きさらぎチケット・トゥ・ライド 7
二条は五十嵐の行動を誘導することで、自分の(あるいは秋山の)仕込んだ切符を引かせることに成功した。五十嵐の引かされた切符の数字は、0000。そこからできる数字は、0以外にありえない。
「ほら、計算時間が終わるわ。10歩も歩いたらゲームオーバーよ?」
自分の引いた切符をひらひらさせながら二条が煽る。五十嵐は切符を投げ捨て、天を仰いでいた。
彼が「アテがある」と言っていたのが、このイカサマの看破だとしたら、かなりまずいことになる。
ベルが鳴り終わり、二条は悠々と2歩進んだ。残りは4歩だが、ここでゲームが終わってしまえば関係ない。
「さ、貴方の番よ」
五十嵐はこれから向かう暗闇を見ながら、小さい声で呟く。
「『乗車』が終わった時、その『乗車』で誰かがホームの端にたどりついた場合、ゲームが終了し、最も線路から近い者が死ぬ。……そういうルールだったな。だからさっき、甲田は自分の『乗車』ターンで水田を突き飛ばし、ゲームを終わらせようとした」
「そうだけど……何が言いたいの?私は無理よ。そこのお姉さんみたいに投げ飛ばすことはできないけど、されるってわかってたら避けるぐらいわけないわ」
「……そうか」
五十嵐は、覚悟を決めたように、一歩踏み出し……。
違う。私にはわかる。ただ歩くだけなら起こらない体重の移動。走り出している!二歩、三歩、四歩と、五十嵐はダッシュで加速していく。
「は?!な、何やってるの?!」
あっけにとられる私たちを尻目に、決められた10歩をものすごい勢いで進んでいく五十嵐。ホームの端はすぐそこだ。
そして、たどり着いた五十嵐は、その勢いのままに――。
「だあっ!」
跳んだ。ホームの端から踏み切って、線路を超えて『きさらぎ駅』の暗闇へと。
「い、五十嵐さぁん!」
私は思わず叫ぶ。だってその先は闇だ。着地点があるかどうかすらわからない。ヤケになったんだろうか?
「何をするかと思えば……」
ジャンプする五十嵐を見送る二条はがニヤニヤ笑っている。
「『きさらぎ駅』は『脱出不能の異界駅』……その外側には何もない。線路の向こうにもね」
その言葉が本当なら、五十嵐は虚空に身を投げたようなものだ。一体何故……と思った時、私はゲームが始まる前の彼の言葉を思い出した。
――
「『チェーホフの銃』、って知ってるか」
「それも有名なマンガですか?」
「ありそうだけど違う。例えば、映画や漫画で銃が映るシーンがあったら、その銃は後々使われないといけない……使われないなら映す意味がないから、という意味だ。このセオリーを『チェーホフの銃』という」
「それが『怪談』とどう……あ」
「オハナシである『怪談』の中で起こることには、全て意味がある。お前が誰かに話を聞かせる時、わざわざ無用な情報を入れないだろ。だから、『怪談』のなかでは全てに気を配る必要がある。そして、その中に『怪談』攻略の鍵になるものが、必ずある」
「全てに、ですか」
「だから気をつけろって話だ。何か情報がつかめれば、それが『怪談』を倒す『銃』になりうるかもしれないからな」
――
そうか。着地地点はあるんだ。
五十嵐は、線路を超えた先に着地した。そこは、『きさらぎ駅』2番線と1番線の間だった。
「え、な、なんで!?」
二条も流石に驚いたようだった。五十嵐は石のごろごろとした地面で体勢を立て直すと、振り返って言う。
「電車の線路の番号は、その駅の駅長室から近いほうから振られている。さっきゲーム開始前に確認してきたが、こっち側には駅長室がなかった……だったら、この線路の向こうに1番線がある。ここは地続きだ」
「だ、だったらなんだっていうのよ」
ぷぁん、とまた警笛の音がする。
「お前のイカサマ返しには驚かされたが、このジャンプはもとから予定内だ。俺は『終点』にたどり着き……『ゲーム』は終了する。電車の来る2番線に一番近いのは、お前だ」
線路が振動し、電車が近づいてくる規則的な響きがする。
「そんな理屈が……!通るというの?!だいたいさっきのジャンプだって」
「歩きすぎか?さっきの甲田のタックルも、水田に投げられて規定の距離より先に進んでいた。お前たちが可能だと教えてくれたんだ」
見えない手が、二条の足をつかんだようだ。
「こ、このっ!!終わり、『ゲーム』は終わりよっ!!『きさらぎ駅』ッ!!食うのはあっちの屁理屈野郎にしなさいッ!」
2番線の線路に引きずり込まれていく二条はそんなことをわめくが、そんなものが『駅』に通じるわけがない。
「横紙破りは人間の特権だが、お前はもう『怪談』に近づきすぎた。それは効かねえよ」
五十嵐はそう言ってから、タバコを吸おうとしたのか、ポケットを漁って「駅は禁煙か」と呟いた。
「は、離しなさい!離せェッ!!」
彼の目の前で、二条は線路に貼り付けられる。そしてその上を……電車は、ゴウと音をたてて通過した。
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