第181話 何が起きたのかはまだわからない

「とりあえず、わかっているだけの話をすべて聞かせてほしい」


 遠足に来ていた子供が行方不明になったという情報を説明してくれたドワーフに声をかけ話を聞いた。

 それでわかったことは3点である。


 まず行方不明者は遠足に来ていた小学4年生の女子児童1名。

 その児童がいなくなったことに気付いたのが山門の直前。

 最後に確認できたのは登山道の入り口付近。


「入り口から山門までってコースの8割以上だよね。それって変じゃない?」


 真利が疑問を呈した。

 それだけの長い時間で誰も女児の姿を確認できていないというのはおかしいのではないかと。

 確かにマスコミが嗅ぎつければ現代の神隠しと騒ぎ立てそうな案件だ。


「変かどうかはともかく、そういう状況で1人だけ行方不明になるのは普通じゃないな」


「行方不明になる時点で普通じゃないよ?」


 何を当然のことを言っているのかと真利は首をかしげている。


「普通の子供に周囲の認識をあやふやにさせて失踪するなんて真似ができる訳ないだろ」


「あっ」


 短く声を発した真利がハッとした様子で手を口に当てた。


「それじゃあ隠れ里の住人に誘い込まれたってこと?」


「今のところはその線が濃厚だな」


「他の原因なんてあるの?」


「可能性としてならね。隠れ里と子供の波長が一致してってパターン」


「そんなことあり得るの?」


 真利は信じられないと言いたげに驚いている。


「霊感の強い子供なら不可能じゃないかな」


「どういうこと?」


「普通は隠れ里の放っている魔力の波長と同調することは考えにくいんだけど、まれに一致してしまう人間がいるんだよな」


「霊感が強いと一致しやすいの?」


「らしいな」


 このあたりのことについては異世界の書物でもあまり詳しく書かれてはいなかった。

 事例が少ないからか推論が多くて確定情報ではなかったんだよな。


「どうやら霊感の強い子供は魔力波長が安定しないんだそうだ」


 真利が首をかしげている。

 それでどうして隠れ里と魔力波長が一致するのかと言わんばかりだ。


「わかりやすく言えばラジオのチューナーを適当に操作している感じかな」


「それが、たまたま一致したことで隠れ里に迷い込んでしまったと?」


 そう聞いてくる真利の表情から察するに半信半疑といったところだ。


「可能性としては低いけど、あり得ないとは言えないよ」


 ジーッと疑いの視線で見てくる真利。


「こんな状況でウソついても仕方ないだろ」


「あっ、そうだよね」


「俺もその可能性はゼロに近いと思っているけど、事実を確認する前に決めつけていると足をすくわれる結果になりかねないだろ?」


 思い込みで予断を持ってしまうと、そうでなかった際に正しい判断や対処ができなくなる恐れがある。

 子供が危険にさらされかねないから初手で間違った真似をしてしまう訳にはいかない。


「何が起きても対応できるようにしておこう」


 ということで別々のルートで女児の捜索を行うべく下山していくこととなった。

 隠れ里の説明とかしてられないので俺たちは独自に動く訳だけれども。


「捜索していますよ感を出さないようにしないといけないのが大変だよな」


「それなんだけどー」


 真利には何か言いたいことがあるようだ。


「どうした?」


 芝居くさくなりそうなことを心配しているのだろうか。


「目立つルートの担当は誰かの落とし物を探していることにすればいいんじゃない」


 真利の意見に反対する者は出なかった。

 どうせ小芝居する感じになるなら言い訳しやすい方が気も楽だからね。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 俺たちは自分たちが登ってきた人が少ないルートを戻っている。

