第182話 飛びたくない?
どのくらい待たされただろうか。
長いようで短い時間だったと思う。
不意に周囲の景色から色が抜け落ちていくような錯覚にとらわれた。
いや、錯覚ではない。
空も地面も淡い色合いへと変化している。
木々や自身を含めた皆の色は抜けていないので違和感がハンパない。
「まいったな。いきなり隠れ里に入り込んでしまったぞ」
「入り口の感触すらなかったではないか」
慣れ親しんだ感覚と異なっていたのかジェイドは呆然としている。
「この様子では領域内にいれば何処からでも入れるようだな」
英花の推測はおそらく正しい。
「これって招き入れられたってことかなー?」
「だろうな」
敵意も害意も感じられないから、そういうことなんだろう。
「これって生きていると色が抜けないんでしょうか?」
メーリーが少し首をかしげながら考え込んでいる。
「そういうことなんだろう。詳しくはここのルールを決めた何者かに聞くしかないがな」
問いに答えたのは英花だが俺も同意見だ。
「さっきの監視者さんかな。ずっと気配が消えたままだけど」
待てと言われた直後は残っていた気配も、しばらくすると真利が言ったように消えてしまったのだ。
そんな状況では風電話を維持しても意味がないので魔法を解除して待っていたら何の予告もなく風景から色が抜けた。
『来ましたニャー』
何がと問うまでもない。
先程まで感じていたものと同じ気配が急速に近づいてくる。
「おっ」
今度は離れた場所では止まらず俺たちの方へ近づいてくるようだ。
そんな風に思っている間に空を飛んできた監視者がフワリと減速して俺たちの元に舞い降りた。
「カラスさんだー」
真利が驚きの表情を見せながら言ったが正確な認識とは言えないんだよな。
姿は二足歩行の人型で背中に羽を生やしている時点で普通のカラスであるはずもない。
しかも修験者の格好をしている。
気配から霊的なものを強く感じるので精霊の類いだと思う。
「いや、烏天狗だろう」
英花が正解だけど、こちらも問題がある。
本人が目の前にいるのに挨拶もなく寸評するような真似はさすがに失礼すぎる。
「連れがすまない。俺は張井涼成だ」
「気にしていない。我はただの使い走りだ。名はない」
「名前がない?」
声に出してから納得がいった。
相手が精霊ならば名前がなくても不思議ではない。
「言っただろう。ただの使い走りだと」
「つまり、俺たちを呼び出した誰かのところへ案内してくれると」
「うむ。貴殿らは空を飛べるか」
「俺と英花は飛べるな。真利は教えれば大丈夫か」
「飛べるよー。ザラタンの件が落ち着いてから英花ちゃんに飛空の魔法を教えてもらったから」
「飛べれば色々と選択肢が増えるからな」
となると問題はジェイドとメーリーである。
そちらを見ると渋面を浮かべたジェイドに頭を振られた。
メーリーは縮こまりながらも──
「短時間であれば大丈夫です」
おずおずと答えた。
「じゃあ、問題ない。全員、飛んでいくことができる」
「ちょっと待てえいっ!」
烏天狗に返事をした途端にジェイドからツッコミが入った。
「ワシは無理じゃぞ」
「あの老人はそう言っているが?」
「俺が魔法で飛ばすから問題ない」
「何じゃとぉ!?」
仰天したジェイドが目をむいているが、あまり悠長にしていると日が暮れてしまうからスルーだ。
「待て待て、御屋形様よ! わしは了承しておらんぞぉっ!!」
血相を変えて迫ってくるが、すがりつかれる前に飛空の魔法をジェイドにかける。
「うわわわわっ、何をするうううううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「騒がしい。黙って運ばれろ」
「黙ってられるかぁ────────────────っ!」
「うるさいなぁ」
「誰のせいだと思っとるんじゃあっ!」
この調子だと、ずっとこのままのような気がしてきた。
説得するのも面倒なので風魔法でジェイドから届く声を遮断する。
こちらからは聞こえるようにしておいたので一応は意思の疎通ができるだろう。
「ふう、静かになった」
顔を真っ赤にしてバタバタ暴れているが、それは仕方あるまい。
「口パクだけでも大騒ぎしてるのがわかるよね。なに言ってるかはわかんないけど」
呆れつつも苦笑する真利。
「涼成、もしかしてジェイドは高所恐怖症なんじゃないか」
「あ、そうですそうです」
思い出したように肯定するメーリー。
「そういうことは先に言ってくれ」
「すみません、御屋形様。ずっと隠れ里にいたので忘れていました」
「あー、あそこは高い場所がなかったなぁ」
隠れ里が無くなった後も高い所に行く機会はなかったし。
今回の東京遠征における修学旅行プランの中にはあるんだけど、この調子じゃ先が思いやられるな。
とにかく、今はジェイドを落ち着かせるのが先決だ。
このまま飛んでいってヘソを曲げられたらかなわないからね。
「という訳でジェイドには眠ってもらおう」
一瞬、ジェイドの動きが止まった。
それがどういうことかを理解して過剰な反応をされても困るので、さっさと魔法をかけて眠ってもらいましたよ。
「すまない、待たせた」
「良いのか?」
「到着した先で起こすから問題ない」
少し沈黙の間があった。
烏天狗はそういうことを聞いたのではなさそうだ。
けれども、そういう指摘はされなかった。
向こうは向こうで時間を無駄にしたくない事情があるのかもしれない。
「では、参る」
烏天狗の先導で俺たちは飛んでいく。
結構な速さで飛んでいるが目の前をかき分けるように風が避けていくような感じで
風の抵抗はほとんど感じない。
完全に風を避けてしまうと目の前から空気がなくなって窒息してしまうことになるので絶妙なバランスを取っていると言えよう。
これは俺たちの風魔法ではなく烏天狗の術だ。
魔法の腕前は上級者と見て間違いない。
ただの使い走りと言っていたにも関わらず大した腕前だ。
この調子だと、このクラスの烏天狗が他にもわんさかいるかもね。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
数分ほど飛んだところで下降していく。
どうやら目的地に到着したようだ。
山道を直線的に歩いていたら、どれだけ時間がかかったろうな。
そうして降り立ったのは登山道からは掛け離れた緑の木々に覆われた場所だった。
「ここでいいのか?」
「ここから先は歩きだ」
「わかった」
確認できたところでジェイドにかけた魔法を解除した。
ひとしきり文句を言われることになったが、それは覚悟していたことなので仕方なしと受け入れる。
ジェイドも烏天狗が待っているということで長々とは文句を言わなかったのは不幸中の幸いかな。
で、歩きとは聞いたのだけど……
「高尾山の中にこんな場所があったんだねー」
真利が感心しながらキョロキョロと周囲を見渡している。
「まさか洞窟の中とは俺も思わなかったよ」
道理で飛んでいけない訳だ。
「それにしても明るい洞窟だな。魔法で壁を発光させているみたいだが」
英花が烏天狗の方に視線を向けながら言った。
背後からの視線を感じたのだろう。
「客人を招き入れるために術をかけてある」
烏天狗は即答した。
「なるほど。わざわざすまない」
「構わない。頭領の決定だ。我々はそれに従うのみ」
「頭領って一番偉い人のことだよね」
今度は真利が疑問を投げかけている。
「その通り。我ら烏天狗は頭領の眷属だ」
誇らしげに答える烏天狗。
それにしても烏天狗たちの頭領か。
ということは……
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