第185話 病院にて
「一瞬で戻っただと!?」
驚愕している青雲入道たち。
一部の烏天狗などは石像のように固まってしまっていた。
仲間に叩かれたり揺すられたりして我に返ってはいたけどね。
「案ずることはない。転移魔法で瞬間移動しただけだ」
「簡単に言ってくれるではないか。ワシらが人間であったなら心臓が止まっていたやもしれんぞ」
驚きの余韻を残しつつ英花に文句を言っている青雲入道。
それと天狗たちには心臓がないのか。
受肉した状態でも精霊種はやはり霊体に近い存在なんだな。
ということはうちの紬も精霊種のコルンムーメだから心臓がないのかね?
わからんが、どうでもいいか。
「それは済まないな」
余裕の表情で詫びる英花。
状況が違ったら相手を怒らせても不思議じゃないぞ、それ。
「今度からは先に言ってからにしてくれ」
「わかった。この後、何度か使うことになる」
「なにぃっ!?」
目の玉が飛び出るのではないかというほどの驚きっぷりを見せる青雲入道だが無理もない。
2回目どころか何度も続くと言われてはね。
「どうなっておるのだ?」
「病院での検査がどうなるかしだいだ」
「つい先程もそのようなことを言っておったな。そんなに複雑なことをするのか?」
その疑問に苦笑しながら俺の方を見る英花。
どう説明するかで迷いがあるのだろう。
詳細を説明すると時間がかかって、これからする仕事に間に合わなくなる恐れがある。
「まあ、現代の生活に慣れていないと、そう思えるかもね」
だからバトンタッチして俺が答えた。
「大丈夫なのか?」
返答を受けて不安になったのだろう。
困り顔を隠すことなく確認するように聞いてきた。
「そこはうちのミケを同行させているから問題ない」
細かな指示は念話で出すことになっている。
女児が発見されたことにする前に打ち合わせて決めたことだ。
にもかかわらず青雲入道の表情は晴れない。
まあ、霊体化できるとはいえ見た目はやたらデカいだけの猫だからなぁ。
「現場のことはミケがやってくれるし俺も補助をする」
あまり褒められた方法ではないけど仕方あるまい。
ぶっちゃけると検査の時だけ本物と入れ替わる。
本物は眠らされているので起きないが、そこは現場でミケが憑依して体を動かす。
俺は千里眼のスキルで現場の状況を確認しつつミケに指示を出すだけなので本当に補助的なことしかしない。
上手くいくかは俺にもわからん。
けど、余計に不安にさせても良いことは何もないので、これについては青雲入道に伝えるつもりはない。
失敗しても女の子に危険がないようにはする。
ミケを送り込んだのは、そのためでもあるのだ。
で、結論から言うと冷やっとする場面はあったが、おおむね成功したと言える結果となった。
沢井という養護教諭には何か違和感を持たれて冷やっとはしたけどね。
それも女児の診察を行った医師が血相を変えて通報したことで有耶無耶にできたと思う。
「酷いものだ」
女児を診察した医師が頭を振った。
「あなたは養護教諭だそうですが、このことに気付いていなかったのですか」
沢井はボロボロと涙をこぼす。
「いや、あなたを責めている訳ではないのです。これは事実確認ですから」
「情けないことに今日はじめて知りました」
涙を拭った沢井が返事をする。
「この子の様子がおかしいことには気付いていたのですが、どう見ても虐待ですよね」
「ええ。ですから警察と児童相談所に通報させていただきました」
「当然だと思います。事実を知ったからには保護者に引き渡すことはできません」
この様子だと自分が女児を引き取ると言い出しかねないな。
それで責任が取れるなら構わないが、周囲に反対されそうな気もする。
やけを起こして無謀な真似をしないと良いのだけど。
それはともかく、警察や児童相談所が来る前に一騒動があった。
女児の保護者である親戚が病院に来たのだ。
当然、女児を連れて帰ろうとする。
「どうして邪魔するのよっ!」
ケバケバしい服装の女がヒステリックに喚く。
病院の警備員にガードされているため女児に近づけないのだ。
「俺たちはそいつの親代わりなんだぞ。どうしようが勝手だろう」
ガラの悪そうな見た目の男が己の風貌を生かすように威圧感を込めながら医師に食ってかかる。
実に短絡的で粗暴な物言いだし医師の胸ぐらもつかんでいる。
医者など勉強しかしてこなかったような奴は脅せば簡単に屈するだろうという目論見が透けて見えるような態度だ。
女児を日常的に虐待するような輩の考えそうなことである。
が、胸ぐらをつかまれながらも医師は平然としていた。
単に胆力があるだけでなく場慣れしているように見受けられる。
これなら介入しなくても大丈夫そうだ。
「証人が何人もいる場所で暴力を振るおうというのですか?」
「なにっ」
男がビクッと反応した。
医師が恫喝に屈しないことに加え言葉で反撃してきただけで気押されたのは明白。
この手の輩は虚勢を張りたがるものだ。
この先の展開も読みやすい。
「もうすぐ警察が到着しますよ」
「警察が何だってんだ!」
さらに追い打ちの言葉をかけられたことで頭に血が上ったのか、男は医師に対抗するように大声を出した。
「病院で騒がないでもらえますか」
「ああん?」
それがどうしたと言わんばかりに、しかめっ面でアゴをしゃくり上げる男。
精一杯、強がっているようにしか見えない。
「これ以上、騒ぐのなら警察に逮捕してもらうことになりかねませんよ」
医師は淡々と告げている。
「へっ! その程度でビビると思ったら大間違いだぞ」
吐き捨てるように言っている割には本人が怒っているつもりらしい表情が引きつっている。
「おや、逮捕されても構わないという覚悟はあるようですね」
「ぐっ」
医師がやや語気を強めて言うと男は明らかに反応した。
どうやら前科持ちらしいな。
それでいて開き直ることもできないんじゃ小物もいいところだ。
そして、ここで時間切れ。
警察が到着して男は逮捕された。
「ちょっと、何すんのさっ!」
女が再び騒ぎ出す。
それどころか男を連行しようとする警察官を妨害しようとつかみかかった。
いい年した大人がそこまで後先が考えられないとは呆れたものである。
中身は完全に子供だな。
もちろん、女も逮捕されたよ。
ああもあからさまな行動を取ればね。
ドラマ以外で公務執行妨害の場面を見たのは初めてだ。
女はセクハラだ何だと騒いでいたけど、それは認められないだろう。
相手はそういう手合いを何人も見てきているプロなんだから。
その後は児童相談所の職員とも話をすることとなった。
「虐待の痕跡が見つかっただけではなく話ができない状態なんですよ」
医師が警察官や職員に話している。
「虐待が原因でしょうか?」
職員が問いかけるが医師は頭を振る。
「何とも言えませんね。筆談もできませんから何らかの言語障害なのは間違いありません」
「それでは事情聴取もできないと?」
警察官の1人が医師に尋ねる。
「そうなりますね。ですが、それ以前に何かのショックがあったようなので彼女が落ち着くまで話をするのは許可いたしかねます」
「ショックとはどのような?」
「それは引率の先生に聞いてください」
「わかりません」
話を振られた沢井はブンブンと頭を振る。
「三智子ちゃんが行方不明になって発見されるまで何があったのか私たちにもわからないんです」
これで深く追及されることがなくなればいいんだけど……
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