第184話 身代わり
「それで我は何をすればいい」
胡座をかいた両膝に手をついてグイと身を乗り出すようにして聞いてくる青雲入道。
それだけやる気があるなら少しばかり無茶な要望でも聞き入れられそうだ。
実際、無茶振りしようとしているんだけどね。
「その前に確認しておきたいんだが」
「なんだ?」
「女の子の記憶はここにいる全員で確認したのか?」
「うむ、その通りだ」
「それでは今の日本の情報はどれくらい知っている?」
常識と言いかけて情報と言い換えた。
無粋が過ぎる物言いをして、こちらの頼み事が拒否されることになったら面倒だからね。
たぶん大丈夫だとは思うんだけど気を遣って損はないはずだ。
「外のことには疎いと言わざるを得ないであろうな」
「数年前に天変地異が世界中で起きたことは知っているか?」
「それは知っておる。山に来る者たちが話しておったからな。それのせいで[だんじょん]なるものが各地にできたのであろう?」
「そのダンジョンで何が起きているとかは?」
「いや、わからぬな。聞いた話から推測するに災害のようなものと認識しておる」
当たらずとも遠からずといったところだが今の常識には明るくないと思った方が良さそうだ。
「そのようなことが此度の一件と何かつながりがあるのか?」
「手伝ってもらいたいことに関係あるんだよ」
「ほう。して、如何様なことをすれば良いのだ」
「人手を貸してもらいたい」
「容易いことよ」
「高尾山から出ることになるんだけど?」
これが俺の頭の中にあった無茶振りである。
青雲入道とその眷属たちは隠れ里から出ることはあっても、高尾山を下山してしまうことはなかったはずだ。
急にこんなことを言われると拒絶的な反応をされてもおかしくないと思うのだが。
「何人だ」
特に感情の変化も見られないまま必要な人数を聞かれた。
「1人だよ。女の子に化けてもらう」
「ほほう、今日のところは我の手の者に代役をさせようというのか」
「そうだね」
「外のことを尋ねたのはボロが出ぬかを見定めるためだな」
「御明察」
「面白いことを考えるのう」
そう言って破顔した青雲入道がカラカラと快活に笑った。
だが、すぐに真顔に戻る。
「面白いが難しいのではないか。姿形は変えられる。声もな。しかし所詮は猿真似。喋ればすぐに紛い物と気付かれるであろうよ」
「態度はどうだ?」
「それは夢を見たから上辺は真似られるが、それとて違和感を抱かれるはずだ」
「その辺は何とかしよう」
「なに? どうするつもりだ」
「行方不明のショックで言葉を忘れたふりをしてくれればいい。態度が変なのも何か怖い目にあったと思ってくれるさ」
「それは構わんが、何がどうなるというのだ?」
「虐待やイジメの証拠を集めて加害者をすべて糾弾するんだよ」
「天罰を下すようなものか。するとどうなる?」
「引き取った親族は女の子を育てる権利を失う」
いじめた同級生は小学生だから処罰は難しいと思うが、保護者が慰謝料を払うことにはなるだろう。
そうなれば家での立場は悪くなるはず。
これでイジメを繰り返すようなら将来的に人生が破綻する目にあうだろう。
ちなみに女児に被害が及ばない手は別に考えている。
いじめた相手と二度と関わることはないので再び被害を受けることはないはずだ。
「すると、どうなるのだ」
「女の子は別のところで暮らすことになるさ」
「ふうむ、なるほどのう」
青雲入道は腕組みをしながらうなずいている。
いまいち理解したのかどうか怪しいところはあるが納得はしてもらえたようなので良しとしよう。
「環境が変わるときに本物と入れ替わるのだな」
「ああ。それまでの期間をここでかくまってもらうことになるが構わないかな」
「もちろんだと言いたいところだが、ひとつ問題がある」
「何かな」
「霊感の強い引率者がいると言っただろう」
「ああ、そうだったな」
「あの者に変化を見破られるやもしれぬ」
なるほど。それは対策が必要になるよな。
まあ、手はある。
「とりあえずは、これで何とかなるはずだ」
俺は次元収納からひとつの指輪を取り出した。
「おい、今その小さな輪っかを何処から出した!?」
青雲入道たちは驚き動揺している。
見せても大丈夫な相手だと信用して目の前でスキルを使ったのだけど、この反応までは想定できなかった。
せめて影収納のスキルであったなら、そう言う技があると思ってくれたかもしれないのだけど今更だ。
これを説明するとなると時間がかかりそうなのが痛い。
とりあえず後で説明するから今はそういう技があると思っておいてほしいと説得して、どうにか納得してもらった。
ついでに指輪の説明もしておく。
「これは認識阻害の指輪だ。相手の見抜く力を弱めさせる効果がある」
「ふむ、指にはめるから指輪か。それにしても術がかかった品まで持っておるとはのう」
青雲入道は渡された指輪を摘まむようにして持ち、しげしげと眺めている。
「お主、いったい何者だ。普通の人間ではあるまい」
「種族的には普通の人間だよ。色々と秘密はあるけど、それについてはまた今度な」
その後も話を重ねて作戦の詳細を伝えた。
綿密とは言い難いので何かしらトラブルが起きる恐れはあるけど、そこは臨機応変に対応するということで。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
その後、薄暗くなってから女児が発見された。
もちろん烏天狗が化けた偽物だ。
俺たちは隠れ里の内側から青雲入道たちとともに様子をうかがっている。
外側には女児の捜索に関わった面々が集まりつつあったが、そばにいるはずの俺たちに気付く者は誰もいない。
内と外では空間にズレがあるからだ。
にもかかわらず内側からは外の様子を確認できるのが実にありがたい。
でなければ魔法を重ね掛けして見えなくしたり聞こえなくしたりしなければならなかっただろうからね。
そういう特殊な隠れ里に仕上げた青雲入道の功績と言えるだろう。
「三智子ちゃん!」
叫ぶように呼びかけながら駆け寄ったのは引率してきた教師の1人だ。
そのままギュッと強く抱きしめるが、女児はボーッと突っ立ったままである。
「沢井先生、落ち着いて」
他の男性教師になだめられるも女性教師の耳には届いていないようだ。
それにしても他の教師たちから感じる雰囲気がなんか嫌だ。
捜索を続けていたことによる疲労はあるだろう。
が、何か面倒な仕事がようやく終わるといった空気が流れている。
その後、女児は救急車に乗せられていったが同行したのは沢井と呼ばれた若い女性である。
彼らのやり取りを見る限り彼女は保健医のようだ。
そして霊力の高い人物でもある。
「見破られなかったな。見事なものだ」
青雲入道が感心している。
「まだまだ、これからだよ」
「なに?」
「救急車に乗ったということは行き先は病院だ。医者の診察だけならともかく検査とかをどうかいくぐるかが難関なのさ」
「よくわからんが一筋縄ではいかんのだな」
「そういうこと」
「それで、どうするというのだ?」
「ここから先は私の出番だ」
青雲入道との話に割って入ってきたのは英花である。
「ほう」
英花の自信に満ちた表情を見て青雲入道が感嘆の声を漏らした。
「その様子から察するに何か特殊な術を修めておるのだな」
「涼成や真利にもできなくはないが、もっとも得意なのが私というだけのことだ」
「なるほど。お手並み拝見といこう」
「では、まずは少女の元へ戻ろうか」
デモンストレーションとばかりに英花は転移魔法を使った。
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