 女児を捜す目的は変わらないが、監視者の様子も確認しておきたかったのだ。


「まだ、いるかな?」


 真利はいなくなっている可能性が高いと思っているようだ。


「間違いなくいるだろう」


「断言するのだな、涼成」


「敵じゃないとはいえ歓迎しない感じで見られていたからなぁ」


「なるほど。我々が下山するまでは、ということか」


「そうは言うが、ならば最後まで追ってこなかったのはどういうことだ?」


 ジェイドが俺たち3人の会話に割って入ってきた。


「そんなのは知らないよ。向こうには向こうの都合があるんだろ」


「案外、隠れ里の入り口を守っている門番だったりするのかもしれませんね」


 メーリーがそんなことを言ったが当人は本気でそうだとは思っていないらしく、その口調は軽かった。


「ふむ、あり得るのう」


「ええっ、そうなんですか!?」


「どうして驚く? お主が言い出したことじゃろ」


「まさかと思っていたので……」


「なんじゃ、それは」


 ジェイドは呆れた視線でメーリーを見ている。


「瓢箪から駒ということわざもあるから頭ごなしに無いと否定したりはしないって」


「だよねー」


「涼成の言う通りだと思うぞ」


「そうですか?」


 自信なさげに聞いてくるメーリー。


「巧妙に隠されている上に監視者が離れないとくれば何かあることだけは間違いないと思う」


「それだけに不用意に近づくと問答無用で攻撃される恐れもあるぞ」


「えっ、でも監視者に接触するつもりなんですよね?」


「そうだな」


「もしかしたら子供の行方不明について何か知っているかもしれないしー」


「先程のように露骨に警戒したまま近づいたりはしない」


「大丈夫なんでしょうか……」


 メーリーはどうにも不安そうだ。


「しっかりせんか。ワシらは御屋形様の護衛として来ておるんじゃぞ」


「はいっ」


 ジェイドに活を入れられビシッと背筋を伸ばすメーリー。

 そんなやりとりをしている間に最後に休憩した場所まで来た。


「読み通りだ。いるな」


「これは先程より苛立ちが強くなっているか?」


 英花の言う通り監視者のイライラが募っているようだ。


「みたいだな」


 俺が肯定するとメーリーの緊張感が増した。

 これが動物と対峙した状態だったなら無駄に警戒させてしまったことだろう。

 幸いと言うべきか、監視者からの反応は薄い。


「何があったんだろうねー」


 真利は殺気を感じないせいか呑気なことを言っている。


「それでどうするんじゃ」


「ミケに行かせるか、涼成?」


 英花がそう言っただけで──


『お呼びとあらば即参上ですニャ』


 目の前に来て片膝をついてかしこまるミケ。


「いや、呼んでない」


『ズコーですニャン』


 霊体モードのままずっこけた。


「ミケを使いに出すのも警戒される恐れがあるからな」


「それでどうやって接触するんじゃ」


 不満げな表情でジェイドが睨み付けてきた。


「こうするんだよ」


 両手をメガホン代わりに口の近くに持ってきて魔法を発動させる。

 言うまでもなく攻撃魔法ではないのだが、瞬時に監視者から緊張が伝わってきた。


「驚かせてすまない。これは声を遠くに届ける魔法だ」


 その名も風電話。

 糸電話をヒントに異世界で作った風属性の魔法だ。

 双方向で話せる上に途中で盗み聞きされることがないので向こうでもちょくちょく使っていた。


「子供が行方不明になっている。捜索のため騒がしくなるが敵意はない」


 返事はないが監視者の緊張が少し和らいだ。


「もし何か知っているなら教えてほしい。子供が見つかれば俺たちは早急に立ち去ろう」


『しばし待て』


 向こうからの返事の声が届いた。

 ややこもっているように聞こえるのは糸電話を参考にした風電話の仕様である。


「返事が来たねー。しばしってどのくらいかな」


「さあ? それはわからないな」


 なので風電話は維持したままにしておく。


「だが、無視するつもりはないようだから良かったんじゃないか」


 英花の言葉通りだ。

 完全無視だったらどうしようか冷や冷やしてたんだよね。

 さて、ここからどうなりますか。

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