きさらぎチケット・トゥ・ライド 3

 デスゲームを仕掛けてきたセーラー服の女の子……痩せぎすで白い肌、不気味な笑い方の女の子は、二条と名乗り、黒い紙切れがたくさん入った箱を持ち出した。

「これは、『きさらぎ駅』の自動券売機から発行された切符。以前ここに囚われた誰かが、脱出しようとして大量に発行したものよ」

 二条が白い指で一枚をつまみあげると、表面はたしかに「きさらぎ→」と書かれた切符だった。最近はICカードしか使っていないので実物を見たのは久しぶりだった。

「それで何しようっていうんだよ」

 五十嵐は不機嫌そうに返す。すでにゲームをやることは決まっているようだった。五十嵐が逃げ出したり、キレて女子高生を襲ったりしないのは、もうゲームをすることが『怪談』のルールに組み込まれていて、破ると良くないことが起こるからなのだろう。

「切符といえば、下の部分に4つの数が記載されているでしょう?」

 そういえば、そうだったかも。二条の示した切符にも、「8024」と4つの数字が書かれていた。

「この4つの数字を四則演算して、10を作る。10が作れなかったら、作った数と10の差分だけホームに向かって歩く。先にどっちかが13歩以上歩いて、ホームの一番端にたどり着いたら……地獄行きの列車がやってくる。『地獄への片道切符』は、それだけのシンプルなゲーム。まさか、できないとは言わせないわよ?」


【『地獄への片道切符チケット・トゥ・ライド』ルール説明】


・ホームの端を終点(ゴール)、そこから13歩離れた地点を始発(スタート地点)とし、ゲーム開始時、プレイヤーは始発に立つ。

・一番最近電車に乗った人が最初のプレイヤーとなる。

・手番のプレイヤーは『乗車』を行う。『乗車』とは以下の工程である。

①箱から切符を引き、そこに記載されている4ケタの数字を四則演算して10を作る。制限時間は10秒とする。

②作った数字と10の差分の数だけ、終点に向かって真っ直ぐ進む。

・『乗車』が終わった時、その『乗車』で誰かが終点にたどりついた場合、ゲームが終了し、最も線路から近い者が死ぬ。そうでない場合、次のプレイヤーの手番となる。


※本ゲームにおいて「1歩」とは、『きさらぎ駅』駅舎内ホームに敷かれたタイル1枚分の距離とする。例えば四則演算で12を作ったプレイヤーは、2歩=タイル2枚分終点に近づかなければならない。

※四則演算は、4つの数字の間に、+-×÷の記号を記入して行う。()は使うことができるが、数字の順番を入れ替えたり、数字をつなげて2ケタ以上の数として使うことはできない。また、制限時間に数字を作れなかった場合、自動的に作った数字は0扱いになる。


【ルール説明終わり】


 降りた時には気が付かなかったが、『きさらぎ駅』のホームは薄汚れたタイルが敷かれていた。線路側から、階段側までちょうど14枚。一番遠いタイルの上に立ったら、ちょうど13歩でホームの端にたどり着いてしまう。

 私と五十嵐と二条に、おばさんと男子大学生……秋山と甲田が、駅のホームに集まる。切符をプレイヤーにわたす役が必要なので、2回戦に分けられることになった。私・秋山・甲田のゲームと、五十嵐・二条のゲーム。

「……悪いな、こんなゲームにまで巻き込んじまって」

 五十嵐は罰が悪そうに私に言う。口調こそぶっきらぼうだったけど、悪い人ではないんだろう。私は、なんとか気持ちを奮い立たせて言った。

「大丈夫ですよ、負けなければいいんですよね?私、ゲームはちょっと得意ですから」

「ゲームが得意かどうかは問題じゃねえ。相手がふっかけてきたゲームなのが問題なんだ。この『きさらぎ駅』のルールについても、ゲームについても、俺たちはあいつらに比べて圧倒的に情報が少ない。細心の注意を払えよ」

 確かに、文字通りここは相手の土俵だ。気をつけないと……と思っていると。


 いやに軽快な電子音のメロディが流れる。発車ベルだ。

 暗黒に包まれた『きさらぎ駅』の中で、明るい音楽はむしろ異様だった。

 音割れしたアナウンスも聞こえる。


『2番線 電車が 発車します しまるドアに ご注意ください』


「さ、位置についてください」

 二条が、不気味なにやにやを貼り付けた顔のまま言った。秋山と甲田は、いつのまにか移動して階段側に立っている。私は覚悟を決めて、位置につこうとした。私のスタート位置は、2人のさらに奥のようだ。


「待て」


 五十嵐が大きな声を出す。

「お前、一番手前のお前。水田と位置を変われ」

 一番手前にいた男子大学生、甲田がぎょっとした顔で五十嵐を見る。

「な、なんでだよ」

「なんでもいいだろ。まさか?」


(……あっ!)

 五十嵐に言われて始めて気がつく。この『きさらぎ駅』のホームは、ほんのわずかだが台形の形になっていた。私が立つはずだった一番奥の列は、タイルの10分の1ほど、手前の列より短い。

 五十嵐と目があった。「だから気をつけろって言ったろ」という表情をしている。私はさらに気を引き締め、位置についた。


『きさらぎ駅』でのデスゲームが始まる。

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