きさらぎチケット・トゥ・ライド 2

「『ハンター×ハンター』読んだことあるか?」

「ないです」

「マジか。読んどけ。念能力の『制約と誓約』の話すると一番わかりやすいんだけどな」

 五十嵐はボサボサした頭を雑に掻いた。

「俺たちが今巻き込まれてるのは、『きさらぎ駅』っつう『怪談』だ。世間のどこにでもあるオハナシが、特定のルールを持つことで人を害するだけの力のある『怪談』になる」

「……ええっと?」

「わかんねえかな。学校の怪談とかなかったか?お前ンとこ」

「ありました。トイレの花子さんとか」

「だったら、それで考えてみろ。『女子トイレに謎の女の子がいる』……これじゃ説得力がなくてアホくせえだろ。『4時44分に女子トイレの奥から三番目の個室に声をかけると花子さんがいる』……こんなふうに、ルールを付け加えることで始めて、ただのオハナシ、虚構が現実になり得るだけの力を得る。『神社の鳥居に小銭を投げて載せられると幸運が来る』とか、『茶柱が立つとラッキー』みたいなのもそうだ」

「まあ、たしかにそんな気もします」

「それのスゲエ悪い版が、今俺達がいる『きさらぎ駅』みてえな『怪談』だ。ルールに則れば、人を食い殺すことだってできる、力を持った虚構。怪物化したオハナシ、それが『怪談』」

 私はさっきのおじさんのことを思い出した。明らかにおかしな引きずられ方をして……未だに、現実感がない。

「もっとも、『きさらぎ駅』はこんなヤバい『怪談』じゃなかったはずなんだけどな……」

「ど、どうしたら帰れるんですか?」

 急に不安になった私は、大柄な五十嵐に思わずすがりついてしまった。胸板が分厚い。

「最初に言ったろ。『怪談』は、ルールを暴いていけば解体できる。今回俺はそのために来た」

「……『うちの学校のトイレは個室2つしかないから、奥から3番目は存在しない』みたいな?」

「当たらずとも遠からずだ。ま、今はそれよりも、あれだ」


 駅の階段を登ってくる足音がして振り返ると、さっき私たちを取り囲んで――『きさらぎ駅』に殺させようとした人たちがいた。


「さっきはごめんなさい」

 おばさんが頭を下げた。もっと殺気丸出しで来るかと思ったので、拍子抜けだった。

「でも、あれが『駅』のルールだから……仕方なかったのよ」

「ハ、手慣れたもんだな。迷い込んでくるやつがいるたびに、ああやって『駅』に食わせて自分たちは生きながらえてたわけか」

 五十嵐が銃を向けながら、怒りのこもった声で吐き捨てる。

「どっちにしろ、誰かは死ぬんだよ。電車が通過するたびにな」

 男子大学生が、うつろな声で呟く。

「フン、勝手に死んどけ。俺たちはここのルールを暴いて退散する。お前たちがまともな人間なら協力も考えたが、もう無理だ。手荒なマネをするようなら、『駅』より先に俺がお前らを殺す。ついてくるんじゃねえぞ」

 拳銃を示して脅す五十嵐。

「行くぞ、水田。まずはここの――」


「じゃあ、ゲームで決めませんか」


 女の子の声がした。五十嵐はただでさえぎょろっとした目を見開き、

「しまッ――!!」

 私の耳をふさごうとした。が、すでに遅かったらしい。


「誰が『駅』に食われるか、ゲームで決めましょう」

 くすくす、と笑いを含んだような声。その主は、一団のうちの一人、セーラー服の女子高生だった。

「まずい、ルールをッ!こいつら、どんだけここを知り尽くしてるんだ?!」

「なにがまずいんですか?」

 さっきまで多少は余裕のあった五十嵐が、本気で焦っているのがわかった。

「さっき言ったろ、『怪談』はルールが支配する世界だ。オハナシにがつくみてえに、ルールがことがあるんだよ。あいつらはその性質を知っていて、先手を取ってルールを押し付けてきた。俺たちを『駅』に食わせるために!」


「くすくす。いいじゃない、勝てばいいだけの話なんだから」

 セーラー服の女の子は、にやにや不気味に笑いながら、スカートのポケットから何かを取り出した。

 それは、「きさらぎ→」と書かれた硬券切符だった。


「ゲームの名前は『地獄への片道切符チケット・トゥ・ライド』。負けた者が『駅』に食われる、デスゲームよ」




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