第183話 頭領は保護したい?
洞窟を奥まで進むと急に開けた場所に出た。
何人もの烏天狗に迎えられる。
ここはあまり洞窟の中という感じがしない。
地面は石材の板が敷き詰められ壁面も平らに削られているような空間だからだろう。
おまけに空気は洞窟内とは思えないほど暖かいしジメジメとした感じもない。
「ようこそ、お客人」
奥にいた赤い顔の男が声をかけてきた。
「うわぁ、天狗様だぁ」
本人の前だというのに失礼だという認識はないのか、真利。
「これが天狗……。聞いてはいたが、ここまで真っ赤な顔をしているとはのう」
真利以上に驚き固まっているジェイドは自分が独り言を呟いていることにも気付いていないのかもしれない。
だとしても失礼なことに変わりはないんだけどな。
「それにビックリするほど鼻が長いですよ」
メーリーもジェイドほどではないが自分が本人の前に立っていることを失念しているとしか思えない状態だ。
3人の呟きを止められなかった俺と英花は渋面を浮かべるしかできない。
「礼儀のなってない連れですまない」
俺が詫びると英花も無言で頭を下げた。
真利たちはようやく失態に気付いたようで、ばつが悪そうにしている。
「構わぬ。我を見れば誰しも同じような反応をするからのう」
高尾山は天狗の住み処と言われているようだし慣れっこということか。
その割には目撃情報はないんだけどね。
どうも特殊な隠れ里のようだし洞窟の奥を拠点にしているらしいので、そのこととも関連があるのかもしれない。
何にせよ鷹揚な態度で話して許されたのは幸いだ。
ここで揉めると問題解決がしづらくなるからね。
とりあえず互いに自己紹介をした。
周囲に何人かいる烏天狗たちは天狗の眷属で監視者と同様に名前を持たないそうだ。
天狗自身は青雲入道と名乗った。
入道ということは僧侶だよな。
ただ、どこそこの宗派に属しているという感じではない。
山野で厳しい修行をするだけで、きっと念仏を唱えることもしないだろう。
その方が修験者の格好をしているイメージには近いと思う。
俺の勝手な思い込みかもしれないけどね。
「それで、ここに呼ばれたということは、そこで眠っている子供を渡してもらえるということでいいのかな」
自己紹介が終わった後は単刀直入で確認を取る。
行方不明になったと思われる女児は、胡座をかいて座っている天狗の横で寝かされていたからね。
回りくどく話す方が難しいというものだ。
それはともかく返答はイエスだと思っていたのだが……
「それはできない相談だ」
にべも無く断られてしまった。
「理由を聞いても?」
「この者は自分の意思で我らの隠れ里に逃げ込んできたからだ」
「はあっ!? どういうことぉ?」
真利が素っ頓狂な声を出して驚きをあらわにしている。
人見知りが発動していない気がするが、天狗たちは人間とは異なる気配を放っているからかもしれないな。
「最初は無断侵入であった」
「あー、やっぱり霊感のある子なんだ」
「うむ。修行もしておらぬ子供にしては、やたらと霊力が高い」
「それで迷い込んだと?」
「いや、逃げてきたと言った方が正しかろう」
「逃げてきた?」
「幾度となく外へ送り出そうとしても眷属たちの術が跳ね返されたのだ。自分の意思で隠れ里に留まろうとしておる証拠よ」
おいおい、烏天狗も結構な術者だったぞ。
それに抵抗して弾き返すとかどうなってるんだ?
