。


「どうしたんですか?」

「……この前引っ越したんだよ。この駅が最寄りだったの、すっかり忘れてた」

「あはは、じゃあけっこう近いかもですね」


 肩で息をする彼を見て、私は思わず吹き出した。


 その後、どこまでいっても彼と私の帰り道が一緒で。私は今日はじめて、私の住んでいるアパート……というより私の祖母が大家をやっていて、私が居候しているアパートの一室に、五十嵐遥が引っ越してきたことを知るのだった。





『きさらぎチケット・トゥ・ライド』おわり














――数週間後。S大学構内。



「悪いね晶子。時間とらせちゃって」

 私――水田晶子は、高校の同級生、綾瀬とカフェテリアで落ち合った。

「空きコマだから、ぜんぜんいいけど、どしたの?」

「あのさあ、晶子ってオカルトとか詳しい?霊能者の知り合いとかいない?」

「え、何何」

「いいから、いたりしない?!なんかこう、除霊とかできる人」

 彼女はからかっているような様子ではなかった。私は、五十嵐のことを思い浮かべる。

「いなくも、ないけど」

「ほんと!?実はさ、妹が大変で」

 綾瀬は周囲の様子を伺ってから、私に耳打ちした。

「『こっくりさん』に、取り憑かれちゃったみたいなんだ」



――都市伝説デスゲーム2『こっくりキャプチャー・プラン』に続く

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