きさらぎチケット・トゥ・ライド ~ 都市伝説デスゲーム

獅子吼れお

きさらぎチケット・トゥ・ライド

きさらぎチケット・トゥ・ライド 1


「お兄さん、これ」

 私が落とし物を渡すと、男性はぎょっとしたような顔で振り向いた。

「何をしてる」

「いや、だから落とし物って」

「そうじゃなくて、なんで追ってきた」

「そりゃ、あなたが気づかないで電車降りちゃうからでしょう」

 彼は私から落とし物の財布をひったくると、深くため息をついた。

「……後ろ、見てみろ」

「え?」

 彼の態度に少しムカっとしながらも、後ろを振り返ると。

「……何、ここ」

 今さっき降りたはずの電車は消え去り、あるのは真っ暗闇だけ。真っ昼間のJRに乗っていたはずだったのに。線路の脇には、古ぼけた駅名の看板が一つあるだけだ。

 『きさらぎ駅』。

「聞いたことねえか、『きさらぎ駅』」

 男性――小麦色の肌にぎょろっとした目、ドーベルマンみたいな、ちょっと怖い感じの――は、心底面倒そうな表情と口調で続けた。

「迷い込むと抜け出せない、どこにもない駅。お前は、その『都市伝説』に巻き込まれたんだよ」



「つまり、お兄さんは」

「五十嵐な」

 私たちは駅のホームを歩きながら話す。

「五十嵐さんは『きさらぎ駅』に用事があって、わざわざ来たんですね。本当は他にだれも降りないはずだったのに、お兄さんの落とし物に気づいた私が、後を追って電車から降りてしまった、と」

「そうだけど。お前」

「水田です」

「……お前、随分キモが据わってるんだな。あの都市伝説の『きさらぎ駅』だぞ?」

 五十嵐と名乗った男性は、変なものを見るような目で私を見下ろす。背が高い。

「え?だって、五十嵐さんはわざわざ『きさらぎ駅』に来たんでしょう?だったら、帰る方法だってあるんですよね?」

「……まあ、な」

「それに、『きさらぎ駅』って私、大学のクラスの友人から聞いたことありますけど、なんかすぐ死ぬ、みたいなお話じゃなかったですよね。だったら、そりゃちょっとは怖いけど、まぁいいかなって」

 こいつ、と(たぶん)言いかけて、五十嵐はふいっとあっちを向いた。元はと言えば私がこんなことになっているのも、彼が財布を落としてしまったからで、きっとそれを後ろめたく感じているんだろう。

「心配なことといえば、私、ご飯も飲み物も持ってないので、それが心配です」

「そうだな。俺もそれが一番心配だ。長期戦は覚悟してある程度持ってきたが……」

 五十嵐は、カジュアルな服装と不釣り合いな大きなナップザックを背負っていた。あの中にご飯が入っているのか、と思っていると、


「お、おい!人がいたぞ!」


 声が聞こえた。

 ホームの対面から、4人ほどの一団が私たちを見つけて駆け寄ってきた。五十嵐は怪訝そうな顔をして彼らを見ている。私と同じぐらいの歳の男の子が一人、おじさんが一人、おばさんが一人、そして高校生ぐらいの女の子が一人。憔悴しきっている様子だ。

「なあ、あんたらどこから来たんだ!?」

「わたし、学校から帰る電車で、急にこんなところに……」

「おい、それ食い物か?見せてくれ!」

 口々に私たちに話しかける4人。私は少し安心する。こんなところに、男性と二人きりは、よく考えたらちょっと危険だったな、とさっき思ったからだ。

「ねえ五十嵐さん、ご飯ってこの人たちの分も……」


 ぷぁん、と音がした。電車の警笛だ。

 あ、駅だから電車が来るんだ。私たちも電車で来たんだもんな、なんて思っていたその時。


「こっちだ!」

 五十嵐が急に私の腕をつかんで駆け出す。ホームの奥側、おそらく改札に向かう階段のほうに。私はつんのめる。

「五十嵐さん!?」

「いいから!」

 取り囲んでいた4人の目が、ぎろり、と私たちを追う。


「逃げたぞ!」

「捕まえろ!!」

 4人ともが恐ろしい口調で、私たちに追いすがる。


 がたん、がたん。電車が近づいてくる音がする。

 ぷぁん、ともう一度警笛が響いた瞬間。

 一番うしろを走っていたおじさんの脚が、止まった。


「う、うおおおお!!」

 叫ぶおじさんの体が倒れ、不自然な動きで線路のほうに引き寄せられていく。まるで、見えない手がおじさんの脚をつかんで、線路に引きずり込もうとしているように。


 がたん、がたん。線路の音は大きくなる。減速する気配もない。

 『きさらぎ駅』の暗闇に、電車のライトが光った。


「いやだぁああ!!死にたくないい”い”い”!!!」


 おじさんの叫び声が遠ざかり、体が線路に投げ出される。

 そしてそのまま。

 電車が轟音を立てて、線路を走り抜けた。


「……え?」

 私は、自分の口から間抜けな声が出るのを感じた。


「おかしいと思ったんだよ」

 五十嵐がぼそぼそと呟く。

「あいつら、俺たちが線路側になるように囲みやがった。たぶん、。この『怪談』はそういうルールなのか」

 

「る、ルールって……」

 今はそんなこと聞いている場合じゃないのに、私は思わず聞き返してしまう。手が震え、足腰が立たない。

「『怪談』には、ルールがある。今みたいに人を殺したり、俺たちが今されてるみたいに異界に引きずり込んだり、なにかを強制するにはルールが必要なんだ」

 五十嵐は私をかばうように立ち上がり、ナップザックから何かを取り出す。

「元はといえばお前が巻き込まれたのは俺のせいだ。持っとけ」

 投げ渡されたのは、黒くて重い鉄の塊。拳銃だ。

「え、ええ?!なんなんですかこれ!五十嵐さん、なんなんですか貴方!?」

「それは拳銃。俺は……なんでもねえな。強いて言うなら、『解体屋』か」

 五十嵐は迫ってくる3人に銃をむける。3人は流石に驚いたようで、脚を止めた。

「――なんにでもルールがある。ルールがないのは神様と人間だけだ。俺は『きさらぎ駅』という『怪談』のルールを解体しにきた」


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