きさらぎチケット・トゥ・ライド 4

 数回の『乗車』が終わり、私は7歩、秋山が5歩、甲田が4歩進んでいた。実際にやってみると、ありふれたテンパズル(10を作るパズル)であっても、10秒でぴったり10を作るのは難しかった。

 

 『2番線 電車が 参ります』


 この駅のアナウンスがゲーム進行の合図。二条が3人の間を、切符をたくさん入れた箱を持って回る。(配布する役は、二条と五十嵐が交互に行っている)

 私が最後だ。手をつっこんで、1枚切符を取る。すると、


 ピピピピピ!


 電車のドアが閉まる前の、警告音が響く。これが10秒間鳴っていて、その間に数を作るのだ。

 引いた切符の数字は……1023。うわあ、と私は呟く。足しても掛けても6を超えない。全体の数が少ないときは、もう10を作るのを諦め、とにかく全て足し上げる。


『2番線 電車が 発車します しまるドアに ご注意ください』


 音が止んで、アナウンスが流れた。私は4歩進み、11歩。すぐ前にホームの端が――『終点』が見えて、足がすくんでしまう。他の2人はそれぞれ2歩、3歩進み、7歩目の位置で並んだ。


「大丈夫か」

 次の切符の箱を持ってきた五十嵐が、短く聞いてきた。

「ちょっと厳しいです……あの女の子が持ってきた時だけ、10が作りづらい切符を引かされてる気がします。今回も危なかった」

 五十嵐が危惧していた通りに、私は2回に1回は難しい数字の切符をつかまされていた。彼は苦々しそうな顔をした。

「そうだな。何かイカサマで悪い切符を引かせてるのかもしれない。俺のほうでもいまんところ証拠がつかめねえ……というか、もともと割に合わねえんだ、この種のゲームでイカサマを探るのは」

「なんでですか?」

「『怪談』の中では、『怪談』のルールが全てだ。その下に『ゲーム』のルールが付則されている。よしんば『ゲーム』のルールに則ってイカサマを指摘したところで、『怪談』のほうがどんな反応をするか保証がねえからな。何か決定的な証拠があれば、『ルール』を守っていないことを突きつけて、『怪談』の強度を落とせるかもしれないが……」

「それって、『怪談』が許すならイカサマし放題ってこと?」

「ああ。そしてその基準が俺達にはわからねえ。やつらにはわかる。イカサマを探るのも、こっちから仕掛けるのも割に合わねえ」

 この五十嵐という人は、なんだかんだで頭が良くて面倒見がいいのかもしれない。現実逃避なのか、そんなことを考えながら、切符を引く。


『2番線 電車が 参ります』


 切符の数字は8595。ええと、こういう時は……。五十嵐が教えてくれたテンパズルのコツを思い出す。

 ――まず数字を一つ取り出せ。例えば5を取り出したら、残りの3つの数字で、5か2が作れないか考えろ。

 5を取り出して、8・5・9の順番で5か2を作る。あ、8÷(5-)……だめだ、これマイナスになっちゃう。あと何秒?8を取り出して……あーだめだ。時間がきちゃう。せめて8から12までで作らないと!!

 

「8×5÷(9-5)=10」


 後ろからささやくような声がした。振り返ると、おばさん……秋山が私のほうを見ている。

「これでぴったりだから」

 何かの罠かもしれないが、私はそれに飛びついた。結果、動かずに済む。なんとか生き延びた。

 秋山は4歩進み、私に並んでにっこりと笑った。

「さっきはひどいことしちゃったから、これで許してくれる?」

 人懐っこそうな笑い方をする秋山。良かった、この人も本当は悪い人じゃないんだ。

「ありがとうございます。難しい計算なのにすごいですね」

「ここってヒマでしょう、ずっとやってたのよ、このパズル」

 この『きさらぎ駅』に来て、始めてまともに人と話した気がする。ああ、よかった。やっぱりみんなで協力して――。


「危ねえ!水田!!」


 五十嵐の大声が割り込む。私はとっさに振り返る。甲田が、突進してきていた。目を血走らせ、すごい勢いで。

 

 ぶつかったらホームに突き落とされる。間違いなく落とされる勢いだ。

 死ぬ。

 そう思った瞬間、周囲の時間が全部スローモーションになって。


 人の良さそうな笑い顔だった秋山が、怪物みたいに、にたぁって笑うのが見えた。

 ごめんなさいね。そんな口の動きだ。


 ああ、この人たちグルだったんだ。私が後ろを見ないように、わざわざ並んで話して。


「水田ァ!!」

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