「やむを得ず術で眠らせて我の元へと連れてきた」
「眠らせている間にどこか安全な場所へ送り込めば良かったのでは?」
英花の言うことももっともである。
「眠らせても送還の術だけは受け付けなんだのよ」
「よほど嫌なことが現世にある訳か」
それもトラウマレベルで。
でなければ、いくら霊力が高いといっても子供が烏天狗の術を破ることなど出来はしないだろう。
「術でこの者の夢を見せてもらったが酷いものであったぞ」
思い出した内容がよほど嫌なことだったのか露骨に顔をしかめさせる青雲入道。
「まず両親が早世しておる」
聞き慣れない単語にジェイドとメーリーが頭の上に?マークを浮かべている。
「早死にしたってことだよ」
「それは……、過酷じゃな」
ジェイドは痛々しい視線を女児に向け、メーリーは息をのんで固まっている。
「それだけで過酷? 生温いわ」
「なんじゃと?」
「引き取られた血縁の者たちから暴力を振るわれるのが茶飯事なのだからな」
「虐待されてたんだー」
驚きと怒りの入り交じった声を発する真利。
「しかも学校なる場所でも周囲にいる子供たちから迫害されておる」
「イジメまで受けていたのか」
絞り出すように声を発した英花が怒気をあらわにしているが俺も同感だ。
もちろん他の皆も怒り心頭に発する気持ちは同じである。
「この者に心の休まる場所など現世には何処にもなかろう」
厳しい修行をしているであろう天狗がそこまで言うのだ。
少女の夢は俺たちの想像も及ばないような悲惨なものだったのだろう。
「もしかして、そのことで女の子の霊力が高まってしまったとか?」
真利がそんな疑問を口にする。
「うむ、そうであろうな。あれほどのツラい体験は苦行となんら変わらぬ」
青雲入道は迷うことなく肯定した。
「だからといって帰さないのは問題があるなぁ」
「何だと」
俺の呟きに青雲入道が険のこもった声で反応した。
「年端もいかぬ子供に、これ以上の苦しみを与えるなど断じて認めぬ!」
子供好きなんだな。
「それは同感なんだけどさ」
「む、そうか」
「このままだと青雲入道が子供を拐かした悪者にされてしまいかねないんだよ」
「我は騙して連れ去ったりなどしておらん」
「本人が潔白でも、そういうことにしてしまう輩が出てくるってこと」
「でもでも、ここのことを知ってる人っていないんでしょ? だったら現代の神隠しってことにできるんじゃないかな」
「だと、いいがな」
真利の発案に懐疑的な目を向ける英花。
「先程まで烏天狗がやたらと警戒していただろう。あれはその少女の関係者にも霊感の強い者がいることを警戒していたからではないか?」
「うむ、お主の言う通りだ。この者を引率していた大人の中に1人おる」
道理で俺たちの監視が途中で外れた訳だ。
「発見されかねないから距離を取っていたのか」
「左様」
「隠し通すのは難しいかもしれないな」
「今は結界の効力を高めておる。そう何日もこの高尾山に留まることはなかろう」
「だとしても、別の問題があるんだよ」
「別の問題とな?」
「ここで子供がずっと暮らしていけると思うか?」
「そっか、言っちゃ悪いけど、ここ何にもないもんね」
「そうなると子供に烏天狗たちと同じような修行をさせることになりかねんな」
英花の発想は突飛に思えるが、真利が言ったように何もない環境では、そうなってもおかしくない。
「仮に暮らせたとして、いつかは大人になるんだぞ。死ぬまで面倒を見るつもりか?」
「それは……」
青雲入道が返答できずにいる。
女児が大人になった時のことを考えていなかったのは明白だ。
「何年も保護しておいて大人になったから自立しろと突き放すのは無理があると思うぞ」
「そうだな。世間の常識を何も知らぬ身寄りのない若者を放り出すのは虐待とさほど変わらん」
「しかも無一文だもんねー。悪い大人に騙されるか野垂れ死にするかだと思うな」
英花も真利もなかなかに辛辣だ。
「では、どうしろと言うのだ」
憮然とした表情で青雲入道が鋭い視線を向けてきた。
「案はある」
「なんと!?」
「青雲入道にも協力してもらう必要はあるけどね」
そう言うと青雲入道は一も二もなくうなずいた。
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